『週刊読書人計画』1996−97

238 1996/1/9

「超」勉強法

野口悠紀雄 今をときめく経済学会重鎮野口先生も,学生時代はかかる方法で勉強をなさってたんですね。そのころから究めて実践的な学習方法を身につけていたとは驚嘆。パラシュート学習法は実にユニーク。はじめてじゃないでしょうか、こんな勉強のやり方を大まじめに開陳している本は。随所に学生のみならず社会人が何かに取り組んでみようと思い立ったとき、勇気と指針を与えてくれる。学習、まねびの楽しさが解かってきたらしめたもの。かかるうえは『1940年体制』に取り組んでみようか。(講談社)
239 1996/1/10

岳物語

椎名誠 読ませるねーシーナ節。それにしても近頃の少年野球にまとわりつくトッツアン、カーチャンどもの子どものあそびに断固としてわしらもまとわりついて一緒に遊ぶけんね!的寄生虫体質にはムカッとしていたが、いみじくもシーナが喝破し、鉄槌を下しているくだりはまっこと同感。腕力・策略に長けた小僧が仕切るのが少年草野球ぞ!(集英社文庫)
240 1996/1/13 続岳物語 椎名誠 岳はやっぱし椎名の息子です。肉弾相打ちながら育て、育ってきた親子。椎名の作品群には、実在する長女をモチーフとしたものが不思議とないような気がする。椎名と娘の関係というのも、わたしは十分に興味をそそられる。(集英社文庫)
241 1996/1/15 全日本食えばわかる図鑑 椎名誠 この人、胃に牙が生えてるのだろうか?ぎろっと一瞥をくれて、かつ丼にとッ組みだす。ああ、思いっきり喰いたや、うにいくらまぐろ丼ぶり。(集英社文庫)
242 1996/1/16 メタルカラーの時代2 山根一眞 インタビュアー山根の真骨頂。時代へのビタミン一滴、未だ日本製造業死なず!四国連絡橋のくだりは圧巻。名も無き中小企業の創造力に感銘。『メタルカラーの時代・1、3』もぜひ読もう。(小学館)
243 1996/3/28 アジアの誘惑 下川裕治 のんびりとあてもなく過ごすアジア。路上で屋台でそして街中で、アジア的時間と人間のはざまに身を置く筆者。この魅惑のアジアにおおいに幻惑されているわたし。(講談社文庫)
244 1996/5/22 ぼくはこんな本を読んできた 立花隆 知のマエストロ・タチバナの壮絶な読書の履歴。一度は本の館―知の魔窟殿―、シェ・タチバナを訪れてみたいもの。(文芸春秋社)
245 1996/6/11 デジタル情報の仕事術 山根一眞 長足の進歩を遂げるデジタル機器。われわれはただデジタルの海に溺れもがくのか、それとも飛び石を伝って、デジタルの向こうに新世界を見いだし得るのか。袋ファイルからデジタルワールドへ、山根のフィールドはさらに進化し深化する。(日本経済新聞社)
246 1996/6/18 インターネット探検 立花隆 臨界点に達し大ブレークした感のあるインターネット。 知の達人、まえすとろタチバナが手ほどきするネットの大海の泳ぎ方。薀蓄はさておき、いまは3年前には想像すら出きなかった、新しいテクノロジーの快楽(けらく)に無批判に浸かろう。(講談社)
247 1996/8/3 旅で眠りたい 蔵前仁一 旅の惰眠。目的もタスクもない気ままな旅。市場の界隈で、庶民の飯屋の軒先でのーんびりとすする一杯のお茶。貧乏旅行のよそおいでなんと贅沢なはなしだろう。(新潮文庫)
248 1996/8/7 インターネット近未来講座 村井純・坂本龍一他 日本のインターネットの創始者、Mr.村井。ネットの夜明け、サイバー空間の煌き。サイバートラップ、犯罪、常習者、禁断症状、学習、生活の道具。インターネットは無限の顔を持つに至った。(アスキー出版)
249 1996/8/18

