●6月 1998年7月 ●8月

1998年7月1日(水)
【ユーレイルパス】
グループの上司と先輩が、明日から2週間ほどヨーロッパへ出張です。 詳しい行程は知りませんが、ドイツ、オーストリア、スイスには確実に行くはずです。 仕事とはいっても、とっても羨ましいですねえ〜。

現地での移動手段はもっぱら鉄道のようで、ユーレイルパスは入手済みだそうです。 一昨日、トーマスクックの時刻表の入手方法を聞かれたので、「俺が買ってきましょう」と積極的に進み出て、昨日難波で購入してきました。 今日手渡した際に、聞かれてもいないのにトーマスクックの使い方を解説するなど、 何だか留守番部隊である俺の方がわくわくしてしまって、ちょっと変です。

旅行といえば、もうすぐ夏休み。どうやら俺の場合は、会社のカレンダーよりも少し遅くなりそうです。


1998年7月2日(木)
【寺山修司と大橋巨泉】
寺山修司の競馬に関する著作を読む機会が多い今日この頃です。 寺山修司が早稲田大学に入学したとき、同大学の4年生だった大橋巨泉はすでにジャズ評論家として名が売れており、 学内ではボス的存在であったそうです。 その巨泉氏をして、こいつにはかなわないと思わしめ、さらにはファンになったほど、 寺山修司は光っていたと巨泉氏の著書にあります。

大橋巨泉の論理的な評論に対して、寺山修司のロマンを感じさせる文体は対照的です。 寺山修司の競馬への郷愁の山野浩一氏の解説が印象的なので、一部紹介します。

・・・馬は生まれて僅か二年で競争馬に成長する。 今競馬に出ている牝馬が引退すると、一年後には仔馬を出産し、その仔馬が三年後に競馬場にデビューしてくるというわけである。 そこには確かに濃縮された”人生”をとらえることができるはずだ。 競馬ファンとなって、四、五年経つと、新しい三歳馬の父馬や母馬の名に想い出の馬を見出すことができるようになる。 こうしたことに初めて接したファンには驚きをともなった当惑がつきまとうことだろう。
”競馬というのは長編小説だな”
寺山修司はいう。一つのレースはドラマの一場面でしかなく、一頭の馬の生涯のレースすら一章の終りでしかない。・・・

寺山修司は鬼籍に入り、大橋巨泉は競馬評論の筆を折ってしまったため、 両氏の競馬に対する新作を読むことはできないのがとても残念です。


1998年7月5日(日)
【良血馬が大挙出走】
今日は、西で東で、そして北で、良血馬が大挙出走した一日でした。

俺が気づいただけでも、ワコーチカコの妹、ライデンリーダーの妹、 キョウワホウセキの息子、イソノルーブルの息子、エリザベスローズの娘、 オグリキャップの甥、トウカイテイオーの全妹、ナリタブライアンの全弟といった具合です。

現状ではその良血ぶりを発揮しきれない馬もいましたが、上記の馬から4頭の勝ち馬が誕生し、 俺はそのうちの2頭の馬券をゲットすることができました。 ラジオたんぱ賞では、実はビワタケヒデはちょっと足りないのではと思っていたのですが、 それまでのレースの、血統馬活躍の流れに押し切られるようにして、ボックス馬券の末席に彼を加えることにしました。 今日の彼の勝利により、菊花賞に向けての4歳牡馬戦線に新たなるドラマ性の要素が加わり、 さらに興味が深まったことは言うまでもありません。

話は急に変わりますが、今晩のテレビではやたらと食べ物の話題が目につきます。 今週はうまいものをいっぱい食べて、夏バテにならないようにしたいものです。


1998年7月8日(水)
【無いものねだり】
ワールドカップではブラジルが決勝進出を決め、残る試合はあと3試合。大会もいよいよ佳境に入りました。 といった具合で、一見サッカー一色の御時勢のような今日このごろですが、 テニスやゴルフでもビッグイベントが開催されており、話題も豊富だったようです。

特に、全米女子オープンゴルフの、韓国の朴セリ選手の優勝は、本来ならもっと大きく扱われるべきニュースかと思われます。 女子ゴルフでは、競馬でいうとG1に相当するような大きな大会(メジャー)が4つあるそうですが、 若干20歳で、今年からメジャー挑戦を始めたばかりの新人選手の朴選手が、 全米女子プロに続いてメジャー2連勝の偉業を達成。 新人選手のメジャー連覇は初めてで、しかもアジアの選手という点でより大きな注目を集めているそうです。 日本よりも辛い国内状況の韓国にあって、朴選手などの海外で大活躍しているスポーツ選手は、 みんなの勇気の源になっていると伝えられています。

