第ニ章 プレミアムな物語 オーパス・ワン編 |
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オーパス・ワン 1998 OPUS ONE 1998 25,800円 このワインのプレミアム度はファーストヴィンテージから丁度20周年目のヴィンテージである。長い冬、気温の上がらなかった夏、難しい収穫の秋。実際収穫は10月までなだれ込んだ。 20周年のワインをどんな気持ちで造ったのだろう?葡萄の成熟を見守っていたのであろう。天下のオーパス・ワンが節目に迎えたエル・ニーニョ。 味わい飲み頃は、これを買われる方々のほうが詳しいでしょう。 敬遠されがちな98年だろう、しかし逃してはならない。収量が抑えられた、このワインにはボルドーな繊細さが詰まる、時間の必要なワインである。 |
1978年(1976年5月フランスにカリフォルニアが勝った2年後)のある日、ロバート・モンダヴィは電話をもらった、フィリップ・ド・ロッチルド男爵、ムートンのオーナーからである。過去ハワイでその代理人に「何か一緒に出来ないか」と漠然と持ちかけられたのだったが。慌てて娘のマルシアを連れて、フランスに飛んだ。新興の生産地カリフォルニアでは、当時あのロバート・モンダヴィデさえ200年以上にわたって築き上げた、富と社会的地位には憧れていた。 二人の一致するビジョンで「世界で最高のワインを造る」という事で、目的は一致した、ナパのテロワールに優秀性を見出した男爵、歴史あるフランスの技術に憧れたロバート・モンダヴィ。 フランスに行ったロバート・モンダヴィと、マルシアは、35年のムートンと45年のカチカチに凍ったイケムがディナーに供された。如何に大切な来客であった事が想像できる。その時の会話は「こういう飲み方をしていることをイケムのオーナーには言わないように、抗議されるからね」ぐらいでビジネスの話しは無かった。その翌朝、50%50%の出資比率や、カベルネ・ソーヴィニオンや生産量が(500箱)、ラベルに二人の名前、ワイン造りの役割ぐらいであったそうな。その夜は100年のムートンとやはり凍ったイケムがでてきたらしい。 1913年生まれのロバート・モンダヴィは、父親のワイナリー、チャールズ・クリュッグの社長になったが追い出され、42歳1966年に現ワイナリーを設立した。 正式な契約やらの遅れで、1984年に1979年産と80年産は同じに発売され、現在に至る。 実際この冒頭の本には、このラベルの二人の横顔の意味、名前の由来なども記されている。カリフォルニアにおいてフランス資本の参入は社会問題にまで発展した。 しかしそれまでにおいても、モエ・エ・シャンドンなどフランス資本が入ってきた事は事実であり、このロバート・モンダヴィにもサントリーの資本が当時参入していた。 |
第一話 | シュラムズ・バーグ J.シュラム ナパでのスパークリングの始まり |
第五話 | レイル・ヴィンヤード 細腕繁盛記、ここに彼女の熱意が |
第二話 | オーパス・ワン 外国資本との提携での出会い |
第六話 | ニーバム・コッポラ ボルドーのようなワインを造りたい! |
第三話 | シャトー・モンテリーナ 古参ワイナリーの移り変わり |
第七話 | ウッドブリッジ 成功の一つの形。 |
第四話 | スタッグス・リープ・ワインセラー カリフォルニア、ボルドーに勝つ? |