| 1999年7月4日(日) |
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【夏はマレーシア】 夏休みまで一ヶ月を切りました。 特にどうという計画もなく、また今年も、北の大地で夏競馬でも楽しもうかなと考えていたところ、 仲の良い後輩から「ふるさとに帰るので一緒に行きましょう」という誘いを受けました。 彼のふるさとには以前から大変興味があったので、喜んでお供をさせてもらうことにしました。 失効してしまったパスポートの再申請や、航空券の確保などに動いている(動いてもらっている)今日このごろです。 夏休み明けには、マレーシア旅行記をここで紹介できることでしょう。
【久々の中華三昧】
【サンクルー大賞】 |
| 1999年7月5日(月) |
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【楽勝!エルコンドルパサー】 帰宅するやいなや、録画予約しておいた「世界の競馬」(NHK−BS7)を見て、 エルコンドルパサーの勝ちっぷりを映像で確認しました。
サンクルー大賞は、フランス競馬の春の総決算にあたるG1レース。 最近ではエリシオ、カーネギーがこのレースで勝利したあと秋に凱旋門賞を制しており、 他にもトニービン、ユーザーフレンドリー、シェリフズスター、ゴーデンフェザント、マジックナイトなどなど、 なじみのある馬が過去に多数出走しているように一線級が顔をそろえるレースです。 「世界の競馬」の合田氏の解説によると、今年は例年以上にハイレベルなメンバー構成との前評判だったそうで、 そういうレースで勝てたことの意義は誠に大きいものと言えるでしょう。 レースは、他の陣営が出したペースメーカーが引っ張って縦長の展開で進み、 エルコンドルパサーは前にタイガーヒル、 後ろにサガミックスやドリームウェルという位置どりで4番手からの競馬。 最後の直線にむいた時点ですでに追い始めている他馬を尻目に、エルコンドルパサーは持ったまま。 タイガーヒルに並びかけたあたりからようやく蛯名騎手の仕掛けが始まり、 追うごとに着差は徐々に広がって、タイガーヒルに2馬身半差をつけた地点がゴールでした。 現地の新聞でエルコンドルパサーは、True Champion EL CONDOR PASAという見出しの記事のなかで、 "one of the best older horses in the world"と絶賛され、 また追い出しをぎりぎりまで我慢した蛯名騎手の騎乗法も、最高級の誉め言葉で賞賛されていたそうです。 非公式な発表ながら、今回のパフォーマンスに対してエルコンドルパサーには、 インターナショナルクラシフィケーションで今期の古馬最高である128というレーティングが与えられる見込みだとか。 エルコンドルパサーは、凱旋門賞の有力馬としての地位を完全に確保したといえるでしょう。 今年はフランスダービーを制し、アイルランドダービーも圧勝したモンジューという傑出した4歳馬がいて、 この馬も凱旋門賞を狙っています。 凱旋門賞の開催は10月3日とまだ先なのですが、すでにオッズは発表されていて、 最新版のものではモンジューが3.25倍で1番人気、エルコンドルパサーが5倍で2番人気になっており、 それ以外の馬はすべて10倍以上のオッズになっているそうです。 現時点では、今年の凱旋門賞はモンジューとエルコンドルパサーの一騎打ちの様相となっているのです。 なんだかすごいことになってきました。 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 1999年7月6日(火) |
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【まもなく宝塚記念】 いま、競馬ブックの巻末に掲載されているPHOTO パドックで、宝塚出走有力馬の馬体を見ています。 写真の印象ではローゼンカバリーが特に素晴らしく、 うっすらとアバラの浮かんだ筋肉質の馬体に映える銭型の斑点はまばゆいばかり。 調子は絶好調と判断して良さそうです。 銭型といえば、鳴尾記念の当日の青空教室で、大坪元雄氏がスエヒロコマンダーの銭型を強調していたことを思い出します。 きついローテーションにもかかわらず、相変らず今回も鹿毛の馬体に浮かびあがる見事な銭型は健在。 でき落ちを心配する必要はなさそうです。 天皇賞時と比較して、腹回りがすっきりとしたステイゴールドも上昇必至の体つき。 今回の宝塚記念の最大の関心事は2強の初対決ですが、伏兵陣もなかなか個性的。 何やかや言ってもさすがはグランプリのメンバーだなと感心しているところです。 |