パラサイト・イヴ

瀬名秀明 生物科学先端用語の羅列。めくるめく壮大な展開と、周到緻密な描写。驚愕の結幕への圧倒的スピード感。一気に読まされた。この本刊行後、ホラーの定義、その水準、はては世界観までが大きく塗りかえられるやも知れない。この超大型新人の冴え渡り方はどうだ!映画を観て陳腐といっちゃ駄目、この本の出来映えが凄過ぎるから。(角川書店)
250 1996/8/22 インターネット 村井純 インターネット黎明期の日本のパイオニア、Mr.村井。 ほんの少し前までは、パソコン通信がごく狭い領域で使われていたに過ぎない、コンピュータ情報網は、ここにきてビッグ・バンさながらの大増殖を開始した。 もう後戻りは出来ない。(岩波新書)
251 1996/11/10 猿岩石日記 〜極限のアジア編〜 猿岩石 やらせ?たとえ番組づくりの一環だとしても、彼らが体験した事実は小揺るぎもしない。『深夜特急』=沢木耕太郎のそれとは対極にあるものかも知れないが、僕はだからこそエセ探訪記の類いより、より近しいものをこのふたつの本に感じている。(日本テレビ)
252 1996/11/21 こんなものを買った 原田宗典 他人様がみればつまらないものへの思い入れ。原田の微視的空間は笑いをベースに、ニチジョウなるものを描いてみせる。ちびちびとせこく悩みながら買うという行為はなんて楽しいのだろう。とくに財布に余裕が無い時ほどね。(新潮文庫)
253 1996/12/18 猿岩石日記 〜怒涛のヨーロッパ編〜 猿岩石 ユーラシア大陸から舞台はヨーロッパへ。今はどうか知らないけれど、確かに彼らはそのとき輝きながら走っていたぞ、紛れも無く。(日本テレビ)
254 1997/1/5 チェーン・スモーキング 沢木耕太郎 冴え渡る沢木のエッセイ。沢木の文脈にシンパしつつむさぼり読む。(新潮文庫)
255 1997/1/12 地下生活者 / 遠灘鮫腹海岸 椎名誠 地下鉄地下空間に閉じ込められた俺達はもう死んでしまっているのだろうか。狂気と奇妙な空間に満たされながら、いつしか自分も排気口を漂っているような気分にさせられてくる『地下生活者』。異形の世界を描かせるとシーナは本当に天下一品だと思う。(集英社文庫)
256 1997/2/17 12万円で世界を歩く 下川裕治 貧乏旅行。バックパッカー。アジア亜大陸。なんとも甘美で幻惑される言葉であろう。読み物としての赤貧旅行体験は、ものすごくおもしろい。南京虫。得体の知れない食べ物。想像を絶するトイレ・・・。そしてついぞ体験することはないであろう自分が少し寂しい。(朝日文庫)
257 1997/3/12 THE X-FILES STORIES 1 クリス・カーター 映像の方が数段勝っている。日本語訳がおかしいのか、そもそも原作がプアーなのか。結論、TVで見るにかぎる。(徳間書店)
258 1997/3/16 もの食う人びと 辺見庸 久々に読みごたえある、内容充満のルポルタージュだ。彼の視線にジャーナリスト魂を見せつけられた。氏の一連のルポを読んでいきたい。(角川書店)
259 1997/3/17 キッチン 吉本ばなな なんと瑞々しい文章だろう。隆明の子とは思えない?1988年の作品だが、今彼女はどういう作家活動をしているのだろう。最近の作品も読んでみたい。(角川文庫)
260 1997/3/29 哀しい予感 吉本ばなな “血”を扱っているが、なんと透明感のある作品だろう。ちょっと哀しく、しかし若い感性はもう次を予感させている。(角川書店)
261 1997/3/30 うたかた/サンクチュアリ 吉本ばなな はかなさ、あやうさ、こわれそうな細い感受性。学生時代にしか書けない作品があるとすれば、これは紛れもなくそのひとつだ。三冊連続して読んでみたが、作家のモチーフ、文体、資質は処女作に凝縮されていることをあらためてみせつけられた。非常に希有な読書体験を楽しませてもらった作品群。(角川文庫)
262 1997/3/31 中国火車旅行 宮脇俊三 4日3晩汽車に揺られ続ける。中国、なんと広大な未完の地平よ。シルクロードを鉄路で行けば、窓外に、ゴビ砂漠、タクマラカン砂漠が延々と横たわっている。鉄道マニア宮脇節、海外でもこぶしが効いているね。(角川書店)
