菊地秀行トークライブ
ドイツもこいつも幻想怪奇

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 そしていよいよ、3ヶ月待ちに待った菊地秀行トークライブの幕開け。今回は飯野先生の都合がつかず、しばしの時間をミスターX氏に代わっていただくというハプニングが。というわけで覆面をかぶった謎のミスターX氏登場。なぜか会場からは割れんばかりの拍手で迎えられる。彼が飯野先生ではないことは、私が保証する。こうして、隠しイベント「飯野先生の誕生日を本人には内緒で祝おう」がスタートしたのであった。

 ミスターXにかわって登場しました飯野先生、もちろん、マスクを脱ぎ捨てたのは内緒だ。そこで菊地先生から誕生日の報告がもたらされ、会場はパニック・・・ではなく祝福の拍手。「愛に生きる男」(だったかな)と書かれたたすきをかけられ、遊びに来られていた(のを装っていた)善子姐さんに花束を贈呈される。ほら、礼儀でしょ、とほっぺを突き出し善子姐さんに促された飯野先生、唇を奪おうとするも避けられる。飯野先生、泣き出した・・のは嘘。

 善子姐さんにはお祝いのレイをかけられ、「日本のラヴクラフトを目指してください」の応援を託したラヴクラフト像を手渡され、飯野先生の大好きな「けろっぴ」の描かれたケーキのロウソクを吹き消し・・・吹き消し・・・あ、消えない。菊地先生も手伝ってなんとか吹き消し、乾杯! 作家仲間からは立て看板、会場からは長大な横断幕、笛や太鼓で祝福されました。菊地先生からは「俺のときより盛大だな」というお言葉をいただき、見事、「飯野先生に内緒で飯野先生のお誕生日祝いをしちゃおう」が成功したのであった。

 さて、本番。ホラー映画史Vol.2「ドイツもこいつも幻想怪奇」と題されましたドイツ表現主義怪奇幻想映画特集。まずは菊地先生による映画史講座。映画誕生からあまた作られた映画たち、1914年以前イタリアで隆盛をきわめた劇映画、1913年以降映画の都ハリウッドの誕生、そしてこの後に花開くドイツ表現主義映画。第一次大戦から第2次大戦の間、思想芸術、産業、プロパガンダと、目的は違えど数多くのこされた名作たち。これはわかりやすい講義。というわけでドイツ怪奇幻想映画、始まり始まり〜!

プラーグの大学生(1913)

 H.H.エーヴェルスの怪奇小説の映画化。プラーグ(プラハ)の学生ボールウィンは、伯爵令嬢マルギットを暴走する馬から助ける。彼女の恋するボールウィンは身分の違いを埋めるために金貸しから大金を借りる。しかし抵当に入れたものは鏡に移る自分の姿だった。しばし至福の時を過ごすが、鏡の中から抜け出した自身のドッペルゲンガーに悩まされる。やがてマルギットの婚約者から決闘を申し込まれ、彼を殺さぬ約束をしたボールウィンであったが時すでに遅し、ドッペルゲンガーによって婚約者は殺害されてしまうのであった。そしてボールドウィン自身も破滅の道を歩み、金貸しは抵当の条件、「ボールドウィンの部屋にあるすべてのもの」を手に入れるのであった。哀れなボールドウィンの墓に腰かけるドッペルゲンガーの姿を映し、幕は閉じる。

 パウル・ヴェゲナー主演による最初の映画化作品。この物語は1926年、1936年にリメイクされる。ヴェゲナーはあとで紹介する「ゴーレム」にゴーレム役で出演しているが、モンゴルの巨人のようなそちらと比較すると非常におもしろいほど美男子である。ちなみに、1926年のリメイクでは、この後紹介する「カリガリ博士」のコンラート・ファイトとウェルナー・クラウスが共演している。

カリガリ博士(1919)

 とある精神病患者収容施設、不可解な体験をした患者アランによって物語は始まる。オランダ国境に近い北ドイツの街ハレシュテンバル。この町のカーニバルやってきたカリガリ博士は、眠り男チェーザーレによる占いの興行を開く。しかしその目的は眠り男による完全犯罪であった。カリガリ博士をぞんざいに扱った市政官が殺され、チェザーレに占われたアランが殺され、博士の魔の手はアランの親友フランシスの婚約者にまで迫る。しかしフランシスの体験は彼の狂気によるのもなのか、カリガリ博士によるものなのか・・・。真相は不明のまま、しかしカリガリ博士の不可解で不敵な表情をのこして幕は閉じる。

 映像の中では圧倒的な存在感のあるカリガリ博士と眠り男チェザーレ、しかし、夢という霧の中に消え入りそうな心もとなさを感じさせられる。これは精神を病んだ患者の夢の産物なのか、カリガリ博士のもくろみなのか。また、平衡感覚を狂わせるほどに奇妙にゆがんだセットは、夢想的なストーリーをよりいっそう非現実的に見せている。

