●7月 1998年8月 ●9月

1998年8月1日(土)
【2000カウント】
昨日午後の美智記者による訪問が、2000回目のメモリアルカウントになりました。
shineこれからもよろしく!!!&ばんざーい!!!

【マレーシア経由ヨーロッパの旅】
さて、博文記者りむ記者が、本日ヨーロッパの旅に出かけました。 彼らは途中、りむ記者の故郷のマレーシアに立ち寄って、イギリス・フランス・イタリアなどを巡ってくるそうです。 うらやましい・・・。俺も早く夏休みにならないかなあ・・・。

旅慣れている彼らにしても、2週間分の生活を詰め込んだ荷物は結構な分量。 新田辺駅まで、見送りがてらに車で送ってあげようかと考えていましたが、 だんだん話がでかくなって、結局関空まで運転してきました。 俺はTシャツ(指摘されるまで前後を逆に着ていた)に単パンという寝て起きたままの服飾に、健康サンダルという超軽装。 北ウイングにはちょいと似つかわしくなかったかもしれません。 何はともあれ、おもろい土産話のネタを一杯仕入れてきてもらいたいものです。


1998年8月3日(月)
【ブライアンシチー2勝目】
われわれ馬仲間が共同で持っているブライアンシチーが、日曜12Rの500万下条件で2勝目をあげました。
shineばんざーい、ばんざーい!!!

未勝利戦と500万下戦では、出走馬のレベルには格段の差があり、 未勝利戦を力強く勝ち上がっても、昇級緒戦で大敗するシーンは良く目にするところです。 未勝利戦と500万下戦の1着賞金は、それぞれ510万円と750万円ですが、 2勝目の重みは、賞金の差をはるかに上回るものであるといって過言ではありません。

おっ、、重いぜ・・・

今後は特別レースでの戦いになります。ハンデ戦ならもう1勝なんとかならないかなあ、と期待しています。


1998年8月4日(火)
【ヨーロッパ旅日記】
博文記者りむ記者から、 近況を伝える電子メールが届きました。写真も添付されており、なかなか面白く読ませてもらいました。 恐るべし、モバイルパワー・・・ 会社は今夏休み中なので、リアルタイムでこれを読むことができる人は限られていますが、 連中からの報告が届きしだい、ここで紹介しておきます。 それにしても今日は暑かったなあ〜。
博文&りむ記者のヨーロッパの旅日記(その1)
旅行がいよいよスタートしました。 空港の奇麗なねーちゃんがとろくて手続きが遅れたおかげで、 ビジネスクラスの席にもぐりこむことが出来て快適快適!^^! ペナンについたらLIMのとーちゃんと弟が迎えにきてくれていました。 LIMの免許を前の家に取りに行ってから新居に行きました。 免許の写真は18歳のころのLIMの若い顔でむっちゃかわいい。 きっと見ればみんな喜ぶでしょう!^^! 家に着くとお母さんと妹さん、弟嫁さんが出迎えてくれました。 早速、果物の王様”ドリアン”を頂きました。匂いはちょっときついけど 旨い、旨い!! 夕飯はお母さんお手製のスチンボード(鍋料理)※1でした。こりゃまた旨い。 うらやましいだろー近ちゃん! 今日、2日目はLIMの従兄弟の結婚式。会場にちょっとだけ顔を出しました。 みんなの興味はちょっとLIMに向けられていて、 LIMに彼女はいるのかと聞くので、いっぱいいますと答えておいた。 あとはホテルのプールで優雅に泳ぎました。 他にも色々書くことはあるけど今日はこれくらいにしときます。!^^!

