安心理論「関東地震の2倍」

 「安心理論」って言葉は漫画家黒鉄ヒロシ氏の創作じゃないかと思います。巨人ファンの黒鉄氏が、9月頃テレビに出てきて残りの試合の勝敗について目いっぱい希望的な観測を並べ立て、「だから巨人が優勝する」という説を発表するときに使われた言葉です。


 外国で大きな地震があって大きな被害が出るたびに語られていた言葉があります。「日本の土木・建築の耐震基準は世界で一番厳しい。だから日本は大丈夫」。
 しかし「大丈夫」ではなかったことが兵庫県南部地震(いわゆる阪神大震災)で露呈しました。


 「世界で一番厳しい」は多分ウソではありません。その基準のココロは「関東大震災の2倍」です。長い間に多少の修正は加えられてきましたが(*1)、大筋では変わっていません。ウソだったのは「だから大丈夫」という部分でした。
 関東地震のエネルギーはマグニチュード7.9(*2)。これは決して最大級の地震ではありません。たとえば、根尾谷断層をつくった1891年の「濃尾地震」はM8.4とされています(*3)。M8.4はM7.9のざっと6倍のエネルギーです。
 また、「関東大震災の」というのは、その時の東京のゆれの、です。関東地震の震源域は三浦半島西方から小田原付近にかけてのプレート境界ですから、震源に近い小田原付近では東京よりはるかに大きく揺れたはずです。実際、崖崩れで何十戸も流されたとか、列車が谷に落ちて何人も亡くなったとかの被害が出ています。ところが地震計の記録がないのです。
 この地震のゆれを一番近くで記録した地震計は東京大学に設置されていたものでした。1923年当時の観測網はその程度のものだったのです。この地震計にしても、針が振り切れてしまっています。

(*1)たとえば、1978年(昭和53年)の宮城県沖地震でブロック塀の倒壊が目立ったため、その後でブロック塀の基準が強化されました。
(*2)(*3)浜島書店「最新図表地学 1996年度版」による。


 そんな記録をもとに地面のゆれの加速度を算出し、建物に加わった力を算出して「それの2倍」の力を静的に(じわじわっと)かけたときに壊れない、というのが問題の基準です。
 実際の力は動的に(ぐらぐらっと)加わってきます。ゆれの周期と固有振動数が合った場合、共振をおこして何倍もの力として働きます(*4)。「柔構造」の高層建築ではこの点も考慮して設計されているようですが、大部分の土木構造物や建築物では考慮されていませんし、その必要もないと考えられて来たようです。

(*4)自動車事故に関するテレビ番組で、どっかの大学の先生が満載の大型トラックを一人で揺すって見せてくれたのを覚えています。固有振動にあわせて力を掛けることで可能になるんだそうで。


 「だから大丈夫」と力説されるのを見る度に「そんなはずないよなあ」と思う一方、それを信じたい気持ちもありました。だから阪神大震災の被害状況をテレビで見たとき、「ああ、やっぱり」と「まさか、そんな」の二つの思いが同時に浮かび、交錯したものです。

ぼやきに似たゴタクを少々。


back

地学閑話集へ戻る
Sidestorys index

back back

地学部屋へ戻る
Geology index