『週刊読書人計画』1998

316 1998/1/4

BRAIN VALLEY(上)

瀬名秀明 年明け早々に最高傑作に遭遇か?!凄まじくリアルな描写力。構想力の大きさに破綻もなく、一気に瀬名の世界に引きずり込まれた。オメガ社はこの壮大なプロジェクトで何を掴もうとしているのか。謎の女京子を巡り世界の激震が始まろうとしている。科学の先端は、人類の叡智は神に迫れるのか。驚愕の連続に翻弄され、名状し難い興奮と酩酊感に襲われていく。夥しい光は光点から光球と化し、限りない上昇を始め、いつしか神の領域を確信的に侵犯し始めていく。人類が見る神の庭園は、果たして天国か、地獄なのか。絶対のお薦め本。(角川書店)
317 1998/1/10 わかりやすい恋 銀色夏生

銀色夏生の詩集。

会おうよ
迷惑だなんて言わないでね
タイミングだけで生きてるような
僕らだから

(角川文庫)

318 1998/1/13 カンガルー・ノート 安部公房 安部公房の遺稿。凝縮された公房の世界。現実界と異世界とが倒錯しそうなレトリック。公房しか描き得ない奇妙で、落ち着かない気分にさせられながら、惹きつけられていく。もうこの先新しい公房の作品が読めないというのは何か寂しい。(新潮文庫)
319 1998/1/15

BRAIN VALLEY(下)

瀬名秀明 人工知能生命体は幾何級数的に増殖し、コロニーからいまや現実世界に近い社会を形成しつつある。そんな最中、科学者の息子が死ぬ間際に見たものは神ではなく、地獄そのものだった。いままさに巨大な光球は飛翔をはじめ、京子は断末魔の痙攣をともなったトリップ状態に陥り、人工生命体の棲家としてのスーパーコンピュターは、その世界に閉じ込めきれなくなった生命体終末への絶叫をあげつつ最終局面へ。このスケール、このスピード、この展開。読みながら息をつぐのをお忘れなく!(角川文庫)
320 1998/1/21 チョコレートゲーム 岡嶋二人 少年犯罪を扱った作品。顛末は思わぬ方向に収束していく。少年たちは純粋でありながら、無残でもあったのだ。なぜか物悲しい読後感が残った。(講談社文庫)
321 1998/1/25

パワー・オフ

井上夢人 コンピューターウィルスが自ら悪意の意思をもって暴走を始めたとしたら。井上が、岡嶋二人解散後、得意のコンピュータフィールドで真っ向勝負を挑んだ剛球。MS-DOSの知識がちょっぴりあれば、より一層楽しめるかも。(集英社)
322 1998/1/26 魚の祭 柳美里 柳の世界が劇中劇の様相のなかで醸し出されている一冊。女学生とシスターと、死の翳りが射し込む教室で危なげではかない女学生たちの会話が繰り広げられて行く。岸田國士戯曲賞受賞作。(角川文庫)
323 1998/1/30 ホワイトハウス 景山民夫 景山のいまとなっては最後のホラー小説。閉じ込められた館で恐怖の一夜を明かす、という古典的なストーリー。恐怖の演出がやや説明的きらいが多すぎるのは、氏の宗教感からだったのか。(角川ホラー文庫)
324 1998/2/2 バラ色の雲  つれづれノート6 銀色夏生 運命の6月18日。えっ、そそんなー、と素っ頓狂な声をあげてしまうめるへんとぼく。 サバイバルな生活の写真を見て、うちと同じかな、などととんでもないところでシンパシーしたりして。部屋の散らかり具合・食卓事情を、この写真をメルクマールにしてしまってるわれらであります。ムー、いいのかいあんなに可愛いあー坊を、夏生はこの際置いとくとしてもね。(角川文庫)
325 1998/2/7

水の中のふたつの月

乃南アサ 同級生だったOLたち3人がなにげないことから、久しぶりに集う。それを端緒に、じわりじわりと奇妙な忌避すべき共通の思い出が浮き出てくる。その過去の封印されたままのはずの、3人とも触れまいと抗う恐怖の記憶は、いま大人となった彼女らの前に、忽然と舞い戻ってくる。乃南の抜群の会話構成が、最後まで独特の緊張感を孕みながら、エンディングまで一気に寄りきってくれる。『ライン』(333)から長足の進歩が感ぜられる一冊。(角川文庫)
326 1998/2/8 君はおりこうみんな知らないけど 銀色夏生

銀色夏生の詩集。

僕たちは
楽しかった
いつか
ずっと
前のことだけど 

(角川文庫)

327 1998/2/8 恋が彼等を連れ去った 銀色夏生

銀色夏生の詩集。

僕たちの望みは叶ったんだ
でも叶った時に
次の望みが生まれていたから
まるで叶わなかったように感じてるけど
最初のあの僕たちの望みは叶ってはいたんだ
静かに考えてみると文句は言えない

(幻冬舎文庫)

328 1998/2/8 好きなままで長く 銀色夏生

銀色夏生の詩集。

あなたが私にとって大切な人であるとわかり
あなたが必要とするなら
私は力をあげる
私の役立つだろう

力を愛する人に与えれることほど
願ってもないことはない
私たちの力は加速する

私はあなたを見つけた

(角川文庫)

329 1998/2/9

火車

宮部みゆき 年間BEST3にぜひともあげたい素晴らしい作品。文庫版登場と同時に読んだが、宮部みゆきになる筆の力量には感服。 社会から抹殺され、名乗ることすら許されない崖っぷちに追い込まれた、カード破産者の女性。 ともすれば安易なご都合主義に流れるストーリーの繋ぎを、全く破綻させることなく、失踪してしまった主人公の足跡を追って、これだけのドラマが展開されようとは。 単なるミステリーでもなく、社会派小説にもとどまらない珠玉の名品。 この一編で宮部みゆきフリークとなる。山本周五郎賞受賞作。(新潮文庫)
330 1998/2/11 ベートーヴェンと蓄音機 五味康祐 今は亡き時代小説家五味氏の破天荒なオーディオ血風録。 文字通り、オーディオで血を流したのは後にも先にも氏だけではなかろうか。神はテレフンケンに、はたまたタンノイウェストミンスターに宿り給うたか。(角川春樹事務所)
331 1998/2/20 欲望のメディア 猪瀬直樹 力道山のプロレステレビ放映を機に、爆発的に普及していく日本のテレビ。日本テレビがその渦中で、警察官僚からの正力オーナーが獅子奮迅、その放映網獲得のためにあらゆる手練手管を発揮した、まさにテレビメディア黎明期のルポルタージュ。メディアの欲望は地上波から衛星放送、さらにはインターネットによるオン・ディマンドと止まる所を知らない。インターネットを辞書代わりに使うなんて、だれが予測していただろうか。(新潮文庫)
332 1998/2/21

