●1月 1999年2月 ●3月

1999年2月1日(月)
【フェブラリーS観戦】
昨日は、Team Bの面々でラーメン、競馬、鍋のフルコースに堪能した一日でした。各自の体調こそ万全とはいきませんでしたが、 稀にみぬ充実した時間をすごすことができ、大満足の一日でした。当日の模様は、 Good Communications!(このゆびとーまれ)にも詳しく紹介されていますので、 是非こちらもご覧くだされ。

佐野ラーメンツアー時にも、足利学校にまでわざわざ足を伸ばしたように、Team Bには知的な活動が似合います。 今回は、8Rのセントポーリア賞を観戦したあとは、フェブラリーS出走馬のパドック入場までの時間を、 博文記者の導きで競馬博物館で知的にすごしました。競馬場デビューのty嬢はもちろんですが、 俺もここを訪問するのは今回が初めて。競馬場内に、レースの喧騒を離れたこういった空間があるのは素晴らしいなあと感心しました。

ところで、Good Communications!(このゆびとーまれ)にある
驚いたのは馬の餌の展示を見て、近ちゃんが"旨そうだなー"とぽつり。
の部分、ちょっと誤解を受けそうなので、注釈を入れておきます。俺は動物の仕草・動作のなかで、餌を食むシーンが最も好きです。 だから、展示された餌をみて、ゴリゴリと良い音を響かせながら食欲旺盛に食事をするヒシアケボノの姿を即座に連想してしまい、 あの発言にいたったというわけです。決して自分で食べてみたいと思ったわけではありません。

フェブラリーSの出走各馬は、取り巻く群集に臆することなく落ち着いており、G1特有の重厚さを感じさせるパドック風景を醸し出していました。 中央のG1に初めて参戦したメイセイオペラも、何食わぬ顔で平然とパドックを周回しており、 アブクマポーロタイキシャーロックらを問題にしなかった南部杯の走りができれば、ここでも格上の存在であることは疑いの余地もなく、 馬券はメイセイオペラの単勝を中心に狙ってみました。メイセイオペラはスタートも良く、無理に競り合わずに外側の5番手につけ、 直線でオースミジェットが併せてきたところで菅原勲騎手の仕掛けに俊敏に反応し、馬群を抜け出して2馬身差でゴール。 実に懐の深い勝ち方で、完勝といってよい内容でした。

メイセイオペラの地元である盛岡県の水沢競馬場では、今は競馬が開催されていませんが、フェブラリーSの馬券を発売するために開場したところ、 開催時を超える観客が押し寄せたそうです。場内はメイセイオペラを応援するムードでいっぱいだったことでしょう。 当然的中者も多く、払い戻しが完了するまでに1時間もかかったと報道されていました。

昨年の厄除け大師では、一人だけ凶をひいてしまったty嬢ですが、今回はわずか3点で馬連37.2倍をゲットする大手柄。 しかもその3点というのが、流しでもボックスでもない組み合わせなのだがら恐れ入ります。 本質的にはギャンブラーかもという風評は、当たっているかもしれません。


1999年2月2日(火)
【月はこんなに明るいのに】
仕事を終えて駐車場に向かったら、車のフロントガラスにはびっしりと一面の霜。 今晩から明日にかけて、かなりの規模の寒波が来るという天気予報に嘘はなかったようです。

暖機運転をしながら霜が溶けるのを待っていると、ニュースステーションでジャイアント馬場氏の追悼特集をやっていました。 ジャイアント馬場に対して、俺はとくに深い思い入れはありませんが、全く兆候すら感じさせることなく逝ってしまい、 もうこの世にはいないのかと思うと、やっぱり悲しい気持ちになってきます。

CMの間にアームレストのふたを開けてみたら、昨暮れの職場の忘年会のときに入手した、ラーメン屋の割引チケットの束が出てきました。 やったぜ!!と一瞬喜びましたが、よく見ると有効期限は1月末。

