プレート・テクトニクス


 これまでに火山や地震の勉強をしました。日本はどちらも多い地域です。これは偶然ではありません。実はこの2つは関連のある現象なのです。
 教科書_ページの図を見て下さい。世界地図に、ある程度大きな地震の震央をマークした図です。_ページの図も見て下さい。世界地図に、世界中の火山の位置をマークしたものです。日本だけでなく、世界中で、地震と火山の集中する場所がほぼ一致していることがわかりますね。

大陸移動説

 こちらの世界地図を見て下さい。日本で使っている世界地図は太平洋が真ん中にありますが、これは大西洋が真ん中にあります。ヨーロッパで使われているものです。
 こういう地図を見ているヨーロッパ人はみんな思うんだそうです。「大西洋の両岸の形が似ているぞ」と。そして「きっとアメリカ大陸とアフリカ大陸は昔くっついていて、ばりばりっと割れて大西洋ができたに違いない、と。(図1)
 思っただけでなく、証拠を探した人がいました。20世紀の初めにドイツにいたアルフレッド・ウェゲナーという人です。その結果、もしむかしくっついていたならひと続きになっていたはずの地域に、共通の生物(*1)がいたり、地質が同じだったりという例がいくつも見つかりました。
 彼は調べたことをまとめて1912年に発表しましたが、どうやって移動したかが説明できなかったこともあり、当時はあまり注目されなかったようです。

 (*1)小型のトカゲ、昆虫など移動能力の小さいものが含まれていました。


海嶺

 ところが、20世紀半ば過ぎになって海底の測量が進んで事態は変わりました。資料集_ページの図を見て下さい。大西洋の真ん中、いかにも「ここから割れて左右に広がっていきました」と言わんばかりのところに特徴的な海底地形がありますね。まるで山脈のように、周囲の海底より1000mぐらい高く盛り上がった地形が連なっています。「海嶺」とか「中央海嶺」とか名付けられています。その真ん中はむしろへこんだようになっています。
 海嶺がどんなところなのか、観察できるところがあります。大西洋中央海嶺を北へたどって下さい。…島がありますね。アイスランドです。そのアイスランドの真ん中を南北に横切って溝状に地形が低くなったところがあります。ちょうど、大西洋中央海嶺の中心部の続きにあたるところです。(*2)(図2)
 この地溝帯は玄武岩質の溶岩で埋められています。そしていまでもしばしば噴火が起こり、新しい溶岩が噴き出してきます。その噴火は、地溝帯の向きに沿うように、時には数kmに及ぶ長い裂け目ができ、粘性の小さい溶岩が噴水のように噴き出す「広域割れ目噴火」と呼ばれるものです。(絵を描いてみましたが、トウモロコシ畑にしか見えませんね ^^;)(図3)
 まるで、地球の表面が左右に引き裂かれているように見えます。同じように海底が引き裂かれ、広がってゆくとしたら、昔くっついていた南アメリカとアフリカが離れていまのようになったというのもありそうな話になってきます。
 世界の海底にはボールの縫い目のようにたくさんの海嶺があります。同じ形をしているからには、それらすべてで同じことが起きていることでしょう。
 さて、もしも海嶺で地球の表面が左右に広がってゆくのだとしたら、どこかで縮んでゆくところもなくてはなりません。方や広がり、方や縮むのですから、違った形をしていることでしょう。別の形の地球の縫い目…そう、海溝です。地球の表面は海嶺と海溝で区切られたいくつかの板状の部分でできていて、海嶺で広がり、海溝で縮んでゆくと考えられています。(図4)

 (*2)NHK「地球大紀行」およびNHKジュニアスペシャル「地球大紀行」に、よい映像があります。


地震の巣・火山の巣

 さらに詳しく見てみましょう。教科書_ページの図は、日本付近の地震の震源を立体的に記録したものです。…わかりにくい?そう思ってこちらに模型をつくりました。遠くの人は見えないと思うので、あとで見て下さい。地震の震源は太平洋側で浅く、日本海側というか大陸側で深くなっています。さらによく見ると、それらはほぼひとつの平面に乗るように分布しています。
 一方、火山についても、地下の岩石が融けてマグマができるところを調べてみると(*3)、地震の震源とほぼ同じところでできていることがわかっています。すなわち、日本の地下のある決まったところでだけ地震も火山もできていることになります。その特別な場所を、調べた学者二人の名を取って「和達・ベニオフ帯」と呼ぶことがあります。(図5)
 そしてその面を太平洋側に延長すると、特徴的な海底地形につながります。海溝です。関東から東北にかけての日本海溝、その北につながる千島海溝、逆に南につながる伊豆・小笠原海溝(*4)です。(図6)

 (*3) マグマや、火成岩の成分を詳しく調べることで推定できます。
 (*4) 単に「小笠原海溝」と呼ぶ場合もある。


プレート

 海嶺・海溝で区切られた板状の部分を「プレート」と言います。日本列島の主要部分は中国方面とひとつながりのユーラシアプレートの一部分で、日本付近の太平洋の海底は太平洋プレートフィリピン海プレートです(図6)。地球表面の現象の多くが、このプレートの移動と関連づけて説明できます。最初に触れた地震と火山もプレートの動きで説明されています。