タイル

柳美里 はたして純文学か、ホラーか、はたまた女流ポルノか。 柳の内面世界の骸の渦はこんなものでは吐ききれていないのでは。 硬質な透明度を保ちつつ、体感温度はあくまで爬虫類のそれより決してたかまることなく。(文芸春秋社)
333 1998/2/22 ライン 乃南アサ 今日的表題。作者によるリメークでの登場。今の乃南の力からすると、さすがに小さな綻びが見えないこともない。 そのことは、書きたい、何がなんでも表現したいという狂おしいまでの情熱をまえに、なんら障害にはなってはいないと感じさせる、まだ青き作品。(講談社文庫)
334 1998/3/1 さようならバナナ酒  つれづれノート5 銀色夏生 お昼ごはんが頻繁に登場します。でも大半はむーちゃんが作っているのかな?外食もばしばししてます。後半はまたしてもメキシコ、サンタモニカへの旅。あきれるくらいうらやましい。(角川文庫)
335 1998/3/3 結婚式 山田邦子 これほど結婚式の機微と真相?を描いたものってあったっけ。さすが自称結婚式の大ベテラン。 肝心かなめの時に限って特別の日とバッティング。身に覚えがある等とほくそえみつつも、読者紳士淑女諸氏のちょっときまり悪そうな顔が、文庫本の向こうで見え隠れしそうな秀逸な小品群。(幻冬舎)
336 1998/3/7 美神解体 篠田節子 整形により完璧な美を手に入れた女主人公。好きになった男の別荘で見たものは、精巧な女性の解剖マチエール。美と恐怖を描こうとした篠田のまだ硬さの残るサスペンスホラーの一編。(角川文庫)
337 1998/3/11
アナコンダ
団鬼六 緊縛の御大と伺っている割には、なんともシャイなエッセイになってるじゃないの。 ネコ被ってるんじゃないのこれ、いやいやこれも騙しのテクニックのひとつなのか、などと色眼鏡で読み終えたら、以外にもそこには古き良き大文豪作家先生のたたずまいが浮かびあがってきてしまったではないか。これはなんとしたことか。(幻冬舎)
338 1998/3/20

見えない暗闇

山田太一 埋立地で若い部下が見たものは。大人は封印し、そういうことはあったのかもしれない、と自己解決を知らぬ間に図ろうとするが。主人公の妻も、主人公も十分に狂った世界を体験しながら、日常なるものを続けようとする。それは混乱と諦念とを交錯させながらも、大人の態度を取って行くことが唯一の解決策なのだと。 『岸辺のアルバム』(309)もそうだったが、太一は妻の不貞を描くと、なぜもかくもリアルな描写ができるのか。その心理描写といい、あざやかとしか言いようの無い筆運びだ。(朝日新聞社)
339 1998/3/27 スプラッシュ 大鶴義丹 すばる文学賞受賞作。やりまくりの夏を通して、わかもののまなざしでかかれた作品。役者でありながら作家であるという色眼鏡がなければ、手にしなかったであろう作品。父ぎみの唐十郎『佐川君からの手紙』(芥川賞受賞作:カニバリズムを視点にした問題作だった)のほうが断然インパクトがあったなー、義丹くん。(集英社文庫)
340 1998/4/5 空飛ぶ馬 北村薫 わたしはスッカリ騙されてました、この作品は女子大生の手によるものだと…。考えてみれば、ちょっと薀蓄くさく、時には説教くさい部分があったりして、ひっかかりながらどうにか読み終えたというのが正直なところ。(東京創元社)
341 1998/4/9

散リユク夕ベ

銀色夏生

銀色夏生の詩集。

人の心とのふれあいは
ひんやりとして気持ちいい

気持ちいいそのひんやりとしたところに
手や顔をつけて
眠ろう

森の奥
この世界という森の奥

(角川文庫)