263 1997/4/15 インド鉄道紀行 宮脇俊三 憧れのインドの地を鉄道で旅する宮脇。彼の席は特上席であるが、そのまなざしはけっして曇っていなかった。氏がもっとずっと若ければ、もっともっとリアルなインドと刺し違えていたかもしれないが、宮脇節インド版と思えばこれはこれで満足だ。それにしてもコンパートメントで供されるカレーが旨そうだ。(角川書店)
264 1997/4/22 中国の鳥人 椎名誠 読み進むうちにいつしか、中国内陸の異界にさ迷い込んでいく。鳥人の飛翔を目の当たりに見せつけられていくうち、奇妙な懐疑感からいつしか自分の飛行を夢想していく。架空世界の住人達を、独特の雰囲気で生々しく描きあげるのは、シーナならではの着想といえよう。(新潮文庫)
265 1997/4/24 印度行脚 藤原新也 『印度放浪』後の筆者。バラナシでは視線の境界内にはつねに死者が存在し、意識下に常に問いを投げかけ続ける。印度人はガンジスに帰ることを生涯の夢とし、ガンガーのほとりで荼毘に臥される事を希求し、死を待つ。混沌のインドを藤原の視線は何を見据え、何を求めてここまで漂い思考するのだろう。原色のインドがここにはある。(朝日文庫)
266 1997/4/27 マウンテンバイクのススメ 五味隆登 この本に触発されて、横浜東急ハンズで青いプジョーのMTBを買ってしまった。ナイキのパンツを穿いてひとこぎすれば、街の景色も気分も変わる。実際行くところといえば、カル缶買って娘と捨て猫が何匹も住着いている近くの畠。でもこれで結構まんぞくしちゃったりして。そこの農家のおばさんがすいか、とうもろこし、きゅうり、ほうれん草、はてはモロヘイヤまで持たせてくれたりして、なんかとっても嬉しいふたり。帰りに寄る山葡萄の水のなんて美味しいこと!話ながら漕ぐほどにバイクほどエコロジックな乗り物はたしかに無いなー、なんて感じてる。(山と渓谷社)
267 1997/5/1 マザー・ネーチャーズ・トーク 立花隆 知のマエストロは、自然科学分野の気鋭の探求者たちに、鋭く飽くことのない知の欲望をもってインビューを迫る。学会的成果と、その裏に立ち上るなぜその道に入っていったかを語る科学者の、究めて人間くさいはなしに興味は尽きない。(新潮文庫)
268 1997/5/5 韓国・サハリン鉄道紀行 宮脇俊三 嬉々として韓国の新幹線セマウル号に乗り込む宮脇氏。と思えば樺太を回顧しながら北へ北へ。定番のおもしろさはいつでもどこでも安心して乗車できる。(文芸春秋社)
269 1997/5/25 ベトナムへ行こう 勝谷誠彦 湿気と蒸し暑さで皮膚にまとわりつく汗汗汗。そんなさなかにひたすら極彩色の食材が並ぶ。ベトナムといえば故近藤紘一氏の『サイゴンから来た妻と娘』などに頻繁に登場するニョクマムの匂いが鼻腔に甦る。それにしても「ホー」なるベトナムうどんは本当に美味そうだ。(文芸春秋社)
270 1997/6/12 1940年体制 さらば「戦時経済」 野口悠紀雄 現在の官僚機構は、すべからく戦時体制に呼応すべくつくられた緊急火急的産物であると筆者はいう。どこまでもつきまとう「行政指導」は、戦時体制の亡霊か、はたまた利権と縄張り確保にはこれほど都合の好い機構はないというわけか。「ゴソウセンダン」も「ケイシャハイブン」も、この先の日本の進路にはもう有効な処方とはなり得ない。あたらしいモラルの確立には、官民とも出血を伴う覚悟だけはいることは確かだ。(東洋経済新報社)
271 1997/6/18 「超」勉強法 実践編 野口悠紀雄 ついつい買ってしまうこの「超」シリーズ、いよいよ実践編。(講談社)
272 1997/6/19 河童が覗いたインド 妹尾河童 妹尾が書いて描いて書きまくったミニチュアールのインドの数々。河童のインドは言葉なんて要らない、この絵が百の説明よりもまざまざと、またひとつのインドを端的に顕わしてくれているから。(新潮文庫)
273 1997/6/20