海溝

 日本海溝・小笠原海溝のところで、太平洋プレート、フィリピン海プレートユーラシアプレート(*5)の下に潜り込んでゆく(*6)のだと考えられています。
 大陸側も海底に引きずられて沈んでゆきます。堅い岩石といえどもある程度は変形するのですが、限度があります。変形しきれなくなると、弱いところがばりばりっと壊れ、もとの形に戻ります。つまり、海底と大陸の継ぎ目の部分がはがれて、沈んでいった大陸がびよん、っと跳ね上がります。これが地震(*7)です。(図7)
 マグマの発生も、ここでプレートが沈み込むことと関連があると考えられています。ふたつのプレートがこすれあうところでは摩擦で熱が発生しているかもしれません。そうすると温度が高くなって岩石が融け、マグマができるかもしれません。
 ところがいろいろ調べてみると温度は少ししか上がらないことがわかってきました。そこで、現在ではむしろ、ここでは融点が下がるためだと考えられています。岩石の中に水が少し入ると融点が下がることがわかったのです。海底のプレートには、割れ目や隙間に水がしみこんでいるはずです。海底のプレートが水と一緒に大陸プレートの下に潜り込み、融点を下げるのです。(*8)
 プレートの厚さは100kmぐらいです。地震の伝わり方の研究などから、そのあたりに半分融けたよう(*9)になっている部分があると推定されています。その上の堅い部分がプレートということです。ちょっと注目して欲しいのは、前回出てきた「地殻」「マントル」の境界とは一致していないことです。地殻とマントルの一部を合わせた堅い部分が「プレート」です。
 プレートの下の、マントルが柔らかい部分に、今のところ原因ははっきりしませんが温度差があって対流がおき、それに引きずられてプレートが動くと考えられています(図4)。動く速さは、速いところでも1年で10cm程度です。

 (*5) 日本列島の北部は「北アメリカプレート」に乗っているかもしれません。北米プレートとユーラシアプレートは相対運動が小さいため境界が確定されていませんが、近年「糸静線〜日本海〜サハリン」説が有力になっています。
 (*6) 海洋プレートのほうが大陸プレートよりも密度が大きい。
 (*7) このような地震を特に区別して呼ぶときは「
巨大地震」といいます。それに対し、兵庫県南部地震のようにプレートの中に断層ができる地震は「直下型地震」といいます。巨大地震の場合、海洋プレートの潜り込みは続きますので何年か後には再び同じところを震源とする地震が起きます。
 (*8)もうひとつ重要な原因として「圧力の低下によって融点がさがる」というのがあります。
 (*9) 個体と液体の中間のような「ねとねと」の状態。想像できない人は「お粥のような」もしくは「ぜんざいのような」状態を思い浮かべても、大きな間違いではないようです。


どんぶらこっこ

 前に見たビデオの中でハワイ諸島ができる様子が出てきましたね。ホットスポットは地下深く、対流している部分のさらに下にあります。ここからマグマが上昇して噴火するわけですが、そうやってできた島はプレートの移動によって運ばれてしまいます。ハワイ諸島、そしてそれに続くハワイ海山列、天皇海山列(*9)はプレートが移動している証拠のひとつです。途中で列が曲がっているのは、ある時代に移動方向が変わったためと解釈できます。(図4、図8)
 もっと身近にもプレートの移動の証拠があります。伊豆半島です。伊豆半島は大昔は遥か南にある島だったようです。それがフィリピン海プレートの移動に乗ってどんぶらこっこどんぶらこっことやってきて日本列島に衝突し、半島になったと考えられています。国道246号やJR御殿場線が通るあたりにプレート境界の断層があります。1923年(大正12年)の関東地震(いわゆる関東大震災)はこの断層が動いたものです。また衝突の時に日本列島に皺がよってできたのが丹沢山地や御坂山地です(*10)。(図9)
 そもそも、日本列島そのものが、ユーラシアプレートの縁にできた皺のうえに火山が噴火してできたようなものです。千島列島や南西諸島は、盛り上がり方が少し少なかったものです。相模トラフや駿河トラフ(さらに西へたどってゆくと南海トラフ、琉球トラフと名を変えます)は、名前は「海溝」ではありませんが、フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界です。
 同様に、インドはもともと島だったものがユーラシア大陸と衝突してつながったもので、その時の皺がヒマラヤ山脈です。
 このように、地球表面のいろいろな現象をプレートの動きと関連づけて解釈する考え方を「プレート・テクトニクス」といいます。

 (*9) この名前をつけたのは日本人ではなく、Dietz(ディーツ)という日本かぶれのアメリカ人です。困ったもんだ。
 (*10)丹沢は、フィリピン海プレートが沈み込むとき、比較的密度の低い表層部分がそぎ取られて本州にくっついた「付加帯」、いわば「ひとつ前の伊豆半島」です。


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