342 1998/4/12

ダディ

郷ひろみ なんじゃいなんじゃい、わたしはひろみゴーの印税稼ぎ、はたまた慰謝料支払いに加担したお馬鹿日本人の一人かいな。 耳元でも足元でも勝手に響け「お嫁サンバ」よ。 文章力・構成力とも友里恵本のほうがましでしょう。(幻冬舎)
343 1998/4/16 愛される理由 二谷友里恵 意地悪にもああいうことがあった後、表紙が変色しためるへんの本を引っ張り出してきて読んだ。 教訓、男親の反対はやきもち、だなんて片付けちゃ-駄目ってことかしらん。(朝日新聞社)
344 1998/4/22 新宿鮫 大沢在昌 ハードボイルドを売り物にしている作品は、生理的に好きではないが、これは十分楽しませてもらった。いまや新宿はバイオレンスものの聖地となりつつあるのか。(光文社)
345 1998/4/27 懸賞日記(壱) なすび おもしろテレビの企画本、ずっぽりはまった日テレ営業路線。いいんだそんなこと、裸んぼうで勝負しているなすび君の右往左往をもんじで追体験できるだけで充分しあわせだ。 ドックフードはそんなに旨いかい。(日本テレビ)
346 1998/4/28 はじまりのレーニン 中沢新一 廃墟にたちのぼるレーニンの高笑い。いま新生ロシアにレーニンが降り立ったら…。 見よ万国の遊び人、社会科学の名のもと、巨大に過ぎた一哲学の実験の成果と廃墟とその行く末を。 廣松渉先生、これは壮大なゼロなんでしょうか、それとも・・・。(岩波書店)
347 1998/5/2 ループ 鈴木光司 『リング』(276)、『らせん』(281)、そしてこの完結編ループ。これカドカワに誑かされて無理無理映画づくりのため書いたんじゃないの?といぶかしんだりして。 これではリング、らせんを作者自らの手で抹殺、もしくは貶めてしまっているのでは、と余計な心配をしたくなろうというもの。 それほど前2作は衝撃的な、実際それまでホラーものなんて読んでいるのは時間のムダとしか考えていなかった僕の認識を覆してくれた恩人(本)だったから。 とまれ「ループ」は単独で読んでも無意味に等しく、2作の出来映えを知るものにはつらい読書になるだろう。(角川書店)
348 1998/5/12 不夜城 馳星周 新宿は中国マフィアの主戦場か。裏切りと血と、狡猾な策略だけが己の明日を贖う。台湾と日本の半々の主人公が、この小さな新宿という檻のなかでしか生きていけないと悟り、妥協無き戦いの場に繰り出して行く、哀しい女の骸を残して。硬質な文章と、ハードだが抑制の効いたコンテントに作者の力量が見えてくる。続編も楽しみな一作。(角川文庫)
349 1998/5/13 ゆがんだ闇 小池真理子 他 恐怖のアンソロジー。『生きがい』のなにげない下宿の世話ばなしから、最後に倒錯した狂気を眼前に投げかける小池真理子の作品が、そこはかとない狂気を漂わせ、一番秀でていたと作品に思う。『小羊』篠田節子は、近未来的SFジャンルを、そうある種映画の「ソイレント・グリーン」を彷彿させる悲劇と若い希望が孕む突破口を感じさせる。『GENE』瀬名秀明は遺伝子操作のお得意のジャンルものという感じ。小林泰三の『兆』にも、ただならぬ光るものを感じた。今度は氏の『人獣細工』を読んでみようかと思う。他の収録作品『ナイトダイビング』鈴木光司、『白い過去』坂東眞砂子(角川ホラー文庫)
350 1998/5/17

絶対音感  ABSOLUTE PITCH

最相葉月 踏み切りの警告音や、喫茶店のBGMにさえ、敏感に反応し音程を捉え、すべて音階で感じとってしまう絶対音感保持者。それは作られるのか、天性のものか。指揮者にとっては有利だが、音楽芸術家にはそれがすべてではないという。現にチャイコフスキーは絶対音感はなかったという。にもかかわらず子供に音感教育を、という母親はひきもきらない。絶対音感を持っていたがための悲劇もないまぜながら、いままで読んだことのない切り口を見せてくれる。音楽ファン、関係者ならずとも興味深い一冊だ。(小学館)
351 1998/5/19

そして扉が閉ざされた

岡嶋二人 密室に文字通り密閉された男女四人。友人女性の死をめぐってさまざまな葛藤が繰り広げられていく。(講談社文庫)
352 1998/5/26 死国 坂東眞砂子 四国は死国…。お遍路さまを逆周りに歩む狂喜の母親。そしてついに娘が死の世界から生者の世界に舞い戻らんとする、そのとき。四国を舞台に伝奇的浪漫と恐怖を湛えながら、物悲しい結末へ。(角川文庫)
353 1998/5/30 ヒト・ゲノムの暗号を読む 軽部征夫 DNA暗号の読解がここまで世界的規模と協調で進んできているとは。ループやパラサイト・イヴが決して絵空事ではないような、現実と空想が交錯しそうな最先端科学の真実。(河出書房新社)
354 1998/6/8 墓地を見おろす家 小池真理子 これからマンションを買う方で迷信ぶかい方はご一読を。シンプルな構成、まさに題名どおりでありながら、十分に恐さの本質を突いてくる。(角川ホラー文庫)
355 1998/6/11

まぼろし小学校

串間努

なつかしもののオンパレード。象が踏んでも壊れないアーム筆入れ。これ昭和30年代半ば生まれは一度は使ったことあるんじゃないかな。来る日も来る日も「落下耐久試験」に余念がない、プレハブ校舎のわたしでありました。

ここで質問。 「小学校のとき、エッチ、スケッチに続いてきた言葉は?」 小3娘 : ワンタッチ (横浜市新橋小) めるへん: サンドイッチ(浦和市上木崎小) わたし : マイペット (横浜市二ツ橋小) 貴兄は覚えてますか? (小学館)