少年H  上巻

妹尾河童 銃後の守りって一体何なんだ。妹尾少年の戦時下の自分、友人、家族、教師、生死の狭間の空襲体験を通じて、おとなの勝手な言いぐさや決めつけが、いかに危険で胡散臭いかを肌で勝ち得ていく。上巻は高校進学前までの、暗い世情のさなかでも活き活きと少年の世界を遊泳する妹尾少年の真実のスペクタル。(講談社)
274 1997/6/22

少年H  下巻

妹尾河童 いよいよ戦局は最終章に向かって、非戦闘員の市民を、家を、学校を容赦無く焼き尽くす。大本営西部軍管区はあいも変わらず「敵機来襲せるもわが友軍機は甚大なる損害を与えたり」と繰り返す。高校に進学し、もっとも銃の扱いが上手だった妹尾青年も、神戸の空の下焼夷弾の絨毯爆撃にあい、母と生死の境を駆け抜ける。世の中に信ずるに足るものは何も無い!妹尾青年の純粋な魂は、地面を揺るがすエレクトロン爆弾より、懐疑と焦燥とどこにもぶつけられない怒りに燃え上がる。そして終戦。単なる戦争体験談、ジュブナイル冒険物語、どう捉えられようと構わない。ぜひ一読してもらいたい書。(講談社)
275 1997/6/28 ゴーゴー・インド 蔵前仁一 はじめての地インド。野良牛に驚愕し、インド人の目線の強さに戸惑い、まとわりつく物乞い、どこまでも這いこんでくるインドの熱気に戸惑う蔵前。バックパッカー蔵前の出発点がここにはある。(凱風社)
276 1997/6/29 リング 鈴木光司 かつてこういう恐怖の形があっただろうか。現代ホラーらしく極めて映像的でありながら、その創造の産物は読者によって千差万別の様相を呈するだろう。映画化されたが、自らの想像力が勝っていたことをほくそえむもよし、ただひたすら恐怖に鳥肌をたて続けるのも純粋なホラーの悦びかもしれない。映画やドラマでは、作者の恐怖への独創的アプローチには到底追いつけないのではなかろうか。(角川書店)
277 1997/7/3 椰子が笑う 汽車は行く 宮脇俊三 南十字星がまたたく南国の汽車旅。宮脇鉄道紀行は鉄路の在る限り続く。(文芸春秋社)
278 1997/7/5

ディファレンス・エンジン (上)

W.ギブスン B.スターリング サイバーパンクのひとつの頂点。水蒸気が、ガスが、煤煙が19世紀ロンドンを覆い尽くし、思考する水蒸機関エンジン、キノト−プがいま胎動を開始しようとしている。19世紀的政治的混乱を借景に、科学の発達のもうひとつの進化の果てを呈示する。そのKeyこそはディファレンス・エンジン。(角川文庫)
279 1997/7/7 ディファレンス・エンジン (下) W.ギブスン B.スターリング 記憶の澱を突き破って、ディファレンス・エンジン、キノト−プはついに自らを語り出した。読みながら、煤煙が目に染みてくるような、水蒸気を吐き出しながら思考するコンピュータ。19世紀的サイバー空間のおどろきを堪能しよう。(角川文庫)
280 1997/7/8 フェルマーの大定理が解けた! 足立恒雄 今世紀最大の数学的定理の氷解。そのうらの人間臭い数学者の姿も並じゃない。(講談社新書)
281 1997/7/10 らせん 鈴木光司 リングの続編。『リング』が余りにも完成された世界だったので、氏のあとがきにあるように、この続編『らせん』は相当難産だったようだ。氏の苦しみはお構い無しに、どっぷりと遺伝子が繰り出す恐怖のメッセージを楽しもう。(角川文庫)
282 1997/7/23

楽園

鈴木光司 太古より燃えあがる愛で結びついていた男と女。ベーリング海峡がまだ地続きだった頃から、気の遠くなるような歳月を隔てて、指揮者の彼にいま太古の鼓動が甦る。呼応するかのように彼を追って、また女も約束のかの地へ。超大なスケール感に溢れる、鈴木光司、渾身のデビュー作。(新潮文庫)
283 1997/7/27