俺に、バティストゥータのキック力と、カールルイスのスピードと、 マイケルジョーダンのカリスマ性と、マイクタイソンの腕っぷしと、ついでにディカプリオのルックスが備わっていたら、 もっと日本のみんなを幸せな気持ちにしてあげられるのに、、、 と思うと残念でなりません。


1998年7月12日(日)
【宝塚記念回顧】
金曜日から博文記者がこちらに滞在していました。 数日間の出張と、連日の飲み会で多少お疲れモードに入っていたようですが、 今日は宝塚記念の観戦に出かけて、それにダメを押してきました。 博文記者と一緒にG1を観戦したのは、桜花賞、皐月賞、ダービーに続いて今年4回目。好きですなあ、おたがいに・・・。

宝塚記念を制したサイレンススズカには、ずいぶんと成長を感じました。 最後のひと踏ん張りがきくようになったという地力の強化に加えて、実力を安定して発揮できるようになった点が、成長の中味といえるでしょう。 サイレンススズカの今日の上りは36.3。 小倉大賞典の36.4、金鯱賞の36.3と同等のタイムであり、良馬場ならば確実にこの上りで走れるようになりました。 鞍上が変更されるなどの不安点もありましたが、それに臆することなく、彼はいつもの通りの走りで堂々と勝利したのです。

一方、メジロブライトシルクジャスティスなどの追い込み馬は、 自分で競馬を作ることができない彼らの弱みを露呈する結果に終わりました。スローな流れで上りだけの競馬に慣れてしまった彼らは、 サイレンススズカの作った速い流れの競馬に、戸惑いを感じながら走っていたのではないでしょうか。

恐らく今日が関西エリアでの最後のレースになると思われるエアグルーヴは、わずかに差し届かず3着。 中間のアクシデントもあって、少し心配しましたが、期待にこたえる走りでがんばってくれたと思います。 願わくば、鳴尾記念との間が中3週であったなら、もう少しゆとりを持って今日に望めたのではないかと思うのですが、 いかがでしょうか。


1998年7月13日(月)
【ノースフライト物語第二章】
週刊競馬ブックをパラパラとめくっていたら、一口馬主募集の広告の中に、ノースフライトの仔を見つけました。 博文記者が俺を競馬の世界に導いてくれた恩人なら、 ノースフライトは競馬の世界から二度と抜けられない体にしてくれた恩馬、といったところでしょうか。 ノースフライトの思い出はいろいろありますが、 4歳秋のエリ女のときは、登録馬を散りばめた応援作文までこしらえて必勝祈願したほどなので、一番熱心だったかもしれません。 E研ブックのバインダーに同時の作文が残っているので、紹介しておきます。

スターバレリーナを目指した、とってもアルファキュートな女の子がいます。 その子の名前はメジロリリー。岩手出身のリリーは、ミスわんこそばに選ばれたほどに美しく、色白なため、 ちまたではユキノビジンと呼ばれるほどの美貌の持ち主です。

踊りがとっても大好きなリリー。今日もライブハウスノーブルメロディーな曲にあわせてベストダンシング。 そんなとき、リリーはとってもスガノセカイイチな気分にひたれます。 軽やかな曲のときにはケイウーマン。威厳のある曲のときにはスエヒロジョウオーと自由自在のステップワーク。

踊り疲れてお腹がすいたリリーはスーパータマモへ晩御飯の買い出しに向かいます。 今日は遅くまで踊っていたので、もう閉店間近。デンコウセッカの勢いで店へと急ぎました。 いもが大好きなリリーの今晩のメニューはサツマノンリー。 サラダも食べなきゃとタカノプリマハムも忘れずに買い込みました。

そういえば、もうそろそろエリザベス女王杯だわ。空を見上げながらリリーはつぶやきます。 今年はどの馬が勝つのかしら?。なぁ〜んちゃって、勝つ馬はもう決まっています。 それは近藤馬吉おすすめのノースフライト。 でも念のために、一等星ベガホクトベガに向かってお祈りします。

11月14日はメイショウサンサンと良い天気で、ノースフライトがすかっと勝てますように!。 お祈りしながらリリーは、幸せで思わずライラックスマイルがこぼれてしまいました。