「凍りついた霜」と「著名人の急逝」に「有効期限の切れた割引チケット」

ああなんて寂しい夜なんだ。月はこんなに明るいのに・・・。


1999年2月3日(水)
【町長への道】
青島都知事の突然の不出馬表明が、ちょっとしたニュースになっていますが、 職場が所在する自治体の現職町長さんも、周囲の予想に反して出馬を見あわせたと新聞記事が伝えていました。

居室脇の新聞掲示板でその記事を眺めていたら、 通りがかった雪絵記者から「近藤さん、立候補するんですか?」と声をかけられました。 突然だったので、衝動的に「うん、する」と答えてしまいました。

選挙運動では、雪絵記者が声を嗄らしてうぐいす嬢をやってくれるという約束も取りつけ、 うどんこの苦悩『町長への道』という画期的な新コーナーが誕生するかという勢いでしたが、 候補者よりもうぐいす嬢の方が、存在感が圧倒的に上という選挙運動では、町民の支持を得ることができそうもありません。 残念ながら、新コーナー誕生のアイデアは霧散しました。

【アブクマポーロ通算22勝目】
川崎記念ではアブクマポーロが順当に勝利して通算22勝目をあげました。単勝オッズは1.1倍だったそうです。 2着にはキョウトシチーが入り、アブクマポーロをかなり手こずらせる存在になるかもしれないと思っていたナリタホマレは4着に終わりました。 ダートでは、地方馬上位の勢力分布がさらに強固なものになりましたね。


1999年2月7日(日)
【京都競馬場馬主席】
今日はぼんやりと昼間を過ごし、競馬もテレビ観戦。その後でのっそりとラーメンを食べに出かけました。 東京新聞杯ではクラシックの呪縛から解かれたキングヘイローが、マイル戦で見事に勝利。 新たな路線で、今年こそ王座の地位をつかんでもらいたいものです。

さて、一日遅れの紹介になりますが、昨日は本当に素晴らしい競馬観戦をすることができました。 岡村記者櫃石記者とともに、 京都競馬場馬主席において、貴族の気分で午後のひとときを堪能することができたのです。岡村記者と○○△ー△■■ブの方々には深く深く感謝いたします。

4月から勤務地変更となる岡村記者、櫃石記者と一緒に京都競馬場で観戦する機会は、今回がラストかもしれませんが、 区切りとなるこの日にこのような場所で楽しめたことは、本当に良い思い出になりました。

さらに個人的なことを加えると、生まれて初めて競馬場に出かけた1991年11月10日(日)エリザベス女王杯の日、 生まれて初めて競馬場で馬券を買った9R桂川Sのパドックでビビッときたタイティアラに惚れ込んで、 生まれて初めて競馬場で馬券を当てた13.5倍の単勝馬券は、俺の競馬人生の原点となるものですが、 そのタイティアラの初仔のタイエンブレムが、9R春日特別に出走してきたのだから、 俺的には超エクスタシー!!!って気分でした。

岡村記者、櫃石記者ともに好調で早々にプラス収支を確定し、イマイチ噛み合わなかった俺も、最終レースで勝負をかけてやっとこさのプラス。 3人とも財布の中味を増やして馬主席を後にすることができました。俺達ってやっぱりすごいです。

競馬のあとは、雪絵記者豊村記者塩見記者高田記者が駆けつけてくれて懇親会。これからも3月末にむけて、いろいろと集まる機会を作りたいと思います。


1999年2月9日(火)
【読む競馬2】
”年月を経ることによって醸し出される良さ”には、なかなか風情があります。身近な例として交通手段を考えてみると、
ふるさとの 訛なつかし停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく
と石川啄木に歌わしめた鉄道には、相応の歴史的奥行きが感じられますが、飛行機の分野でそれに類する歌や、「停車場」に相当する味のある言葉が出現するためには、 もうしばらくの年月が必要な気がします。

年月が風情を産むという理屈からいくと、鉄道よりもはるかに歴史のある競馬に関しては、当然のことながら古今東西で良き物語が潤沢に存在するわけで、 この手の物語を読むと、俺はほぼ例外なしに心がゆすぶられてしまいます。そのなかでも、もっとも俺の琴線に触れたものの一つに、 人生相談の第一人者と彼の相談者にまつわる「夢をお返しします」というアメリカの話があります。 このページを読んでくれている人のなかの2人くらいには、熱っぽく紹介したことがあるのですが、今日あらためて読み返してみると、 女性だと思っていた相談者が実は男性だったり、馬券が的中した場合の配当が3000万円以上もあったりと、一部記憶に誤りはありましたが、 素敵な話であることに違いはありません。

ということなので、Good Communications!-My Bookshelf-に、 この話が載っている本を紹介させて欲しいのですが、 手続きが分からないのでここに書いておきます。博文記者よろしく!!