356 1998/6/13

絹の変容

篠田節子 バイオハザードの原型。後に読んだ『夏の災厄』(373)につながる人間が産み出し、制御不能に陥り、甚大な被害を撒き散らしてしまうという展開。人間のおごりか、それとも知りたいという本能的欲求か。人間描写もけっして忘れられていない。(集英社文庫)
357 1998/6/23 イエスの遺伝子 マイクル・コーディー イエスの遺伝子。その聖痕伝説のなかから真実の血液をめぐって巨大な組織が策動する。遺伝子読解物と呼べる最近流行りのテーマでありながら、一人の女殺し屋が、組織に疎まれ、しかし最後に重大なキャスティング・ボードを握ってクライマックスへ。なかなかのエンターテイメントである。(徳間書店)
358 1998/6/29 焦茶色のパステル 岡嶋二人 岡嶋二人の事実上のデビュー作。早くも完成された作品の姿をみせている。OLの友達同士の会話が活き活きとプロットに臨場感をもたらし、競馬ファンならずとも、惹きこまれる作品。まさしく岡嶋二人にはずれなし。(講談社文庫)
359 1998/7/4 君を見上げて 山田太一 大女と小男。ソウルで出会い、下町で再会するふたり。ちょっとばかりサスペンスを織り交ぜながら、なんか好い雰囲気で読ませてくれる、無さそうでありそうな面白い恋愛小説。(新潮文庫)
360 1998/7/5 私の骨 高橋克彦 自分のルーツを追っていくうちにだんだんと見えてくる恐怖の背景、『私の骨』。高橋独特の伝奇的地縁的エッセンスがたっぷりと織り込まれている『ゆきどまり』、『醜骨宿』、『髪の森』の作品群。日常に身をやつしてしるこの瞬間にも異形の世界に摂りこまれるかのような臨場感。(角川ホラー文庫)
361 1998/7/6 切り裂きジャック・百年の孤独 島田荘司 最後のどんでん返し。サスペンスものなのに、読後感につきまとうこの寂寥感はなんなんだろう。本格派宣言で物議をかもしたもうた作者ならではの、ためらい傷一切無しの鋭角的切れ味をぜひご賞味あれ。(講談社文庫)
362 1998/7/11 返事はいらない 宮部みゆき 表題作の『返事はいらない』に、火車のプロトが提示されている。どの作品においても読後の余韻がいつもほのかに、諦観ではなくほろ苦くも希望として残る。応援団の有名選集らへのエールとは違う、当たり前の市井のひとびとへの、必死にしがみつくように切々とした毎日を生きている者に対する宮部の怜悧だが血が通ったまなざし。我知らず、もう少し頑張ってみようか、と呟かせるような力が、声がこめられている気がしてならない。それにしてもなんて巧みな作家なのだろう。(新潮文庫)
363 1998/7/12 見知らぬ私 綾辻行人 他 綾辻行人『バースデー・プレゼント』は一風かわった作品。清水義範の『トンネル』が郷愁を誘う。泣けてきたのが高橋克彦『幽霊屋敷』は、わが娘を思う父親の姿を描きつつ、最後に娘の殺人を知る。幽霊になってこの事実を隠蔽してきた苦労だらけだった娘に、「お父さんがこの家買い戻すよ」のくだりに、ホラー小説を忘れ、やり切れない哀しみと安堵が残った。他の収録作品『会いたい』鎌田敏夫、『雨が止むまで』鷺沢萌、『陽炎』篠田節子、『晩夏の台風』松本侑子、『水の中の放課後』森真沙子。(角川ホラー文庫)
364 1998/7/14

会社観光

泉麻人 ケロリンの風呂桶の謎とき。アサヒビールの食堂においてあるエビオス錠。天津甘栗やルノアールの立身出世伝もなかなか面白い。泉の軽い乗りと洒落がいい。(朝日新聞社)
365 1998/7/16 だっこはきもちいいー −ぼくの育児絵日記− 横山文靖 「ポレポレ」(アフリカケニアでのんびりやることの意)という言葉がどんぴしゃの筆者の生活スタイル。はたで見るより、たいへんなこともあろうかと。たいていのおやじなら3日で「仕事」の美名に紛れて、そうそうに職場へ待避してしまいたいところを。 それにしても、子供を連れずに昼間の公園をぶらつくのに日本はなんて勇気を必要とするところなんだろう。公園デビューを果たしたママさんらの警戒と侮蔑を含んだような視線。(でもこの何をしでかすかわからない変質的犯罪のあれこれを見せ付けられると、僕もいやー、私はけっしてあやしい者ではござんせんがお気持ちはよーくわかります、まがりなりにも娘を持つ身として、などと心のなかで意味もなく釈明したりして) そんな事とはお構いなしに公園の、時間帯によって全然違う様相となる七変化をおかしみをもって佇んでみるのもいいかなー、と。ポレポレできない性格なんだけどね。 (ユック舎)
366 1998/7/18

玩具修理者

小林泰三 傑作、ホラーのプロトタイプ。純粋ホラーの直球を受け止められますか、あなたのその眼で。真っ向勝負の作者のスタイルが小気味好い。この著者の「人獣細工」ほか一連の作品を読んでみたくなった。(角川書店)
367 1998/7/25 7日間の身代金 岡嶋二人 トリックのつくりかたに面白さがある。ふたりの恋人(それも彼のほうが少々頼りなげ)が犯人をこつこつと追って行く姿に微笑ましい共感を覚える。犯人捜しもそうそう楽に、とはいかないね。(講談社文庫)
368 1998/7/26 懸賞日記(弐) なすび めげません、なすび君は、100万円獲得までは。(日本テレビ)
369 1998/8/1 閉じ箱 竹本健治 恐怖のアンソロジー。原色の異界の空を見上げ、時には隣の住人に闇の陥穽をみる。まさにファンタスティックな異形の世界。(角川ホラー文庫)
370 1998/8/3

なつかしの給食

アスペクト編集部 家族で盛り上がる寝しなの給食ばなし。僕はくじら関係はいっさい駄目なのに対し、めるへんはくじらの竜田揚げをNo.1に押す。娘小3はシチューだ、カレーだと自説を曲げない。(アスペクト)
371 1998/8/5

旅のグ

グレゴリ青山 面白過ぎて反則だぞよ、グレゴリ青山。このきょーれつなキャラクター、世に蔓延させてはいけません。おかしくてまじめなことに手が付けられなくなる恐れ在り。こないにおもろいやつ、覆面つけて町歩かなイエローカードや! もっともっと読みたや「グ印」本。(旅行人)
372 1998/8/12

密室・殺人

小林泰三 こてこての大阪弁。ミステリーでもホラーでもなく、評価のしようがない。いったいどーしたというのだ、あの「玩具修理者」の冴えは。(角川書店)
373 1998/8/15