ノースフライトが惜しまれながらターフを去り、ノースフライト物語の第一章の幕を閉じてから4年弱。 産駒のデビューを控えた今、ようやく物語の第二章が幕を開けようとしています。 彼女の物語が永遠に続いていくことを祈ります。


1998年7月19日(日)
【122対0】
高校野球の青森県予選で、122対0という大差の試合がありました。 東奥義塾は初回に39点をゲットした後も攻撃の手を緩めず、 コールドが成立する7回までに、毎回10点以上の得点を重ね続けた結果、このスコアが達成されました。

東奥義塾はスポーツが盛んな高校で、過去に4度の夏の甲子園出場を果たした強豪。 一方の深浦は、元々野球部員が足りず、今年の5月に卓球部や柔道部からメンバーかき集めた即席チーム。 両校の実力差は歴然としていました。

新聞でこの試合の記事を目にしたとき、まず大差のスコアに驚きましたが、 記事を読んでいくうちに、両チームの純粋なアマチュアリズムに大いに感銘を受けました。 勝った東奥義塾にしてみれば、初回の39点でもう十分すぎるほどの貯金があるわけですが、その後も手抜きをせずに戦い続け、 負けた深浦にしてみても、監督の「放棄試合にしようか」という提案に対し、 「みんなが応援してくれているから最後まで頑張る」という主将の返事も印象に残ります。

▼スコア
チーム1234567
東奥義塾39101117161217122
深浦00000000


1998年7月20日(月)
【諸先輩方の活躍】
ニュース番組は、自民党の総裁選の話題で持ち切りです。 普段なら関心は薄いのですが、今回は結構まめにチェックしています。 候補者の一人の小泉純一郎氏は、破天荒ともいえる行動発言が注目を集め、国民的な人気度では圧倒的です。 一方、野党に目を転じれば、民主党の菅直人氏も、今がまさに旬といった勢いで大活躍されています。 注目の高い両氏とも、実は俺の先輩にあたるので(小泉氏は高校、菅氏は大学)、 ともに頑張ってもらいたいと思う今日このごろです。

【北村卓士騎手落馬】
昨日の新潟競馬5Rの障害戦で、北村卓士騎手が落馬負傷して意識不明の重体になるという大きな事故がありました。 北村騎手は福永祐一騎手の叔父、すなわち福永洋一騎手の義弟にあたり、 福永家にとっては大変つらいできごとです。報道では予断を許さない状況だそうですが、回復を心から祈ります。


1998年7月21日(火)
【開設1周年】
このページは、7月23日で開設1周年を迎えます(過去の番外編の1997年7月参照)。
shineいえ〜い!!!

実際には、htmlファイルの作成の仕方とか、プロバイダへのファイルの転送などの試験期間が2日間ほどあったと記憶しているので、 実質的な誕生日は今日あたりのような気がします。あらためて、
shineおめでとー!!!

これを機にタイトルを「工事中」から脱皮しようと考えていますが、良いタイトルが思いつかないので、現在アイデアを募集中です。 採用者、およびいろいろと考えてくださった方々にはお礼をさせていただきます。 ということで、○○記者頑張れー!!!


1998年7月22日(水)
【出発の数々】
タイキシャトルが、本日フランスに向けて出発しました。 現地では2走する予定とのことですが、まずはケガなく、できれば大きな成果をあげて帰ってきてほしいものです。 また同じく本日、中田選手もセリエAに参戦すべくイタリアに飛びました。 指令塔としての技術に磨きをかけて、本場でも注目される選手になってくれると嬉しいですね。 日本のエース級の相次ぐ渡航に時をあわせて、りむ記者もマレーシア出張中です。 e-mailにて肉骨茶を食べたという報告が届きました。 羨ましい限りです。

1998年7月25日(土)
【納涼祭】
会社の納涼祭で、ドリンク係を担当しました。 最近1年間で、一番働いたといって過言でないくらい仕事に没頭しました。
shineああ、労働って素晴らしい!!!