※1俺もりむママの手料理が食いたい!!!
博文&りむ記者のヨーロッパの旅日記(その2)
2日間という短いペナン訪問。LIMファミリーには本当に良くしてもらいました。 旅行3日目の朝。ペナンの空港にはお父さんとお母さんが見送りにきてくれてついにお別れです。 LIMとの別れに両親ともしんみりとされていました。 自分もまた来てくれと言われてちょっとウルルンでした。 さーロンドンへ向けて12時間の長旅です。 驚いたことに最近の飛行機は各座席にTVが付いていて各々がビデオなどの番組を選んで見ることができるんです。 おかげで映画を3本ほど見てあっという間にヒースローヘ着きました。 ロンドンは気温17℃でちょっと肌寒く、曇っていました。 とりあえず地下鉄でホテルへ。 当初はSOHOの方へ食事に行こうと思ったのですが、 疲れていたので近くのインド料理の店で食べました。 LIMがとなりでぐーぐー寝ています。 自分もお眠なのでそろそろ寝ます。 明日はLONDON市内をぐるぐるまわろうと。。。
PS.皇帝にご報告。昨日の晩は屋台でLAKSA※1とか地元料理※2をいろいろ食べた あと、結婚式のお祝いの席でLIMファミリー(親戚全部)とご一緒させていただき、 中華料理をご馳走になりました。食って飲んでばっかりです。 LIMのフィアンセの愛ちゃんと会いました。むっちゃかわいかったです。

※1昨夏のニュージーランドで俺はカレーラクサの虜になった。日本で食える店ないかなあ・・
※2もしも肉骨茶を食べていたら、俺はショックだ!!!

1998年8月6日(木)
【閑散とした職場】
閑散とした職場での勤務にもかなり慣れてきましたが、永久にこの雰囲気で働けと言われたら、精神的にもたないでしょうね。 この期間、所属のグループからは8名が出勤していますが、心の奥底でみな同じような気持ちがあったようです。 「みんなで飲みにいきませんか」という誘いに、全員OKの返事で意見が一致しました。 静かな職場に物足りなさを感じていたのは、俺だけではなかったようです。

「今日の飲み会の会場は西大寺に決まりました!!」という告知を全館放送で行いましたが、 こういう事が堂々とできるのも、休暇中の勤務ならではです。

結構たくさん食べて、たくさん飲みました。蚤の胃袋の俺としてはかなりしんどいです。 「明日は出勤時刻を少し遅らせましょう」と提案したら、あっさりとみんなの賛同を得ました。 今晩も蒸し暑いけれど、今日はぐっすりと眠れそうです。


1998年8月9日(日)
【シーキングザパール快挙】
フランスに遠征してG1のモーリス・ド・ギース賞に挑戦したシーキングザパールが、 見事に逃げ切り勝ちを果たしたという素晴らしいニュースが飛び込んできました!!!。 shineブラボー!!!

逃げ切ったという断片情報しかなく、レースの映像を早く見てみたいという気持ちで一杯です。 ホームページから仕入れた情報によると、2着以下は順位が入れ替る激しいレースだったようですが、 シーキングザパールは悠々と1馬身以上の差をつけて逃げ切ったそうです。 シンボリルドルフサクラローレルですら果たすことのできなかった 日本調教馬による海外G1制覇を初めてやってのけたシーキングザパール。 見事という以外に言葉がありません。

シーキングザパールは、4歳の春に転厩して森調教師のもとにやってきましたが、 転厩がなければ今日の栄誉はなかったことでしょう。 輸送のリスクが多く、賞金も安く、強敵揃いの海外遠征に目を向ける調教師はまだまだ少数派であるのが実状です。 そんな中で森調教師は、スキーキャプテンでケンタッキーダービーを狙い、 フジヤマケンザンで香港のG2を勝つといった具合に、海外での実績は200人以上いる調教師の中でも最上級。 シーキングザパールを、能力の発揮できる状態で出走させることができた手腕は、 そういった過去の蓄積によって培われたものといって間違いないでしょう。