夏の災厄

篠田節子 O157が蔓延するまえに書かれたバイオハザードサスペンス。長大なプロットを、胡散臭くなく、安っぽさを微塵も見せず最後まで緊張感を保ちつつ、社会派小説でもミステリーでもない篠田の世界を構築してみせているのはさすがだ。篠田の筆力、それは破綻のない構成力と、人物造形の丹念な作りこみによって際立ちもたらされるのだろうが、いつも感服させられる。(文春文庫)
374 1998/8/16 舌づけ 菊地秀行 他 ホラー作家のアンソロジー。『舌づけ』はまったくの日常の社会に棲息する吸血鬼を描いたもの。おどろおどろしさが微塵もないのに、はて、ひょっとするとどこかにいまでもいるのでは、と思わせる巧みな展開。(詳伝社)
375 1998/8/22 御手洗潔のダンス 島田荘司 久しぶりに読む島田荘司。御手洗先生の饒舌がなんともいい雰囲気。騎士道精神を現代風に愛しく描いて見せた話が、こころに残る。(講談社文庫)
376 1998/8/25 気分よく流れる  つれづれノート7 銀色夏生 謎のイカリング男登場。 だまされていないかい夏生、ブックエンドの田中貴金属の金の延べ棒は大丈夫かいな、なんて意地悪な見方はこの際おいて。来年の夏まで『つれづれノート8』は待てないぞ。冬休み中にMac OSみたいに7.5なんてのでいいから出して欲しいくらい。あーぼうとの幸せ日記が綴られていることをひそかに願いつつ。(角川文庫)
377 1998/8/28 ひみつのグ印観光公司 グレゴリ青山 また出たグ印本、その第2弾。 今回のはズズーイとインド映画にアプローチしてまんねん。 渋谷で「マハラジャ」やってたけど、おい、相鉄ムービル1000円ぽっきりで回さんかい(変な関西弁になってしもうた)。 バックパッカーの教祖、名にし負う「蔵前の仁一一派」の郎党だそうな、グレゴリちゃんは。 グ印みるために「地球人」購読しようかなー。(講談社)
378 1998/8/29 メトロに乗って 浅田次郎 またもや泣かされてしまいました、他愛も無く。死者というべきか実存しない女を紡ぎ出してしまうという手法がとられている。こんな女に出会い、忽然と消えうせてしまったら、余りの喪失感にさめざめと泣き暮れるしかないだろう。吉川栄治文学新人賞受賞作。(徳間書店)
379 1998/8/30 人体模型の夜 中島らも らもホラー。恐いだけではなく、少年時代の闇の向こうに目を凝らし息を潜めて、その向こうにある実体をつかもうとしていた頃を彷彿させる。(集英社文庫)
380 1998/9/2 ド・ラ・カルト  ドラえもん通の本 小学館ドラえもんルーム編 ドラえもんのフィスカルストーリー。いまも絶対的人気を誇るドラえもん。このはずれのない安心感はどこから来ているのか。最新の映画によればのび太はしずかちゃんと結婚出きるのだそうだが…。(小学館文庫)
381 1998/9/6

見知らぬ妻へ

浅田次郎 『スターダスト・レビュー』に惹かれた。卒卒と人生を的確につかみ、己の領分と等身大の世界で、傾きかけたバーのマスターとしてやっていくか、と気負うことなく呟く主人公。浅田ならではの作品。『見知らぬ妻』 へは、『ラブ・レター』を思い起こさせる、中国から日本へ売られてきたも同然の女が、便宜上戸籍に入り献身的に戸籍上の男に尽くすというプロット。なんともやりきれないはなしであるが、わたしは前作『ラブ・レター』に切れ味をみた。 (光文社)
382 1998/9/11

旅ときどき沈没

蔵前仁一 旅での沈没。熱砂の国で、はたまた名も知らぬドミトリーで至福の時間にただ身を委ねる蔵前。氏のバックパッカー記は本質的に明るく、その豊富な経験からか気負いもなく、説教じみていなく、素直に笑え、怒り、共有できるなにかがいつもある。さすがバックパッカーの教祖と崇められてしまっただけのことはある。(講談社文庫)
383 1998/9/12

オリンピア 〜ナチスの森で〜

沢木耕太郎 ナチスドイツ政権下でのドイツオリンピック。軍靴の足音がすぐそこまで迫っていた息詰まるような状況下での開催。その祭典を世に問うべく『オリンピア』を終始フィルムに収めていた女流映画監督レ二・リーフェンシュタール。沢木のインタビューは、親ナチスとして戦後糾弾をうけた女史の、当時は揺れていたであろう心境と、老いてなお海中に潜り珊瑚をフィルムに収め様とする、時代を生き抜いて来たひとりの人間を、いまはやさしく見守る。 (集英社)
384 1998/9/15

霞町物語

浅田次郎 昭和30年代の、青春の光芒。こんなぶっとんだ高校生がいるんだろうか、格好良すぎるぜ。写真館を代々営む家は、祖父の一徹な生き様が小説全体に芯棒をいれ、父親との交差のなかで、得も言えぬ師弟の絆と愛が感ぜられる。最後に登場してくる祖母がこれまた超絶的に格好良い。格好良すぎるのが不満のひとつにもなろう、絶品作。 (講談社)
385 1998/9/18 占星術殺人事件 島田荘司 長大なプロット、奇抜奇怪な事件。御手洗氏の推理は最終章に向かって煩悶のフル回転。いやー、長編にもかかわらず一気に読まされた。文体も好きだし、『切り裂きジャック百年の孤独』 とともに面白かったの一語。これがデビュー作だったとは、さぞ衝撃の新人参入だったんだろうな、推理小説界にとって。(講談社文庫)
386 1998/9/25 アメリアを探せ  甦る女流飛行家伝説 青木富貴子 昭和初期の一時期を彩る、数々の飛行記録挑戦。深田氏の「美貌なれ昭和」とラップする、美しくもはかな過ぎる戦前の一風景。そんな危うい中、アメリアは最後の悲劇の飛行士として、純粋な飛行競争から遠い諜報活動と最新鋭機に乗りながらも無知無謀ゆえの通信機器搭載を拒むという、暗い予感のなか、ついに天空を駈ける暗幕のなかに消え去っていった・・・。 (文春文庫)
387 1998/9/27

人獣細工

小林泰三 『玩具修理者』(366)に衝撃を受け、本書を手にしてみた。これはこれで身体のあらゆる部位を豚に置きかえられていった少女の嘔吐感と嫌悪とパニックを巧妙に描いてみせてくれてはいるが。全篇にちょいと前作を超えようとするリキミが、真の恐怖の座標からずれた感も。 もっともこれはこちらが余りにも思い入れが強すぎたせいであろう事は、十分に割り引かねばならないのだろう。 (角川書店)
388 1998/9/28

ミラノの風とシニョリーナ

坂東眞砂子 あの『死国』(352)を書いた坂東の若き日のイタリア留学日記。天声人語の故深代淳郎の「青春日記」を引き合いに出すまでも無く、若き日々の彷徨にはどんな状況であれ“無残と希望”が錯綜していて、他人の追体験とは思えない何かを感じさせてくれる。(中公文庫)
389 1998/10/4

