人類と文明

森から草原へ

 現在、地球上で一番栄えているのは我々人類でしょう。人類は大きな頭と自由な手をもっています。これは直立二足歩行をすることによって可能になったことです。四つ足の姿勢では、前足は歩くために使わざるを得ません。また、大きな頭を支えることも大変です。首の後ろの筋肉に大変な負担がかかります。
 我々人類の先祖は森で暮らしていました。木の枝をつかむために指を器用に使うことができましたし、飛び移る枝までの距離を正確に測るために目は二つとも前についていました。また、枝にぶら下がった姿勢をとることも多いため、内臓は骨盤で下から支えるようになっていました。つまり、現在の我々の体の仕組みはの大部分は先祖が森で暮らしていたときに出来上がったものです(*9)。
 いまから500万年前ごろ、人類の先祖は他の猿とは別の進化の道をたどり始めました。東アフリカで、気候が乾燥したために森が狭くなり、森からはみ出してしまったのです。森に比べて敵の多い草原で、我々の先祖は体をまっすぐ起こして周囲に気を配り、あいた手で道具を使いました。道具を使うために手を器用に使うことが脳の発達を促したとも言われています(*10)。
 (*9)ただし、枝にぶら下がる姿勢が「ぶら下がり健康法」であるのに対し、直立二足歩行をすると上半身の重さがすべて腰にかかります。だからヒトは腰痛になります。直立二足歩行を始めたのは、生物進化の時間感覚では「つい最近」のことなので、まだ体が十分でき上がっていないのです。
 (*10)現在でも、手先のトレーニングが脳のトレーニングによいことが知られています。「手は突きだした脳である」とまで言われます。


人類の進化

 はじめの頃の人類は「猿人」と呼ばれています。簡単な道具を使う程度で、猿とそれほど違わない暮らしをしていました。「今から思えば、あれが人類の先祖だったんだなあ」という程度のことです。
 今から200万年前ごろになると、火を使うようになりました。これは他の動物にはないことです。この時代の人類を「原人」と呼びます。ジャワ原人、北京原人などの化石が見つかっており、人類の分布がアジアまで広がっていたことがわかります。
 今から20万年前ごろになると「旧人」と呼ばれる人類が現れます。ネアンデルタール人などが知られていますが、石を加工して石器を作っていました。
 ただし、旧人は、現代人に直接つながる先祖ではないと考えられています。もう少し古い時代に旧人と分かれた人類が、我々の直接の先祖で「新人」と呼ばれています。教科書にはクロマニヨン人の名前が出ていますが、縄文時代や弥生時代の人、そして我々現代人も新人です。猿人の頃、500cm3前後だった脳の容積は、現代人では1500cm3前後にまでなっています(*11)。
 生物の歴史の中でたくさんのできごとがあったはずです。そのどれかが少し違っていたら、現在の我々はここにいないはずです。たとえば中生代末の大絶滅がなかったら、恐竜が進化を続けて文明をもち、ホニュウ類は小動物のままでしかなかったかもしれません。逆に、ホニュウ類も絶滅してしまうというシナリオもありえたことでしょう。
 隕石のコースが少し違っていたら、大きさが少し違っていたら、あと100万年早かったり遅かったりしたら…。現在の生物界の様子は、おそらく大きく違っていたことでしょう。
 このような、長い長い進化の歴史の上に我々は存在しているということを踏まえて、文明の現在と未来について考えて行きましょう。
 (*11)現代人どうしでも個人差があります。そして「少しでも大きい脳がよく働く脳」というわけではないようです。


文明

・農業のはじまり
 人類が自然を改造するようになったのは1万年前ごろです。人類の先祖は農耕・牧畜を始め、食料を作るようになりました。それまでは、狩猟・採集、すなわち、自然にできた食料をあてにして暮らしていました。
 人口も、それまではとれる食料の量で決まっていました。しかし、必要なだけ食料を作ることができるようになると人口がどんどん増えてゆきます。教科書118ページのグラフにその様子があらわれています。
 また、ひとりの農民が何人分もの食料を作ることができますので、手の空いた者は別のことをするようになります。例えば土器づくりや石器づくりを専門とするものが現れ、社会の分業化が始まりました。現在の複雑な社会システムは、元をたどればこのとき始まったと言えるでしょう。

・産業革命
 18世紀の後半、蒸気機関が実用化され、産業革命が起こります。木材や、石炭、のちには石油を燃やすことによって動力を取り出し、人類はかつてない大きな力を手に入れました。
 その後の文明の発達にともなって人類はより多くの石油・石炭を燃やし、動力を取り出してきました。教科書121ページの図7-12にその様子があらわれています。また、図7-11を見ると、いわゆる先進国と言われるところで多くの燃料が使われていることがわかります。