来週のタイキシャトルにも、この勢いが伝わることを祈っています。


1998年8月10日(月)
【快挙の余韻】
シーキングパールの勝ち時計は、何とレコードタイムだったそうです。 本当に2度びっくりです。

初めてシーキングザパールの海外遠征のプランを聞いたとき、勝ち負けに絡むのはちょっと無理なのではないかと実は思っていて、 むしろ興味の中心は来週のジャック・ル・マロワ賞のタイキシャトルの方に傾いていました。
本当にすまんです、、、。

シーキングザパールは、昨秋の秋華賞を目前にした時期に、喉の切開手術を受けました。 血統的に早熟の気があることと、術後の大きなブランクもあって、すでに盛りは過ぎてしまったと勝手に思っていました。
本当に本当にすまんです、、、。

シーキングザパールの能力は誰しもが認めるところですが、必ずしも日本のトップホースといった存在ではありません。 それだけに、シーキングザパールの今回の勝利は歴史的な快挙であると同時に、 他の日本調教馬でもやれるかも、という希望を与えたという側面もあると思います。 これを契機に、さらに海外遠征にチャレンジする馬が増えることを期待しています。 と同時に、外国の一流馬を日本で見る機会がもっと増えるといいなと思います。

最後に鞍上の武豊騎手について一言。今年は日本ダービー初制覇に加えて、 かねてから念願だった日本馬での海外G1の勝利の夢もかないました。 充実した成果を次々に達成するあたり、本当に彼は天才だ。


1998年8月12日(水)
【夏休みの過ごしかた】
今夏休み中の人たちにとっては、この1週間が永遠に続いて欲しい気持ちで一杯でしょうが、 俺はいち早くこの1週間が過ぎ去ってくれるのを願っています。

で、夏休みになったら北海道にわたって、岩見沢のばんえい競馬に初チャレンジしてみようと考えていたのですが、 実家の方から、家族旅行をしようという企画が寄せられました。 九十九里の宿にすでに目星をつけているというからかなり具体的です。 みんなの予定を擦りあわせた結果、8月24〜25日が都合が良いので、その日程にしたいとのこと。 8月24〜25日と言えば、俺の休みの真ん中頃で、 その時期に実家に集合するというのは俺としては大変にやりにくいことなのですが、 拒否できないところまで案を煮詰められてしまいました。

「夏休みは北海道に行こうと思っているんだけど・・」
「え、また行くの、北海道のどこに行く予定?」
「さまざまな競馬を味わいに・・・」
「・・・」

これ以上我を通すと、何となく妹からの攻撃がおっかない雰囲気なので、 今回は素直に家族旅行を楽しもうかなと考えています。 で、早速レンタカーのホームページでワンボックスの料金を調べました。

家族旅行の前に、速攻で1週間くらい北海道に行ってこようかと、今のところは考えています。


1998年8月14日(金)
【俺にも夏休みがやってくる】
いよいよ俺にも夏休みがやってきます!!!。 最終日の仕事を打ち上げたあとで、片○と善○君とで飲みにいきました。 彼らも変則勤務組なのですが、俺とはパターンは違っていて、 先週と再来週が休暇で、今週と来週は仕事だそうです。

片○と飲むのは相当久しぶりで、その分大いに話がはずんで面白かったです。 彼は先週北海道旅行をしており、牧場巡りをしてマヤノトップガンを見たと言っていました。 再来週の休暇時には、韓国に行って焼き肉を食いまくってくるそうで、 ”旅行に備えて来週は肉&キムチ断ちをする”と気合いを込めて宣言していました。 梨大そばの店で飲んで、梨大生と友達になりたいというひそやかな目的もあるそうです。

「石焼きビビンバなら全州屋だぞ」などと説明しているうちに、俺も一緒に行きたくなりましたが、 残念ながら家族旅行と重なってしまって無理でした。 あと、その時は気がつかなかったのですが、良く考えてみたら、今パスポートが切れているのでどっちにしても無理なのでした。残念。


●7月 1998年8月 ●9月