ブルース

花村萬月 花村萬月を初めて読む。な、なんだこの喉仏に生釘が刺さったような違和感。果てしのないブルースの横溢。舞台はNYでもLAでもない、横浜は寿町。 一瞬の夢は、男の余りにも「馬鹿正直なおとしまえ」のつけ方で飛散していく、同じ夢を見たがった女を残して・・・。(角川文庫)
390 1998/10/6

オーケンののほほんと熱い国へ行く

大槻ケンヂ オーケンVS印度の摩訶不思議な凝りない面々!インドものの場外乱闘編だ、これは。にじり寄ってくるいかがわしいハシシやカンジャ売り。これだけでも十分絵になっているじゃないか。 オーケンよ、バラナスティーで何を思う…。 第2部はバンコク編。暑さ熱さのどまんなかでオーケンのパッションも燃えていたぞ、のほほんという言葉とはうらはらに。(新潮文庫)
391 1998/10/11 アジアの路上で溜息ひとつ 前川健一 そつそつとした旅の行為。古き良きバックパカーの仁義をひたすらストイックに敢行しながらも,読者を冷たく突き放すことなく,アジアの都市の喧噪と混沌とした優しさの世界に誘う。 この旅にはトウガラシの香りが漂う。(講談社文庫)
392 1998/10/17

夜が待っている

西村京太郎 今となってはあっさり仕立てに感じるハードボイルドかな,と思いきや最後の「夜の秘密」まで,無用な山場は書かれていないながら,6編を通して立ち上る昭和39年前後の西村の創作への執念は,現在の大ヒット「十津川警部シリーズ」の原風景として新鮮な驚きをもたらしてくれた。(角川文庫)
393 1998/10/18

反逆する風景

辺見庸 最初に、なんともとっつきにくい文体だ、と閉口したが、読み進めるうち鮮烈な切れ味は、新聞記者根性が為せる技だろうか、不思議なパースペクティブを突き付けながら迫ってくる。(講談社文庫)
394 1998/10/20

行きそで行かないとこへ行こう

大槻ケンヂ オオケンいいじゃん、というのが正直な感想。そろそろあの筋の入ったオドロオドロメークなぞやめて、「素顔で勝負」して欲しい、と強く感じいったぞ。(新潮文庫)
395 1998/10/24

エキゾティカ

中島らも 全篇を通すと、そこからエキゾティカの“アジアの芳香”が立ち昇ってくる、らも珠玉の幻想好感度短編集。どーしてこうも、らも氏の短編はうまいのか、ふたたび氏の「らもワールド」長編ものにどっぷりと浸かりたくなってきた。(双葉社)
396 1998/10/28

あやしい探検隊焚火酔虎伝

椎名誠 わっしわっし、がっしがっしと進む中年探検隊。初期の探検隊ものと比べちゃ-いけない、だって50がらみであれだけやっちゃうエネルギーは見上げたもの。 もう殴り合いの喧嘩はないけれど、少々メランコリックな気分がちりばめられているのも中年らしくてヨロシイ、ちょっと寂しいけれど。(角川文庫)
397 1998/10/29

東洋ごろごろ膝栗毛

群ようこ 角川の編集者らとのみじか-い珍道中。中々とっかから無かった本だっけれど、読み始めたら止まらなくなった。 まあ、こういうパックツアー的おばさん丸出し的作家旅行記もたまにはありかな。(新潮文庫)
398 1998/10/30

活字学級

目黒考二 凄すぎて言葉もありません。書評の形を借りて氏の人生観を語っているのか、本が彼をして喋らせているのか。1月10冊ほど書評のために読んでことたれりとしているやわな御用文芸評論家とは別次元の説得力。 日本人の好む「1を知って10を知る」というのは、ある事象を徹底的に突き詰めるための、途方も無い集積度をもって始めて何かが語れる論理性から、はなから逃げを打ってみせる持久力を欠いた、脆弱かつ貧困な詭弁的物言いなのだ、というのが身に沁みる。(角川文庫)
399 1998/10/31

のほほん雑記帳(のおと)

大槻ケンヂ いいよ、これオーケンしてるよ。お若いのに、もう青春の蹉跌を語っちゃうのね、いいよいいよ。 おんなの子との付き合い(彼は交流といってる)をはじめだしていくくだり、オーケン節が利いていて、単なる雑記帳からしっかり青春グラフィティーしてて、うん、中々いい感じ。(角川文庫)
400 1998/11/1 僕に踏まれた街と僕が踏まれた街 [増補版] 中島らも これオーケンものでおすすめと在ったので、読んでみたもの。らもちゃん灘中・高だったのねん、お疲れさん。この破天荒フーテン的自意識の溢れんばかりの過剰さが、らもワールドに通底しているんだろうな。 10年前に氏を知ったときは、正直いって「なんかけったいなヒト」としか見る事ができなかったわが身の不明を多いに羞じよう。 それは、朝まで生テレビの1シーンで、当時の立教大学西山教授が、「おまえらの同世代でも、もっとまじめで優秀なのがたくさんおる!」とらもちゃんを大喝し、突然、番組途中で帰ってしまったのが、強くネガとして頭に残っている。 大喝した西山教授にしても、きっとミルトン・フリードマンの伝書鳩しか為しえていない自己憐憫と、なんらオリジナリティーを勝ち得ない日本的経済学者の悲哀を、オリジナリティーだけは満タンのらもちゃんに対して何を勘違いしたのか思わず嫉妬と侮蔑のアンビバレンツな心情を吐露してしまったというのが僕の感想。 いやいや、単に先生の虫の居所が悪かっただけか。(朝日文庫)
401 1998/11/2