【タイトル候補一覧】
このページのタイトルのアイデアを募集したところ、多くの方からいろいろなご意見を寄せていただきました。 本当にありがとうございました。全てのアイデアを以下で紹介させていただきます。 個人的に気に入っているものを赤色で表示しています。 近日中にタイトルを決定し、表紙のページに登場させる予定です。

The Food and I(コメント:タイ料理屋のThe King and Iが元ネタ)
The Horse and I
1ハロン棒に集合せよ!
あしたはあしたの風が吹く
うどんこの苦悩(コメント:日々苦しみながら生きている俺のさまを的確に表現)
馬と馬券と素うどん
エコ研馬喰楼
エコ研馬喰寮
おさるのページ
苦悩する長男うどんこ
競馬とグルメのワンダーランド”あ・う・ん”
今日も晴天なり(コメント:究極の晴男である俺らしいタイトル)
ゲートは開いた!いちかばちか!!
皇帝の今日も晴天
皇帝の春夏秋冬(コメント:皇帝の春夏冬ページってやつでも良いかも)
皇帝の夢日記
皇帝はケバイのがお好き!
小倉競馬とうどんの歴史
実は私おにぎりにめがないんです
週末は競馬場で会いましょう
人生を楽しくすごすための1.2.3
たかはるの勝ち馬を探せ!!
たかはるの食ってすぐねる!
たかはるの食と馬のハッピーライフ365日
たかはるの”ファイナルハロン98”
たかはるの”毎日が馬曜日”
長男の苦悩と馬への愛情
出来の悪い弟をひきつれて365日
とまっぷり(コメント:これだけでは意味が通じないと思われるが、作成の過程が面白かった)
トムヤムクンに魅せられて
飲む打つ食う
飲む打つ喰う(コメント:三位一体)
春夏秋冬いつでも(どこでも)空腹
まるごとたかはる(コメント:とても恥ずかしくて実際には使えないが、アイデアとしてはGood!!)
みーんな馬好き!!
めしはる(コメント:当初はケナしていたが、だんだん愛着がわいてきた)
読む打つ食う


1998年7月26日(日)
【自己最多記録】
昨日のことになりますが、武豊騎手が史上最速のペースで今年の100勝目を達成しました。 イチロー選手も4割近い高い打率をキープしており、年間最多安打数を超えるペースです。

俺も何か自己最多記録を達成してみたくなりました。 寿司大食い記録、焼き肉大食い記録などがやりがいがありますが、残念ながら過去の記録が残っていません。 季節がら
unagi
↑こんなものをたらふく食べてみたい気分で一杯です。 ちなみに過去の最高記録は1杯です。


1998年7月27日(月)
【天五屋】
りむ記者は、昨日の写真を、俺が実際に食べた鰻丼のものと勘違いしたそうです。 あの写真は、俺のうなぎを食べたいという欲望に臨場感を与えるために、 どこかのうなぎ屋さんのホームページからパチってきた写真をそのまま載せたものなのでした。

それほどまでに食べたいうなぎでしたが、今週は遅番なので、どこかの店に出向いていくのは無理だと諦めていました。 そこで、せめてものなぐさめにといった感じで、晩ご飯にホカ弁の「うなぎ弁当」を選んで食してみましたが、 その程度の刺激ではうな病を抑えることは、やはり無理でした。

7時をまわって「うなぎ弁当」がかなり消化された頃合いに、思い余ってひで記者に相談した結果、 「夜中に天満の天五屋に行こうぜ!!」という風に話がまとまり、 結局仕事を終えて帰宅した午後10時すぎに、大阪に向かって出発しました。

ひで記者がいろいろと声をかけてくれたようで、 豊村記者、りむ記者、唐○君、清○君、宮○君も加わった総勢7名で天五屋に向かいました。 天五屋は相変らず繁盛していました。俺は2杯食べ、十分に腹を満たすことができ、とても満足しました。 うな病もおさまったし、めでたしめでたし!!!。

【タイトル内定】
さて、いろいろとアドバイスを受けながら検討した結果、このページのタイトルを内定しました。 最優秀賞受賞者の発表は、ご本人へのe-mailの発送をもってかえさせていただきます。 アイデアを寄せていただいたみなさん、本当にどうもありがとう!!!。


1998年7月29日(水)
【さびしい土用の丑の日】
今日は土用の丑の日であることはもちろんですが、29日の肉の日でもありました。 それにもかかわらず今日の俺の晩飯は、410円のシャケ弁当。 何というつまらない人生なんだ・・・自己嫌悪に陥ってしまいます・・・・。

まあ、一昨日のように天五屋に出向いて、今度は3杯でも食べとけば、自己嫌悪から自己満足へレベルアップするとこなのでしょうが、 帰宅時は、どしゃ降りの大雨+怒涛の稲光状態で、道路は冠水、ラジオはノイズだらけの極悪非道の気象条件。 まあしんどいので、おとなしくテレビ見ながらビールをくぃっとやっときました。


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