「読む競馬2」井崎脩五郎

ただ、井崎氏らしく、いくつか紹介されている「ちょっといい話」のなかで、現代日本の誇る優れた作家や批評家の面々が異口同音に「感動した」と感想を述べた物語が、 実は井崎氏のでっち上げであるという事実が、高橋源一郎氏による解説で暴露されています。この本を読む場合には、その点にくれぐれも注意してください。


1999年2月10日(水)
【三角食いの切れ味】
久々にとん政に出かけてきました。俺は都合で遅れてしまい、店に到着したときにはすでに終盤戦。 ほとんどの連中はすでに食い飽きていて、周囲には怠惰な空気が充満していました。 今回がとん政初挑戦の清○君や善○君は、競馬でいえば未勝利戦。相当苦戦していて、仕事中には見せることのない苦渋の表情をしていました。

清「キャベツ食うときだけが、ちょっとだけオアシスって感じです」
善「・・・・、苦しいっす・・・・・・」

こっちに配属されてから約1年半たつ善○君ですが、無口な彼を見たのは今日が初めてです。 そんななか、とん政G1級のひで記者だけは、余裕しゃくしゃくの箸の運びっぷり。 得意の三角食いの切れ味は、今日も冴えわたっていました。ちなみに、俺は静かにカツ丼をいただきました。おいしかったです。


1999年2月11日(木)
【南井騎手、調教師合格】
南井騎手の調教師免許合格が発表され、騎手としてのファイター南井の姿は、2月いっぱいで見納めになることが正式に確定しました。 今後の騎乗スケジュールとしては、最後の重賞が2月20日(土)に東京競馬場で行われるダイヤモンドS(インターフラッグに騎乗予定)、 最終週は土曜日に京都競馬場、日曜日に中京競馬場にて騎乗し、騎手生活にピリオドを打つそうです。

中京競馬場が最後の舞台と知ってちょっと不思議に思いましたが、南井騎手は、デビュー、初勝利、初重賞ともに中京競馬場で達成しており、 引退の場は中京でと以前から決めていたそうです。律義な南井騎手らしい選択だと思います。確か出身も愛知県でしたね。

各地で行われるファイナル南井の勇姿を生で見てみたいなあと、ちょっぴり考えはじめたりしています。


1999年2月14日(日)
【南井騎手、京都競馬場ラストラン】
外はけっこう寒そうだし、ましてや今週は単休なんだから、せっかくの京都記念だけど出かけるのはよそうかな、 と思いつつも前日に購入した競馬ブックに目を通し、1時40分の急行に乗れば9Rに間にあうぞと頭の中で計算し始めている俺。 というわけで本日も京都競馬場に出動してきました。

競馬場到着後に、何の気なしにターフビジョンに目をやってビックリ!!。 今日が南井騎手の京都競馬場でのラストランと案内されていたからです。 前回記したように、騎手最後の週の土曜日は、京都で騎乗すると思い込んでいたのですが、よく考えたらその週は阪神開催。 今日の12Rが淀での南井騎手の見納めになりました。レース終了後には、ウイナーズサークルにおいてお別れセレモニー。 時がたつにつれて、底冷えの度合いが益々増してきた京都競馬場でしたが、多くのファンでウイナーズサークルは埋めつくされました。

タマモクロスの天皇賞春や、オグリキャップのマイルチャンピオンシップは知らないけれど、 ナリタブライアンマチカネフクキタルに跨って勝利した菊花賞での手綱捌きは、豪腕南井の真骨頂として心に深く刻まれています。 南井の文字があるだけで、馬柱を明るくさせる存在感の持ち主の南井騎手。 菊花賞の馬柱で見ることができなくなるのが特に残念ですが、調教師としても明るく元気な姿を期待しています。