きんぴか1 三人の悪党編

浅田次郎 痛快とはこの本をもってして、と言えるくらい。 浅田自ら、「パンツを脱いで、原稿用紙の上で踊った」と、然り。 こういう本は前頭葉ではなく、ハートで読むもの。(光文社)
402 1998/11/6 きんぴか2 血まみれのマリア編 浅田次郎 泣かせてくれるぜ、救命病棟の血まみれのマリアよ。 いよいよこの悪党どもが盛り上げてくれて、早く3部めも読みたくて、もうたまらん。(光文社)
403 1998/11/7 トヨタの方式 片山修 トップランナーの自負か。プリウスの前には、あの鳴り物入りのベンツAクラスでさえも、もはや後塵を拝し霞んでみえる、恐るべしトヨタ。 日本自動車産業は、もはやトヨタそのものを指ししめす時が来ているのだろうか、いや既に到来しているというべきなのか、トヨタヴィジョンに則って。(小学館文庫)
404 1998/11/9 ソフィーの世界 上 哲学者からの不思議な手紙 Jostein Gaarder 少女と摩訶不思議な哲学者との手紙(書簡の形)、はたまた会話の妙に乗せられながら、始源の哲学から、大陸観念論批判のイギリス経験主義まで2000年の時空を一気に吹き飛ばされてしまった。 下巻もケリをつけなければ、ここまできたら。 (日本放送出版協会)
405 1998/11/10

ゆで卵

辺見庸 表題作の「ゆで卵」は相当物議を醸したそうな。曰く、オウム事件当日現場に居合わせた異常な状況下にもかかわらず、ねっとり取り巻くような、ゆで卵を食いながらの情交、過剰な性的描写の数々が不謹慎だの嫌悪感にかられるだのと。あげくOBからは学窓生とは認めないなどと痛罵され・・・。 ふむ、面白いねこういう時は神妙に1億総善人にならにゃいかんというのは。横浜西口の空騒ぎ、崎陽軒で不躾にマイクを振り回すうっとうしい女性アナ。弁当買おうとしているそばで、あんたら何を聴こうというのか出勤途上のわたしに。(角川文庫)
406 1998/11/11

ゲルマニウムの夜

花村萬月 第119回芥川賞受賞作。僕には神の領域まで踏みこんだ衝撃の書、とは思えない。受賞作がこれでいいのか萬月よ。『ブルース』の興奮冷め遣らぬ間にこれを読んだため食い足りなかったのかも知れないが。 氏の本はあと2,3冊は読んでみないと。(文芸春秋誌掲載)
407 1998/11/12 インドへ 横尾忠則 UFOびんびん、メディテーションどっぷり、イカガワシサの氾濫とあくまでも真摯な探求姿勢、その底流には溢れるばかりのインド的なるものへの憧憬が。 なにやら氏そのものこそが最も日本人にわかり易いインドを体現しているかのようだ。 文中引用 ―「ヒンズーの神々と俺の涅槃像を結びつけてくれたところが一番気にいっている。とにかく、君はいつインドへ行ってもいいようだ」  三島さんの話はまだ続いていたが、ぼくの頭の中には「いつインドへ行ってもいい・・・・・」という三島さんの言葉だけが、妙にはっきりと、宙に浮いたように光っていた。 (文芸春秋社)
408 1998/11/13

スーパー書斎の遊技術

山根一眞 部屋いっぱいにシベリアの地図を広げ、なんとそれを机の上によじ登ってオペラグラス!で鳥瞰しまだ見ぬ道をさまよいあるいは得心する山根氏。まさに山根一眞の真骨頂ここに在りだ。スーパーでもハイパーでもがちゃがちゃとこれからも凄いオモチャを見せつづけて欲しい。(文春文庫)
409 1998/11/15

バールのようなもの

清水義範 味が在る表題作。「バールのようなもの」の曖昧模糊とした大人の暗黙の了解(よくわからなくても知ってる振りを強要される)が、どうもこの人には通用しないようだ。 娘はいま質問攻勢の真っ只中。 人はいつをもってして、大人は当然知っている(知ってなければならない)という顔をするようになるんだろう、なーんにもわかってないくせにね。(文春文庫)
410 1998/11/16 遠い島々、海とサボテン  つれづれノート4 銀色夏生 ワイハ、タヒチ、サンタモニカ、べガス、またハワイと半年あまりもほっつき歩いている夏生ちゃん。兄セッセもよく妹らの面倒を見てるよ、驚くほど。 つれづれ7を知るものには、ムーが怒ってるんじゃないか、などと過ぎた赤の他人のわたくしごとを心配したりして。(角川文庫)
411 1998/11/17 ガラダの豚 I 中島らも らもワールドにどっぷり浸かりたくて手にとった。冒頭からズブズブと、心行くまで引きずりこまれた。本当にらものつくりばなしには感嘆。IIが楽しみたのしみ。(集英社文庫)
412 1998/11/18

地下街の雨

宮部みゆき ちょっとこわい都会の陥穽。少しだけサスペンスホラーのスパイスを利かせながらも、鮮やかなシーンを眼前に切り取ってくれる『地下街の雨』、少しもの哀しさを伴って。(集英社文庫)
413 1998/11/21 ガラダの豚 II 中島らも さて、いよいよアフリカはケニアの地へ。つくりばなしとわかっていても、ぐいぐい引き込まれていく。大宇部一家に振りかかる災厄ははたして。呪術なんて、これ以上らも氏の手にはまる題材はないかも。 佳境のIIIはもったいないから、ゆっくりゆっくり読まなくては。(集英社文庫)
414 1998/11/23 ガラダの豚 III 中島らも バキリとのTOKYOでの最終対決。酔っぱらいの大生部先生、大覚醒なるか。ドタバタ活劇もここまでくればらもワールドにただただ息を詰め、身を委ねておく他はない。らも長編物に、またいつか熱に浮かされつつ没頭したい。(集英社文庫)
415 1998/11/26 ソニーの法則 片山修 大曽根部隊の「開発18か条」は圧巻。国内では食えずに海外に活路を見出し、同じ土俵で相撲をとれば潰されるという、危機感と反骨精神が、出井氏言うところの循環論で、25年にわたるデジタル揺籃期を経て、此れから先の25年で、未曾有の収穫逓増型の大収穫期を迎えると。今、ここまで言いきれる企業はそうない。(小学館文庫)
416 1998/11/27 ISO9000の知識    中條武志 日経文庫。 いまや日本挙げてのISO取得ブーム。デフレ経済下であえぐ日本経済・企業にカンフル効果があるのか。本来的意義ではそういう期待下で認定を受けるものではないのだが・・・。(日経文庫)
417 1998/12/5 きんぴか3 真夜中の喝采編  浅田次郎 軍曹、嗚呼哀しや故郷を追われ、ピスケン土壇場の総長推挙。ダディーの背中が震えてる、父殺しの過去に。巨悪を倒すピカレスク物語から、いつのまにか際だった人物描写の妙に魅せられていた。「痛快」とはこのはなしのために準備されたる言葉だ。(光文社)
418 1998/12/7