光射す海

鈴木光司 失意のうちにマグロ漁船に乗り込んだ主人公。荒れ狂う海のなかで、生死をかけた喧嘩が、覚醒を呼び起こし、記憶障害の彼女との再生を誓う決意をさせる。生への応援歌。(新潮文庫)
284 1997/8/4 神々の消えた土地 北杜夫 ダフニスとクロエにみたてた、戦時下信州での青年と少女の一瞬の邂逅。北独特の神話的手法の語り口で、戦時下のどうする術も知らないまだ幼きふたりを描く。神々はアルプスの遥か天空より、ただただ見守り給うだけなのだろうか、無残な未来を知悉しつつも。(新潮文庫)
285 1997/8/10 「松本」の「遺書」 松本人志 「ひとりごっつ」に驚嘆。その片鱗は・・・。(朝日文庫)
286 1997/8/12 白いメリーさん 中島らも ちょっとこわい短編集。らもエキスが一滴、随所に効いている。(講談社文庫)
287 1997/8/13 インドは今日も雨だった 蔵前仁一 ゴーゴーインドから10年。地球上最悪の都市カルカッタは、日本人の観念なんてせせら笑うかのような相も変らぬ混沌と猥濁のなか、それでも蔵前を迎え入れてくれる。雨降りで汚物が道々まで溢れ出しているのもインド的風景ととらえ、ひるまずひたすら見、歩く筆者。彼の書物はどんな情況のなかのものでもなぜか安心して読める。(世界文化社)
288 1997/8/14 ハッブル望遠鏡が見た宇宙 野本陽代 R.ウィリアムズ 人類の知りたいという欲求は、ついに天体望遠鏡を宇宙空間まで担ぎ上げた。「宇宙の果ては?その先は?」という誰もが知りたい素朴で、誰も明快な回答を出し得ない大いなる疑問。ハッブル望遠鏡はその解明への一歩として、深遠なる天体像への肉迫という使命を担い、過密な映像転送スケジュールを今もこなし続ける。(岩波新書)
289 1997/8/18 いくたびか、アジアの街を通りすぎ 前川健一 路上の屋台で、はたまた安宿の厨房に顔をつっこむ筆者。立ち上る濛々たる火焔と湯気と熱気の向こうに、前川のアジア的快楽の笑みがこぼれる。(講談社文庫)
290 1997/8/24 印度放浪 藤原新也 インドではなく印度。藤原のインドにはなぜか「印度」が似合う。切れば返り血を浴びそうな鮮烈な藤原の印度放浪の痕跡が、いまもなにひとつ色褪せることなくここにある。(朝日文庫)
291 1997/8/25 ホテルアジアの眠れない夜 蔵前仁一 あやしげなドミトリー。そこに蝟集するこれまた怪しげなバックパッカ−たち。アジアの蒸し暑くも、幽玄な夜はいっそうあやしさを増し、旅人を魅了し離さない。(凱風社)
292 1997/9/20 栗本薫 なんとも吐き気がこみ上げてくるような、不気味な閉塞空間が醸し出されている。どこまでも続く凡庸な日常の街、村、道。その凡庸な光景に垣間見える異界の傷口。無間地獄とはこのこというのか。栗本ホラーが存分に楽しめる一冊。(角川ホラー文庫)
293 1997/10/1 トロッコ海岸 椎名誠 これもシーナが好んで描く、懐かしい少年時代の記憶の忘れ得ぬ風景を再構築した短編集。トロッコはいつの時代も少年の限りない夢と想像力を孕みながら、土砂の横にぽつねんと置かれている。もっともこのごろはそういう風景にとんとお目にかかれなくなったが。(文春文庫)
294 1997/10/5 眠れぬ夜の殺人 岡嶋二人 じりじりと見えてくる犯人像。一歩一歩背景描写を点描画法のごとく塗りこめながら、ラストに鮮明な絵解きが待っている。一度はまったが百年目、全作品を読みたくなること請け合い。遅れてきた岡嶋ファンのわたし。(講談社文庫)
295 1997/10/10 仄暗い水の底から 鈴木光司 海、水にまつわる怪奇ロマンの秀作群。水中の呼吸困難にも似た、窒息しそうなほど息を詰めて読まされる。洞窟探検を舞台とした一編では、暗黒と水の音の先に、一条の光が射し込む巨大洞窟での苦闘を通して生への希求と尊さが結晶し、フィジカル作家鈴木光司の力と思いで溢れかえっている。(角川ホラー文庫)
296 1997/10/11