それにしても共同通信杯のグラスグラード、ありゃなんじゃい。かなり失望しています。


1999年2月17日(水)
【不味い、だいこん蜂蜜のど飴】
食べ物の好き嫌いのない俺ですが、今日ついに心の底からマズイと思える食材に出会いました。 その食材の名は、だいこん蜂蜜のど飴

大根おろしに蜂蜜をかけたような風味は、罰ゲームにふさわしいグロテスクさ。 これを発売しているメーカーには申し訳ないのですが、もう二度と口にしたくはありません。


1999年2月19日(金)
【悲哀】
今日は休暇を取っている人が多く、職場の雰囲気は閑散としていました。いつも一緒のメンバーが、そろって休暇中だったこともあって、 昼飯はひとり寂しくいただきました。

しゃべる相手もなく、ただ義務的な感じでみそ汁をすすっていたときに、ふと気づきました。 まもなくすると岡村記者が、 そして少し間を置いてから櫃石記者が勤務地変更のために別の事業所へ移ってしまうので、 4月からはひとり寂しい昼食が、毎日のことになってしまうのだと・・・。

特に櫃石記者とは、配属以来7年半にわたる昼飯の友であり、回数にすると1500食以上を一緒に食べたことになります。 すごい量だと感心したあとで、先のことを考えると何となくセンチな気分になってしまい、おかずも喉を通りませんでした。

自己PR
名前:tkondo
好きな食べ物:肉、魚
苦手な食べ物:だいこん蜂蜜のど飴
得意な話題:競馬関係
ひとりぼっちの昼飯ではやっぱり寂しすぎるので、4月からはどこかの集団に混ぜてください。念のために自己PRを書いておきます。よろしくお願いします。

午後の仕事に熱中しているときに、ふとしたはずみで無性にラーメンが食べたくなる欲望が沸き起こりました。とても抑えることができない重度の発作だったので、 遅番にもかかわらず、仕事が終わってからラーメンを食べに出かけました。最初は杉○君と行く約束をしていたのですが、 仕事の都合でお互いの時間があわなくなってしまったために、ひとりで行きました。 うまいラーメンだったので、出かけたかいがありましたが、ラーメンの汁までひとりですすることになってしまった俺の境遇に、人生の悲哀を感じました。


1999年2月20日(土)
【POG】
競馬の楽しみ方の一つにPOG(ペーパーオーナーゲーム)があります。 ご存じない方には、仮想馬主ゲームといえばイメージしやすいでしょうか?。 自分の気に入った馬を指名して、決められたルールの下で持ち馬の成績を競いあうゲームです。

Good Communications!では、 内国産の4歳牡馬と4歳牝馬を1頭ずつ指名して、有馬記念の1週前までのポイントでチャンピオンを決めることになっています。 差し当たっての目標は、ダービー・オークス・NHKマイルカップなどの春G1ですが、晩成タイプの馬には菊花賞や秋華賞までG1の夢がつながります。 もちろん古馬に混じって活躍する可能性だってあります。

POGの楽しみには、競馬新聞の馬柱に自分の持ち馬が乗ったときの喜び、実際に好成績を上げたときの興奮(馬券も取れてたらなお良し)、 勝利を重ねて大きなステージへと向かったときの誇らしい気持ちなど多々ありますが、最初の馬選びの作業も悩ましくかつ味わい深いものです。

主催者である博文記者は、柴田政人騎手をダービージョッキーに導いたウイニングチケットの産駒と、 現役時に無償の愛を注いだホワイトストーンの遺児を選び、 りむ記者は、大好きな女の子の名前の入った馬を選択するといった具合にロマン重視ですが、 俺は夢を捨てて実を取る作戦をとり、新馬戦を勝ち上がれる可能性の高そうな馬をじっくりと検討して、下の2頭に決めました。

牡:コンタクト(父ジェイドロバリー)
牝:アグネスアテーナー(父サンデーサイレンス)