日輪の遺産

浅田次郎 戦中・戦後・現代と時空のなかを縦横に飛び交い対比しつつ、一老人の残した手記は、誰も今は知り得ない歴史の秘密に迫って行く。そのストーリーを並走して奏で続けられる、戦時下の哀しい女学徒らの無残過ぎる青春の軋み音。その最後に明かされる歴史の真相とは。ラスト1ページでは、不覚にも涙を禁じ得ることが出来なかった。浅田自身の弁による、単なるエンターテイメント作家に甘んじる事を潔しとしない、新生浅田の一作。 (講談社文庫)
419 1998/12/12

バックパッカーはインドをめざす

黒川博信 筆者27歳のインド行脚。なかなかにバランス感覚に優れた青年の半年間に及ぶゲストハウス、ドミトリーを渡り歩いたバックパッカーのまなざし。こういう放浪の記を読むと、若い時には借金してでも行くべきだ青年らよ、と呼びかけたくなるパパです。 (集英社)
420 1998/12/13

あやしい探検隊 バリ島横恋慕

椎名誠 バリ島にまたもや出没、中年四人の怪しい探検隊。バリのケチャ舞踏にはぞっこんの模様。ぼくも行ってみたやバリの微笑の楽園に。インドネシアに8000といわれる島々のなかで、唯一といっていい伝統的文化を保持しつつ、アメリカナイズ(西欧化)の波にどこまで抗することができるのか・・・。珍しくおじさんたちも文明・文化についてきっちり焚き火を囲んで考察してました。 (山と渓谷社)
421 1998/12/14 熟れてゆく夏 藤堂志津子 「熟れてゆく夏」第100回直木賞受賞作。奇妙なストーリー展開。謎めいた夫人とおとこ嫌いの律子、その間にもう一枚のカード紀夫。道子の怨恨が律子へ憑依したかのような官能への惑溺と失望。だがぼくには不快感こそないが、いまひとつ深い読後感もなかった。筆者は詩から散文の世界へと移行してきたとあるが、所詮虚構の世界、もっとDEEPなものをみたい。 もっともこの1冊をもってものいいをするのは早急か。(文春文庫)
422 1998/12/15 時にはうどんのように 椎名誠 シーナのとりとめなのないニチジョ-の世界。超近視眼的半径3メートルの鬱々たる憤懣ぶちまけから(とりわけ京都の狂った200万円返せ女には本当に辟易している様子)、最後にチラッと長良川河口堰問題に絡めて日本共産党赤旗紙に言及するあたり、もっとこの点について突っ込んだ書き方をしているものを読んでみたい欲求にかられた。(文春文庫)
423 1998/12/22 少年とグルメ 赤瀬川原平 キリキリと痛む胃にチョコレートボール。冷や汗をかきながら悶絶のストレートスィート攻撃が氏を襲う。日本中が貧乏で、とりわけ氏が赤貧に喘いでいたころの切な過ぎるくいもののはなし。さすがに鼻くそがご馳走と言われるとたじろがずにはいられないが。 (講談社文庫)
424 1998/12/23 微笑みながら消えていく 銀色夏生 好きなようにレイアウトし、散文を鏤めた夏生詩集。彼女の写真はへたうまだけど、本になるとなんか格好がついているのが憎い。(角川書店)
425 1998/12/24 クリスマス・イヴ 赤川次郎 さらさらっと流しそうめんのような読み応え。量産による水っぽさか、彼一流のスタイルなのか。同じタイトルで岡嶋二人の作品があるが、そいつは来年に。(角川文庫)
426 1998/12/26 あやしい探検隊焚火発見伝 椎名誠・林政明 煮ても焼いても食えない狸、とは単なる比喩ではなく、本当に獣臭くて食べられないのだと知った。そこをリンさんが藁でくるみ土に埋めたら、もののみごとに大化け。シーナ隊長以下みな陶然とした面持ちに。焚火の周りで食材が酒が会話がまわり踊るよ。僕はこのなかでは、牡丹鍋とチバの貝づくしが気に入ったな。(小学館文庫)
427 1998/12/27

セラフィムの夜

花村萬月 睾丸性女性化症候群の涼子。外見は完全なる最高の女でありながら自分が男であることを知る。冒頭からいっきに引き込まれた。登場人物の主役が話の展開で変わってしまう感は否めないが、花村でしか描けないきついにおいの小説。最後は民族的軋轢まで話がぶっ飛んだが、そんなことはお構いなしに、氏の暴力的愛撫は冴え渡っていた。そういえば、CATVでこの映画を見ていたことを思い出した。やくざものの山本役の男の顔ははっきり思い出せるのに、涼子はかすみの中。最後まで涼子の像を結ばせることが出来なかったのは、涼子の「特異性」の為せるところか。(小学館文庫)
428 1998/12/30

活動写真の女

浅田次郎 学園紛争中の京都大学。京都の凋落の一途をたどる撮影所を舞台として織り成す、余りにも儚く脆く甘美で幻想的な愛のはなし。僕が東京の大学ではなく、京都の方を選択していたら、京都での大学生活は如何なるものであったろうか、と想像せずにはいられない。強くしかし刹那的に立ち上る大文字焼きが遥かに臨まれる下宿の一室。京都アカデミズムと経済的発展途上のアンビバレンツが醸し出す雰囲気が為せる技か。なぜかくも京都を舞台とした小説に惹かれるのだろうか、織田作之助の『十七才』まで遡って引き合いに出すまでも無く。(双葉社)

  2002  2001  2000  1999