文明が抱える問題

・化石燃料の燃焼と有害物質
 現在、燃料として多く使われているのは石炭と石油です。石炭は植物の化石、石油はバクテリアなど微生物の死骸が地下で変化したものと考えられています。そこで、これらをあわせて「化石燃料」と呼ばれます。
 石炭や石油を燃やすことで起きる問題がいくつかあります。
 ひとつは、硫黄や窒素が含まれているために硫黄酸化物(一酸化窒素、二酸化窒素など何種類かをあわせて「SOx(エスオーエックスまたはソックス)」と呼びます)や窒素酸化物(「NOx(エヌオーエックスまたはノックス)」)といった有害物質ができてしまいます。これらはぜん息などの病気を引き起こす原因になります。夏場など強い光を受けて化学変化を起こし(光化学スモッグと呼ばれる(*1))硫酸(H2SO4)や亜硫酸(HSO3)など別の有害物質になることもあります。
 これらの有害物質は雨にとけ込んで酸性雨となって降り注ぐこともあります(*2)。直接木を枯らしたり、土壌の性質を変えて植物が育ちにくくなったりして森を枯らすといった被害が出ています。
 (*1)「スモッグ(smog)」は、smokeとfogから合成された語で、もともとは産業革命当時のロンドンで煤煙などで空が曇っている様子をあらわした言葉。「光化学スモッグ」は、排気がさらに化学変化して空を曇らせるもので、1950年代にロサンゼルスで初めて問題になった。そこでそれぞれ、「ロンドン式スモッグ」「ロサンゼルス式スモッグ」と呼ばれることもある。
 (*2)普通の雨も、大気中の二酸化炭素を溶かし込んでいるため、PH5.6程度(*3)の弱い酸性になっているが、これは酸性雨とは言わない。酸性雨として問題になっているものは、PH3〜4の、強い酸性になっているもの。
 (*3)PHは、酸性・アルカリ性をあらわす尺度で、PH7.0が中性、それより数字が小さいと酸性、大きいとアルカリ性。

・化石燃料と二酸化炭素
 石炭も石油も、燃焼させると二酸化炭素が発生します。南極の氷に閉じこめられた気泡の分析などから、産業革命以後、エネルギー消費の増大(121ページ図7-12)とよく似たカーブで大気中の二酸化炭素が増加していることがわかっています(124ページ図7-16)。二酸化炭素は、太陽からやってくる可視光線は素通りさせ、一方で地球から宇宙に放出される赤外線を吸収して熱に変える性質があるため(温室効果)、地球全体の気候が温暖化することが懸念されています。

・資源の枯渇
 化石燃料の量には当然、限りがあります。現在のペースで採掘を続けた場合、石油はあと40年、石炭は200年程度で取り尽くしてしまうと推定されています。化石燃料だけでなく、鉄やアルミニウムなどの金属、セメントの材料になる石灰岩などの鉱物資源も同様です(120ページ図7-10)。図7-12でエネルギー消費量の変遷を見ましたが、鉱物資源についてもほぼ同様の傾向で消費量が増大しています。
 現在は先進国が消費の中心ですが、今後発展途上国の発展(先進国化)にともなってさらに消費量が増大することが予想されます。
 化石燃料の枯渇を防ぐため、原子力が利用されるようになっていますが、事故が起きたときに危険が大きいことや、放射性廃棄物の処理方法が確立していない(*4)などの問題があり、少なくとも現状では化石燃料に代わるものとしてあてにするわけには行きません。
 (*4)「適切な処分方法が見つかるまで保管しておこう」というのが現状。なお「適切な処分方法」が見つかるアテはなく、保管期間は500年とも1000年とも言われている。石油・石炭の燃焼で発生するNOxやSOxは、かつて公害がひどくなり問題になった頃に、低減する技術(燃料油や排煙からの脱硫・脱硝、再利用)が見つかったため、1970年代ごろに比べると現在の空気はきれいになっている。そういう経験をしてしまった人類は、問題があることを知りながら「今度もきっと何とかなるさ」と甘く見て原子力の利用を始めてしまったきらいがある。

・食料の不足
 医学の進歩にともなって世界の人口は増加しています。とくに、最近まで十分な医療が受けられなかった発展途上国で、乳幼児の死亡率が下がることなどによって急激に人口が増加しています。人口の増加は農業技術の進歩による食料生産の増加を上回っています。発展途上国で起きている地域紛争は、農地の取り合いや食料の分配などが背景になっていることがよくあります。
 単純に農地を増やせば生産が増えそうな気もしますが、じつはそうも行きません。手っ取り早く農地を増やすために、森を切ったり焼いたりした跡地を使うことがよくあります。森の土壌は、落ち葉や枯れ枝が腐ってできた無機養分(肥料)を多く含んでいるため、植物を育てるのに適しているからです。
 しかし、畑にした場合は、そこの肥料を吸って育った植物体を人が持ち去ってしまうので土地に肥料が戻らず、次第に土がやせて行くことになります。
 また、肥料が多くても乾燥しては作物が育ちません。何層もの植物に覆われた森の土地やその上の空気は多くの水分を含んでいますが、切り開かれたり焼き払われたりして畑にすると乾燥してしまい、何年も使えずに荒れ地になってしまうことがよくあります。
 水を引いて潅漑した場合には別の問題が起きます。地下水にせよ川の水にせよ、塩分などが多少溶け込んでいます。水が蒸発しても、塩分は蒸発しませんので、次第に土壌に塩分がたまって植物が育たない荒れ地になってしまうことがよくあります。

・人工物質
 自然界に存在しない物質や、ほとんど存在しない物質を人類が作り、それが問題を起こしている場合があります。
 例えばフロンガス(*5)は、状態変化の時の熱の出入りを利用して冷蔵庫やエアコンに使われているほか、油汚れをよく溶かす性質があるため半導体工場などで製品の洗滌によく利用されています(いました)。しかし、大気上層のオゾン層でオゾンを破壊し、地表に届く紫外線を増やしてしまいます。紫外線は生物に有害です。特に、遺伝子を傷つけて病気を起こしたり、生殖細胞の遺伝子を傷つけて遺伝障害を起こしたりすることが問題になっています。
 原子炉で作られたり、人為的に集められたりした放射性物質の出す放射線も、やはり遺伝子を傷つけます。プラスチックを燃やすなどすると発生すると考えられているダイオキシンも、病気を起こしたり遺伝障害を起こしたりすることがあります。
 (*5)「フロン」は商品名で、一般名称では「クロロフルオロカーボン(CFC)」。炭素・フッ素などからなる数種の化合物の総称。


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