生物の復元力
山ほど問題を抱えた人類の文明。さあ、どうしましょう

・生物の回復力、浄化作用

 生物にはすばらしい能力があります。自然界でも、自然環境はさまざまに傷つき、壊れています。それでもしばらくすると傷跡は修復されてしまいます。けがをしたり、病気になったりした個体はやがて回復しますし、生態系(さまざまの生物と、生物をとりまく諸条件全体)が傷ついた場合も、やがて修復されて行きます。
 例えば、山火事や土砂崩れなどで森が荒れ地になることがあります。しばらくすると植物が生え、やがてほとんどわからないようになります。
 また、川や海に動植物の死骸やふんが流入することはごく普通のことです。それらの有機物は、動物に食われたり、カビや細菌がとりついたりして分解されてしまいます。


・物質の循環

 そのような、自然の正常な回復力の鍵は、「物質の循環」です。例えば、有機物の主要な元素である炭素のことを考えてみましょう。
 植物は大気中から二酸化炭素を吸収し、太陽の光のエネルギーを利用して炭水化物にします。この有機物を、すべての生物が利用しています。そこで、植物は「生産者」と呼ばれることがあります。
 作った有機物は、一部は自分の体を作る材料として利用し、一部は別の化学反応のためのエネルギー源、すなわち呼吸の燃料として利用します。燃料に使われたぶんに含まれていた炭素は、再び二酸化炭素として大気中に放出されます。
 材料になったものの一部は、動物に食われます。食われなかった場合も、枯れて落ちたあとダンゴムシなどのエサになります。動物は有機物を作らず、植物の作った有機物を食うことで生きています。そこで、動物のことを「消費者」と呼ぶことがあります。
 動物が植物を食って取り入れた有機物は、やはり一部は材料、一部は燃料として利用します。燃料になったぶんに含まれていた炭素は、やはり二酸化炭素になって大気中に放出されます。材料になった方は、他の動物に食われることもありますし、天寿を全うした場合にはアリのエサになったりします。一部は、日常の新陳代謝にともなって、糞などとして体外に出されます。
 そんなこんなで動物たちの間でやりとりされたあと、最終的に有機物はカビや細菌が利用します。やはり材料と燃料にするのですが、彼らは体が小さいので材料にするぶんはほぼ無視してかまいません。すべて呼吸に利用して二酸化炭素に変えてしまうと考えてもらってよろしいです(*6)。菌類や細菌類はこのような働きをするので「分解者」と呼ばれることがあります。
 このように、生物同士が食う・食われるの関係でつながっていることを「食物連鎖」と言います。60,61ページに食物連鎖の例の図が出ています。また、1段階ごとに有機物の量は目減りしてゆきますので(呼吸に使われた分ね)、62ページの図5-31のように、消費者よりも生産者がたくさん存在する必要があります。
 ここでは炭素に注目しましたが、水素(呼吸に使われると水になる)や窒素(アンモニアや硝酸化合物になって植物の肥料になる)も同様に、生物の世界と周囲の世界との間で循環しています。(68,69ページの図を参照のこと)
 (*6)「ナタデココは?」というツッコミは歓迎いたします。(ま、そういうこともあります)


・復元力の限界

 このような、生物同士のかかわり合いが正常に機能していれば、一部にほころびが生じても大事にいたることはありません。問題は、復元力の限度を越えてしまったときです。
 例えば、森の木が数本倒れても、それはそれだけのことです。しかし、広い範囲が禿げ山になってしまうと、林床の生物たちも生活できなくなってしまい、循環の仕組み全体が破綻してしまいます。そうなると簡単には回復しません。
 また、先ほども出てきましたが、大規模な破壊をすることは乾燥化や表土の流失ということにもなりやすく、そうなるとやはり回復が困難になります。
 水に有機物が流入した場合についても、あまりに有機物が多いと分解者が増えて酸素消費が多くなり、酸素不足で生物が生存困難になる「赤潮」や、結局分解しきれずに水底にたまってしまう「ヘドロ」になります。赤潮やヘドロの原因になる、有機物過剰の状態を「富栄養化」と言います。(*7)
 多すぎる破壊や多すぎる汚れは、生物の働きでは解決しきれない場合があるのです。
 また、自然界に存在しない物質については、生物の処理能力を期待するのは無理です。たとえばプラスチックは腐らず、ごみとして捨てるといつまでも残ります。
 自然界に存在しない物質が生物体内に取り入れられた場合、排出されずに体内に蓄積されることがあります。そしてそういう生物を別の生物が食べた場合、やはりその物質は体内に蓄積されます。ババヌキのババのようにやりとりが繰り返されるうちにとんでもない量が蓄積されてしまいます(先ほど見た、食物連鎖と生物量の図(5-30)を思いだすべし)。これを「生物濃集」と言います。
 水俣病はこのようにして、工場の排水に混じっていた水銀化合物が魚の体内に濃集し、それを食べたヒトが神経の病気になった例です。また、最近ではダイオキシンが生物濃集を起こすことが問題になっていますし、「環境ホルモン(*8)」と呼ばれるものも、大部分が生物濃集をおこします。
 (*7)水の汚れをあらわす尺度のひとつ「BOD(生物学的酸素要求量)」は、水に含まれる有機物の量を、分解者が分解するために必要な酸素の量であらわしたもの。(当然、有機物が多いとたくさんの酸素が必要)
 (*8)かたい言葉では、「内分泌かくらん物質」と言うらしい。


・復元力を支える多様性

 生物は弱いものです。少し環境が変わると生きてゆけなくなり、姿を消してしまうことが珍しくありません。「生物の多様性」は、その弱さを補うために重要なことです。
 教科書64ページに、林床に暮らす生物の一部が紹介されています。自然界ではこのように、一見無駄とも思えるほど多種多様な生物が生活しています。そしてそのことが、生物界全体のたくましさの源になっているのです。
 多様な生物のうち、どれか一種が姿を消しても他のものが同じ役割をするため、全体が破綻することはまずありません。
 100種の生物がいるならば、そのうち1種が消滅しても残り99種のうちのどれかが消えたものの代わりを務めるでしょう。しかし、10種しかいないところで1種減ったら、残り9種の中には代わりを務められるものがいないかもしれません。そういうことです。
 ある種の生物が、特別な役割を果たしている場合もあります。かつてインド洋の島に、ドードーと呼ばれる大きな鳥がいました。この島には、ドードーの強力なくちばしでないと殻が割れず、発芽できない植物がありました。人類が持ち込んだ動物のせいでドードーが絶滅したあと、この植物も絶滅しかかりました。
 現在この植物は、人間が殻を割って種を蒔くことでかろうじて生き残っていますが、このように、特別な役割を果たしている生物の消滅は大きな影響が出てしまいます。場合によっては一つの種の消滅が地域の生態系全体の破綻につながることもあるかもしれません。
 中生代に「無駄に恒温」だったホニュウ類がその後生物界の主役になったように、いま安易に生物を滅ぼすことが、遠い未来に大きな影響をもたらすかもしれません。
 また、もしかしたら、意外な能力を持っている生物がいるかもしれません。どこかに、たとえばプラスチックを食べて分解する生物がいるのではないかと探している人もいます。ほかにも、新しい素材や、薬になる物質を作り出す生物を探す人もいます。明日見いだされるはずだった生き物が、今日滅んでいっているかもしれないのです。


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