| 1999年7月7日(水) |
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【達者で暮らせよ】 シーキングザパールが現役を引退して、繁殖入りすることが発表されました。 今後は生まれ故郷のアメリカに戻って繁殖生活を送るそうです。 3年前の秋の阪神開催で、武豊騎手を鞍上にしたヒダカブライアンが、新馬戦でなかなか見事な勝ち方をしました。 当時俺は、「武豊騎手はヒダカブライアンを中心軸にして、3歳馬の騎乗プランを立てていくだろう」と勝手に思ったものですが、 その後、武豊騎手にはすでに先約がいて、 ヒダカブライアンといえどもその先約のローテーションを避けるようにして、 レースを選定すると知って驚いた記憶があります。 その先約の馬というのがシーキングザパールでした。 シーキングザパールは、喉の奇病の治療期間を除けば、3歳時から常に一線級で活躍してきました。 個人的には、ホクトベガが非業の死を遂げ、ヒシアマゾンが引退をするなど、 立て続けに存在感のある牝馬がターフを去った時期に行われた、 NHKマイルカップ(E研ブック第100号)での鮮やかな勝ちっぷりが最も強く印象に残っています。 もちろん、モーリス・ド・ギース賞での偉業達成は、 この馬の最大の勲章として日本の競馬史に刻まれていることは言うまでもありません。 シーキングザパールの産駒が走るころには、 おそらく外国産馬も日本のクラシックレースに出走できるようになっていることと思います。 産駒はぜひとも日本で走ってもらいたいものです。できればクラシックレースで・・・。 なにはともあれ達者で暮らせよ!!。 |
| 1999年7月8日(木) |
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【新設ジャパンダートダービー】 今年から4歳春のダートチャンピオンを決めるジャパンダートダービー(G1)が新設され、 本日記念すべき第1回目のレースが大井競馬場で行なわれました。 JRAのダートで4-1-0-0という堅実な成績を残し、皐月賞にも出走していたタイキヘラクレスと、 羽田盃、東京ダービーを逃げ切ったオリオンザサンクスが注目を集めていましたが、 結果速報によるとオリオンザサンクスがオペラハットをクビ差で退けて勝利したそうです。 レースの映像を見ていないので展開などはわかりませんが、 逃げ残りをはかるオリオンザサンクスと、差してきたオペラハットのゴール前の攻防といったところだったのでしょうか?。 3着には人気薄のサマーシャドーが入り、タイキヘラクレスは4着に終わりました。 JRA勢にとっては、大井の深いダートと、初めてのナイター競馬は試練だったでしょうが、 それを差し引いたとしても南関東勢の充実ぶりには感心してしまいます。
【どちらにしても達者で暮らせよ】 |
| 1999年7月10日(土) |
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【食うか寝るかの一日】 今日は食うか寝るかで一日がすぎました。 宝塚記念にあわせて博文記者がやってきたので、 以前からの希望だった井出商店のラーメンを目指してりむ号で和歌山を目指しました。 道中はほとんど寝ていたので、あっという間に和歌山に着きました。 ラーメン屋は開店前だったので、時間つぶしのつもりで和歌山マリーナシティをぶらぶらしましたが、けっこうおもろいところでした。 黒潮市場をぐるっと巡っていたら、新鮮な魚介類の数々に胃袋が大いに刺激を受けてしまい、 中トロや太刀魚を買って、紀伊水道の潮騒を感じながら味わいました。 黒潮市場の後は井出商店に向かい、ラーメンを食べたらすぐに帰途につきました。 帰りもほとんど寝ていたので、あっという間でした。 晩飯は黒潮市場で求めた天然ハマチを、刺し身と荒煮で堪能し、イクラご飯で満腹になりました。 腹がいっぱいになったら、昼間にさんざん寝たにもかかわらず、睡魔が襲ってきました。 なかなか良い一日でした。 |
| 1999年7月11日(日) |
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【宝塚記念を終えて】 見ごたえのある宝塚記念でした。 ビッグレースでも孤独に観戦する機会が多くなったこのごろですが、 今日のように大勢で楽しむのはやはり格別です。