ノスフェラトゥ(1922)

 不動産屋の社長レンフィールドに、オルロック伯爵の転居の手続きを依頼されるジョナサン。彼はオルロック伯爵のもと、トランシルヴァニアにおもむく。しかしオルロック伯爵は吸血鬼であった。ブレーメンにやってきたオルロック伯爵は、レンフィールドを手先とし、ネズミを使ってペストをまん延させる。しかしジョナサンの気丈な妻ニーナによって、一番鶏の鳴き声と共に消え去ってしまう。

 原作はブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」であるが、著作権に無許可であったために名称や舞台を変更して作られた。しかし、著作権管理者でありるブラム・ストーカーの妻であるフローレンス・ストーカーによって著作権侵害で訴えられ、全てのフィルムを焼却処分するという判決が下される。しかし幸いなことに全てのフィルムが破棄されたわけではなく、現在に残る名作となった。

 オルロック=ドラキュラ伯爵役のマックス・シュレックは、もともと舞台役者である。「シュレック」はドイツ語で「恐怖」を意味するらしく、彼の名を英語風に解釈すると最大の(マックス)恐怖となる。ちなみに彼の映画出演は、日本ではこの作品ぐらいしか知られていないようだが、けっこう多数の出演作品がある。しかも、ミュージカルやコメディーなど、幅広いジャンルに出演しているようだ。

 ここで菊地先生の小説講座。これは内緒なのであしからず。ちょっと休憩の間に、プーのマノユくんと一緒に熊長トモさんにご挨拶、ハッピーバースデー!。熊七さんに絵日記のラフを見せていただくが、これはとても掲載できないと爆笑。

ゴーレム(1920)

 ラビ博士によって作られたゴーレム。しかし当面の目的は博士の手伝いであった。皇帝陛下の前でユダヤの民の過去の苦悩を見せるラビ博士。笑ってはいけないという約束に反して笑ってしまう者たち。これによって宮殿は崩れ落ちるが、ゴーレムによって助けられる。やがて自我をもったゴーレムは命令されることに反発し、博士の弟子にそそのかされて災いをもたらしてしまう。しかし、悪意なき子供によって封印され、伝説の下に消えてゆくのであった。

 モンスター映画としては、じつにユニークな作品である。ユダヤの民の救うためのゴーレムが家事をこなしたり、初めてのお使いに行くくだりはコメディー以外の何ものでもない。何よりも、パウル・ヴェゲナー扮するゴーレム、どう見てもモンゴルのお相撲さんの雰囲気である。また、ゴーレム自体のキャラクターなのであろうが、じつに嫌そうな表情で演じている。また、皇帝からの使者、ナイト・フローリアン(花の騎士!)はこのうえなくキザだし、これをたらし込むラビ博士の娘はじつに嫌な女である。それはさておき、人間の手によって創り出された怪物に自我が芽生えて封印されることを拒むが、無邪気な子供の手によって封印されてしまうあたりが見どころなのであろう。

ジークフリード(1924)

 巨竜を退治してその血を全身に浴びたジークフリードは、不死身の身体となった。しかし菩提樹の葉が一枚肩に舞い落ち、そこが唯一の弱点となる。やがて自身の伯父によってそこを槍で射貫かれ、絶命してしまう。ここまでが第1部。第2部は、彼の妻クリームヒルドによる復讐劇。もっとも、クリームヒルドの気まぐれから、ジークフリードは絶命するのであるが。

 現実を排除するために全てが屋内セットで撮影されたこの作品、映画としてはやや冗長気味ではあるが、壮大なスケールの舞台を観ているように思える。特に巨大なドラゴンの可動模型、あまり大きな動きはないが、今見ても目を見張るものがある。第1部「ジークフリード」は冒険活劇としても楽しいが、第2部「クリームヒルドの復讐」は回想シーンに第1部の映像がふんだんに使われているため、かなり退屈な仕上がりになってしまった。2部合わせると195分にもなる大長編であるが、見どころはすべて第1部に集約されている。それにしても菊地先生の所有しているこの映像、妙な活弁がついていてわかりやすいけど笑えてしまいます。

 もう一作「オーロックの手」を予定していたが、時間が押してしまったのでこれまでの作品が影響を及ぼした作品を紹介して終了となった。特にゴーレムが扉を破壊するシーン、後の「キングコング」や「大魔神」で再現されることとなるのは興味深い。といったところで今回のライブは終了。終了後のあまりの混雑に、まあいいでしょう(何が?)ということで地上に戻ることにしたのでした。そして地上に戻るとすでに世界は明るくなっておりました。今度はひどゆき一家の横断幕が出され、一通りの記念撮影ののち、帰宅なり後のイベントなりに別れていくのでありました。

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