鉄道員 -ぽっぽや-

浅田次郎 ほんとうに泣かされました全篇に亘って。この筆力は一体何者なのだろう。流れるようなリズム・文体で情感溢れる描写を随所に鏤めつつも、べたつかず、読むものをして皆涙させる底力。『うらぼんえ』には、今まで読んだ女性読者のなかで泣かなかった子はきっといませんでしょう。『ラブ・レター』も表題作に負けず劣らず琴線にびしびし来てしまいました。収録作品:『鉄道員』、『ラブ・レター』、『悪魔』、『角筈にて』、『伽羅』、『うらぼんえ』、『ろくでなしのサンタ』、『オリヲン座からの招待状』。第117回直木賞受賞作。(集英社)
297 1997/10/12

クラインの壺

岡嶋二人 借りて読んだが最後、いっぺんで岡嶋ファンになってしまった。もっとも、最高傑作を最初に手にしてしまったのだから。バーチャルリアリティーなる手法で編まれたこの新手法のサスペンスは、いつまでも色褪せないことだろう。パソコン雑誌で、通信しながら小説を紡ぐとは知っていたが、実際の作品がこんなにすばらし出来映えだったとは。もう解散してしまっている二人だが、これから貪欲に読んでみたい作家だ。(新潮文庫)
298 1997/10/17 狂気の左サイドバック 一志治夫 都並の左足負傷。ドーハの悲劇の最大の要因であったとオフトは考えていたのだろうか。このメンバーでも世界は遠かったのか、まだまだ日本サッカーは端緒についたばかりだ。(新潮文庫)
299 1997/10/19 ボルネオホテル 景山民夫 閉じ込められたボルネオの洋館で恐怖の一夜を明かす、という古典的なストーリー。恐怖の演出がやや説明的きらいがあるのは、氏の宗教感からだったのか。(角川ホラー文庫)
300 1997/10/20

ドールズ   〜白い闇の少女〜

高橋克彦 NHKのラジオドラマ番組で放送されたのを鮮明に覚えているが、別役実の脚本が効いていたせいか、珍しく熱中して聞いていた。苦労人高橋克彦の文章だけあって、一文たりともおろそかにできない。(角川文庫)
301 1997/10/23 あした天気にしておくれ 岡嶋二人 競馬の馬券設定のからくりを題材に、精妙かつ大胆に描かれたサスペンス推理。岡嶋二人の持ち味を存分に堪能できる岡嶋ファン必読の書。(講談社文庫)
302 1997/10/25