競馬ブックの一筆啓上で、古山高麗雄氏曰く 最後に、この3日間の様々なイベントに参加してくださった皆様に感謝いたします。 秋競馬でも楽しみましょう!!!。 |
| 1999年7月12日(月) |
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【見ごたえがあったでは片づけられない】 「能力が違う。ショックで話ができない」 スペシャルウィークを管理する白井調教師のこのコメントを読んでハッとしました。 個人的には、2強がそれぞれ持ち味を出した好レースと評価した昨日の宝塚記念ですが、 勝ちを強く意識していた両陣営にとっては、「見ごたえがあった」では片づけられない、勝利への執念があったことに遅まきながら気がついたからです。
【i-modeのメールアドレス変更】 で、俺はまず間違いなくゲットできるだろうと思いながら第1希望にtkondo@docomo.ne.jpを登録し、 第2、第3希望は、保険の意味で冒険的なやつを登録しておきました。 結果は意に反して第1希望は却下され、強制的に第2希望のものに決められてしまいました。 トホホ |
| 1999年7月13日(火) |
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【マレーシア旅行への期待】 変動相場制のもとでは、各国間の通貨の力関係はその時々の情勢で変動するのは当然ではありますが、 マレーシアのいろんなホテルの宿泊費を日本円に換算していたら、 現在のマレーシアリンギットの価値は不当に安いと感じました。 マラッカにある超高級リゾートホテルの料金を調べてみたら、一人当たり4000円ちょい程度ですむのです。 試しに調べてみただけだったのですが、身分不相応ながら「まじで泊まってみるか!?」という話も出ています。 しかも俺達は、りむ記者料金なので、さらなるディスカウントの可能性もあります。 なんだか、自分が卑怯者のような気がしてくるほどの安さです・・・・。 例によっていろんな国の食事を味わいたいのは当然ですが、 それ以上に、新旧渾然としたクアラルンプールの街並み、シャー・アラムのモスク、 りむ記者の人格を育んできたバタワース&ペナンの地の訪問など、 楽しみなことがたくさん待っているマレーシアの旅です。 でもまあ、いきなり歴史や文化を語るのもウソくさいので、まずは食事のことについて記してみましょう。 最初に紹介するのはマレー料理。マレー風の串焼きであるサテー、ニュージーランドで俺を虜にしたラクサは絶対食べに行きます。 マレー料理と中華料理のミックスであるニョニャ料理も、本場のマラッカでぜひ食べてみたいものです。 当然中華料理にも興味津々で、特に肉骨茶(バクテー)は専門店、屋台をめぐって死ぬほど食べてみたいです。 辛さに慣れてきたらインド料理。屋台で食べるインド料理ってのもおつなものです。 さらに、俺のハートを揺さぶるタイ料理はマレーシアでも人気です。 屋台街にはトムヤムの屋台がかなり出ているそうなので、ホットな汗をかきながら味わってみます。 他にも、ベトナム料理を始めとする他の東南アジア料理など、胃袋が許す限りいろいろと食べまくりたいです。 様々な料理が本場の味で食べれる話を紹介しましたが、つまりは、マレーシアが多民 族の国であるということを強調したかったのです。 |
| 1999年7月14日(水) |
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【食うだけでなく見識も広げたい】 東南アジアは、日本とのつながりが濃厚なエリアの一つですが、 その地域のことについて俺は、りむ記者と知り合うようになるまではほとんど無知でした。 以前にりむ記者とした会話の再現です。
り「マレーシア連邦ができたのは1963年で、国としての歴史は浅いです」 ある大学の教授が夕刊に、「日本とアメリカが戦争したことを知らない学生がいて、 第二次大戦の話をしたら、『で、先生、どっちが勝ったんですか?』と質問されてあきれた」という内容の文章を寄せていましたが、 りむ記者からみれば、俺のマレーシアに対する無知ぶりは、件の学生と同類なのでしょうね。 食うだけでなく、見識も広げる旅行にしたいものです。しみ○ーも、わかったな!!!。 |
| 1999年7月15日(木) |