先週の土曜日にはコンタクトが、そして今日はアグネスアテーナーが見事に新馬戦を勝ち上がり、今後に大きく夢が広がりました。 コンタクトにはNHKマイルカップ、アグネスアテーナーにはオークスを目指してがんばってほしいです。


1999年2月23日(火)
【天文ネタ】
久々に天文ネタです。宵の明星として知られる金星と木星が、今夜大接近を果たしました。 イマイチの天気予報にもかかわらず、マイナス3.9等星の金星と、マイナス2.1等星の木星が、市営プールの屋根をかすめる位置に、 約2センチの間隔でくっきりと並んで輝いているのが見えました。流星ほど派手ではないけど、まあまあ話題性のある天体ショーでした。

上の文でこっそりと、今日プールに出かけたってことを臭わせましたが、今週のプールには、泳ぐこと以外に別の目的もあります。 金曜日に、都築記者からうまい焼き肉屋を紹介してもらえることになっているので、 それに備えて腹を空かせておこうというものです。今月は”肉の日(29日)”のない2月ですが、月末にこんなにわくわくする肉曜日があるので、 とても幸せな気分です。

PS1
金星と木星の間隔が2センチだったなどといい加減なことを書きましたが、 正しくは2分角というそうです。立体角のことなのか??。良く意味が分からないので、知ってる人は教えて。

PS2
次の天体イベントとしては、3月14日に20年ぶりに
水金地火木土天冥海
水金地火木土天海冥
に戻るそうです。まあ肉眼で分かるわけではないから、特にわくわくするもんでもないですがね。


1999年2月25日(木)
【送別会】
昨晩は馬仲間で集合して、岡村記者櫃石記者の送別会を行ないました。 俺の記憶では、馬仲間での集まりは約2年ぶり。みんな顔なじみの面々ですが、このメンバーでの飲み会という場の雰囲気に、少し懐かしさを感じました。 今後は特別な理由がなくても、折に触れて馬仲間の飲み会をしたいなという気持ちです。

季節がら仕事の節目を迎えるケースが多い今日このごろですが、俺も3月からは仕事の内容が変わって通常勤務に戻ります。 ま、気分を一新して取り組んでいきたいと思います(が、すぐにだらけそう・・・)

【タイキシャトル、仏最優秀古馬】
タイキシャトルが、フランスの年度代表馬表彰(エルメス賞)で、最優秀古馬のタイトルを獲得したと新聞で伝えられました。 選出方法は日本と同じで記者投票によるポイント制。フランスで走った馬であれば、国籍は関係なく受賞の対象になるようです。 タイキシャトルのフランスでのキャリアは、ジャック・ル・マロワ賞の1戦のみですが、 その勝ちっぷりが高く評価されて、第2位の馬に大差をつけての堂々たる受賞でした。 タイキシャトルのすごさを再認識させられたニュースですが、それと同時に日本の馬を選出したフランス人の懐の深さも感じさせられました。


1999年2月28日(日)
【南井騎手、騎手生活に有終の美】
南井騎手が有終の美で騎手生活に幕を閉じました。最後のパートナーとなったリキアイワカタカは、芝実績が全くない上にトップハンデ。 俺としては厳しいなあと思いましたが、ファンは1番人気で支持をして、それに南井騎手もきっちりとこたえたのだから、ファンも南井騎手もさすがです。 今後1年間は厩舎開業のための準備期間になり、調教師として管理馬をレースに出走させるのは来年の3月以降になる予定。 ナリタブライアンタマモクロスの子供達で、活躍馬を出してもらいたいと期待しています。 来年はナリタブライアンの遺児達のデビューの年でもあることだし・・

【松坂牛は日本の宝】
さて、チョイと前の話になりますが、金曜日に都築記者達と食べた焼き肉のうまさは、 筆舌に尽くし難いほど素晴らしかったです。だからとてもそのうまさを表現することはできません。松坂牛は日本の宝だと唸ってしまいました。 ひで記者が、ごはんをどんぶり大で2杯、中で1杯食べましたが、今回だけは茶化すのをやめておきます。それくらいうまかったのです。


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