教祖誕生

ビートたけし たけしは事故に遭遇しもしや神を見たのでは?俗世にまみれきった似非宗教家の淫行と酒の数々の先に神が立ち昇ってくる。門外漢だったはずの僕が教祖様になっていく過程を、今日的宗教の姿をたけしお得意の舌鋒鋭く、しかし驚くほどしっかり練り上げられた文章が迫真のドラマで現代宗教を容赦無く照射していく。(新潮文庫)
303 1997/10/25 夜に忍びこむもの 渡辺淳一 不妊の女性をひとつのモチーフとして描きつつも、やっぱりこれも不倫小説の一バリエーションかな、と思わせる。女性に理解を示す装いを施しながらも、これは渡辺、おとこの書いたものだ、視点そのものがね。(集英社文庫)
304 1997/10/29 沿線地図 山田太一 第一級の山田作品。高校生の同棲。親の思惑とは違う今を生きる決意をした若いふたり。親たちは振りまわされ、しかしそのうちに自らの凡庸な生活にはたと立ち止まり、溢れる日常への懐疑。親が思うよりしっかりと生活を築きだしているふたり。現代社会の断面を、いきいきとした描写で提示してくれる秀作。(角川文庫)
305 1997/10/31 悪魔のトリル 高橋克彦 高橋克彦ならではの異形の世界。見世物小屋の怪しげなトランクの死体。おぞましいはずのばらばら死体に、読者は怪しげな魅力の芳香を感じている自分に気づき激しく狼狽するだろう。(講談社文庫)
306 1997/11/8 とり残されて 宮部みゆき 事故に遭った私が逆に世間に疎んぜられるなんて・・・、表題作『とり残されて』の焦燥に駆られる女性教師は、恋人を失い、事故の究明さえも阻まれる。宮部の筆は余すことなく失ったものの大きさとその心理葛藤を描き出している。(文春文庫)
307 1997/11/9 あくむ 井上夢人 井上が書きたかったモチーフをあますところなく表現。あまりにも岡嶋二人のイメージが強すぎて、最初は違和感を覚えたが、読み進めるうちに、井上夢人として編み出したものだと感ぜられてくる。(集英社文庫)
308 1997/11/11 中吊り小説 吉本ばなな他著 電車の中吊り広告を模したオムニバス形式の面白短編集。お父さんの失踪を題材にしたお話が好きだ。(新潮文庫)
309 1997/11/14 岸辺のアルバム 山田太一 山田太一の金字塔的作品。曰く、戦後の総決算のつもりで上梓した、と。かくも鮮烈にきわめて映像的に日常をドラマまで昇華した小説があっただろうか。戦後的平和裡な家庭が、その実危うい胞子を孕みながら、徐々にはじけ崩壊して行く様が、山田にしかなし得ないドラマ的手法で描かれていく。とりわけ息子が母親の不倫を知りその後ろを追っていく心理的葛藤描写のさまは、そこらの大衆小説の及ぶところではない。崩壊過程はとどまるところを知らず、父が姉が想像外の世界の住人で在ることを知り、ひとり焦燥にかられる弟。ついに家族四人が空中分解をおこしたそのとき、多摩川決壊によって崩壊し尽くされた家の前で、新たな家族の再生が始まろうとする。戦後の高度成長期で膨満し、行き先を見失った日本社会・家族・個人の価値観の混迷の中で、山田渾身のペンの切っ先が世に問うてる、人間存在のありかを。(角川文庫)
310 1997/11/29 ニューロマンサー W・ギブスン サイバーパンクの至宝の原点。チバシティーに繰り広げられるサイバー空間の激しい明滅と失墜感覚。めくるめく光と立体の交錯の中に吸引され、生命体としての自分も消失していきそうだ。サイバーパンクのニューウェーブはここから進撃を開始した。(角川文庫)
311 1997/11/30 カメラ J・フィリップ・トウサーン なんの変哲も無い日常風景。ぼくと教習所の受付のおんなとの取るに足ら無い会話。なのになぜかくも映像的なのか。読み終えると、映画を観終わったような感覚に捕らわれている僕。(集英社文庫)
312 1997/12/4 愛逢い月 篠田節子 これはあたらしい黄泉の国だ、都心の高層ホテルのスイート・ルームに現出した無間の。全篇にわたり篠田の織り成す美しく無残な恐怖に震える。(集英社文庫)
313 1997/12/5 解決まではあと6人 〜5W1H殺人事件〜 岡嶋二人 ちょっと変わった嗜好のサスペンス。素人女学生探偵が、ひとつひとつパズルを解いていく。軽いジャブとスウエーが効いている。(講談社文庫)
314 1997/12/15 鉄塔のひと  その他の短編 椎名誠 またまた出ました、椎名のちょっと不思議な世界のはなし。表題作『鉄塔のひと』は鉄塔の上に小さな家をこしらえ住み着くという話。昔読んだジャングルの木の上に棲家をつくるシーンを彷彿させる、奇妙な懐かしさと憧れと共感を呼び覚ましてくれる小品だ。こういう異世界の設定と描写は大好きだ。(新潮文庫)
315 1997/12/27 神鳥 -イビス- 篠田節子 ある絵画をめぐり、時空を超えた美と恐怖を描いたもの。美術ものに造詣を示す作者ならではの手法だが、最新作に比べると、ぎこちなさが残り、かえって作家の筆の成長の軌跡がわかるようで面白い。(集英社文庫)

2000 1999 1998