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【運命的な組み合わせ】 パスポートができあがったので、ベルさっさして旅券事務所まで取りに行ってきました。 これですべて手続き完了。あと2週間ちょいで、日本脱出だ〜!!!! 夏休みにタイに出かける面々も一緒だったので、タイ料理の辛さの度合いを確かめるべく、 帰りにタイ料理屋に出撃してきました。 お店は、以前(1998年9月1日)ここでも紹介した、藤ノ森神社そばのTakaです。 丹波橋で京阪電車に乗り換えたら、浴衣密度が高くて、祇園祭りの余韻を少しだけ味わえました。 久しぶりのタイ料理は実にうまかったですが、やっぱりカラかったです。 タイ組のメンツにとっては、良い予行演習になったようなので、 現地でも本場のカラサを思う存分満喫してきてほしいです。報告よろしく!!。 ちなみに今日のメンツは、3人とも名前に「隆」がつくという共通点がありました。 これも何かの縁ですね。そういや店の名前もTakaでした。運命的な組み合わせです。 |
| 1999年7月16日(金) |
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【真珠の島の高校生】 何となく本の整理をしていたら、「椰子が笑う 汽車は行く」という題の本が出てきました。 むか〜しに読んだことがあるなあと思いながらパラパラめくっていたら、 マレー半島を縦断する国際列車の物語が飛び込んできました。 著者がバタワースで列車をおり、乗り換え時間がわずかであったためにペナン島へは渡れずに、 海辺から島の灯を見ただけで駅に引き返したくだりを目にしたとき、 初めて読んだ当時の印象がそのまま蘇ってきました。 その地へもうすぐ行けるのかと思うと、思わずワクワクしてしまって、心はすでに夏休みモード。 たとえ会社で神妙な顔で端末に向かっていたとしても、それは偽りの姿であると白状しておきます。 その本によるとペナン島は、東洋の真珠と呼ばれているとか。 その真珠の島で高校生活を送ったのがわれらがりむ記者。 かっこい〜!!! 驚いたことにこの物語には、宝塚記念の日に書いた古山高麗雄氏も登場してきます。 競馬好きは旅行好きってことなのでしょうかね。 博文記者もこの夏休みに、全大陸制覇(除南極)の偉業を達成します。 すごい〜〜〜〜ぃ!!! |
| 1999年7月18日(日) |
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【超久々の公式戦】 競馬にうつつを抜かしていたために、すっかりご無沙汰になっていた野球部公式戦に、超久々に出場しました。 転勤による主力メンバーの流出があったものの、残りのメンバーの頑張りと、 味方への愛の野次が飛び交う絶妙のチームワークによって、 今までと同様に素晴らしいチームである光景を目の当たりにして感激しました(感激するヒマがあったら、もっと試合に来いと監督に怒られそうだが、、)。 試合も2戦2勝。特に2戦目は完封勝利のおまけつきでした。園○投手のリズムが抜群で、 それにつられて攻守に冴えが出た好ゲームでした。 ○ッ○○部ならば、俺はとても試合に出してもらえる身分ではないのですが、 共に勝利の美酒を味わえて嬉しかったです。打点も上げれたし!!。 |
| 1999年7月20日(火) |
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【すでに時代遅れ機種なのか】 りむ記者もホームページを立ちあげることを検討中だそうです。 で、チョイと様子をのぞかせてもらおうと思い、彼の部屋でPCを操作したときに愕然としました。 すごく、、、はやい・・・・ ファイルの読み込みも、スクロールも、何もかもMy Aptivaを超越していました。 まあ無理もないことです。Windows95が出た年の瀬に、Aptivaをボーナスで買って早4年半。 133MHzのPentiumは、当時としては上位スペックだったのですが、今や見る影もありません。 現状の環境(Windows95+IE4.01)でも、テキストベースの使用であれば十分な能力ですが、 今後システムを変える必要が出てきたときには、ハードのバージョンアップも検討しようと思います。 2000年問題が落ち着いているであろう、来年の夏以降が買いどきでしょうか?? 競馬中継を例にとると、昨今の地方競馬、さらには世界の競馬に対する関心の高まりは相当なものです。 今のようにテレビだけに依存していては、競馬中継に対する多様なニーズにこたえるのは無理でしょう。 インターネット経由による動画のサービスが活発になることはまず間違いありません。 これは競馬に限らず、あらゆる分野でも同様の傾向だと思われます。 次にPCを買うときは、動画機能を重視して機種の選定をしようと考えています。 |
| 1999年7月22日(木) |
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【明日で開店2周年】 関西ではついに梅雨が明けました。 昼休みに外に出ると、それだけでもわっとした熱気で、毛穴が広がって汗がにじんできます。 明日は職場の納涼祭。昨年に引き続いてドリンク係をやらせてもらいます。 働きながら飲みまくるぞ〜!!! そして、このページも明日で2周年。 更新が面倒になったらすぐにやめれば良いし、という軽い気持ちで始めましたが、 皆様から頂いた様々なリアクションが刺激になって、ここまで続けることができました。 感謝いたします。どうもです。 今後も適度に手抜きをしながら、マイペースで更新していこうと思います。 それじゃ |
| 1999年7月24日(土) |
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【前祝い成功】 納涼祭は天気も良く、なかなかの盛り上がりでした。 ドリンク係の任務については、特に大きな問題もなくできたと思いますが、 ジュース類のさばけるスピードが予想以上に速かったため、 冷やす間もなく提供してしまった感があります。氷をもっと用意するべきだったというのが今年の反省です。 今日はぐっすり昼まで眠って、近所で昼飯を食べてからまた一眠りして、 夕方から肉骨茶を作ってマレーシア旅行の前祝いをしました。
肉骨茶の"お手軽な"作り方 前祝いは成功裏に終了しました。めでたしめでたし。 |
| 1999年7月25日(日) |
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【暑さのなかで】 今日の最高気温はいったい何度だったのだろうか???
北九州記念は人気のキクノスカーレットの走りに注目しましたが、 3角辺りからスピードダウンしたように見え、結局7着と惨敗してしまいました。 この暑さのなか、馬自身は好きで走っているわけではないでしょうから、ちょっと可哀相な気がしてしまいました。 さて、今年上半期のJPNクラシフィケーションが発表されましたので、110ポイント以上の上位馬を表にして紹介します。 フランスでの活躍が評価されて、エルコンドルパサーが抜けて高い評価を受け、5ポイント差でグラスワンダー、 さらに5ポイントの差でスペシャルウィークと続いています。 ランキング上位馬の直接対決が期待できるジャパンカップが、この秋の最大の見ものであることは間違いありませんね。 各馬が順調に夏を過ごし、無事にジャパンカップに駒を進めてくれて、直接対決で力関係にケリをつけてほしいものです。 レイティングが低かったために表には載せませんでしたが、 4歳ダート編はオリオンザサンクスが108ポイントで最高評価でした。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1999年7月28日(水) |
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【うそくさいい話】 俺としては珍しいことですが、休みの前までに何とかさっぱりと仕事に区切りをつけておこうという意志が強く働いて、 朝は早出、夜は残業と勤勉意欲が旺盛です。うそくさいですね。でも本当です。 というわけで、家に帰ってまで端末に向かう気がなかなか起きなくて、今日は必死の思いで書き込んでます。 それじゃ。 |
| 1999年7月30日(金) |
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【心はすでに空を飛ぶ】 来年の秋から、ジャパンCの前日の土曜日に、ダートの国際G1レース「センチュリーカップ(仮称)」が新設されることが発表されました。 コースは東京ダート2100m。 現行のフェブラリーSは開催時期が中途半端なこと、スタート直後に芝コースを横切るという、 ダートのチャンピオンを決めるには疑問がある東京ダート1600mというコース設定であること、などについて批判がありましたし、俺もそう思っていました。 時期とコースを一新して、真のチャンピオンホースを決めるレースを設定するというアイデアには賛成です。 賞金も100万ドル相当とジャパンCに遜色ない高額なレベルに設定され、 環境さえ整えば、ダートの本場のアメリカの強豪の参加も期待できます。 などと書き出してみましたが、心はすでに空を飛んでいます。 しばらく競馬を忘れて(一冊だけ単行本はもっていきますが)、南国の夏を楽しんでこようと思います。 |