●7月 2004年8月 ●9月

2004年8月7日(土)
【後味の悪いディーラー対応】
自分の車がリコール対象となったために、1年点検をかねてディーラーに車を運びました。 引越しによって窓口ディーラーを変更したので、初めての店舗です。

事前に作業は一日がかりだと伝えられていたので、開店間際に車を持っていきましたが、 作業内容を確認して驚きました。同じホンダクリオであっても法人が異なるために、 前のディーラーで受けていたサービスの継続ができないことがわかったのです。 1年点検時のオイル無料交換の特典も受けられないと聞き、唖然としました。

ただし自分も、年齢を重ねるにつれて性悪度が増してきており、 あまりにも無念極まりない態度を露骨に示したところ、 同情してくれたのかあるいは厄介に思ったのかは知りませんが、 今回に限りオイル交換は無料としてくれました。

ただ問題はまだあって、前の法人ではホンダCカード(ホンダが発行しているクレジット機能付カード)で支払いをすると、 オイル交換などの費用が割安になるサービスがあったのですが、こっちではそのサービスもないとか。 そうであれば、もうそのカードを保有している意味はない。 違う法人であったとしても、以前受けていたサービスは引き継ぐとか、各社共通サービスのようなものを設定するなどの工夫はしてほしいものです。 同じホンダクリオの看板を掲げているのだから。

今までは面倒くさいな思いながら聞いていた点検作業後の報告ですが、 今度のディーラーはこちらから求めないと説明もする気がないようでした。 今回は、リコールに関する作業もあったのだから言語道断です。 まったく、とんでもないところに住むことになってしまったものですわ。

愚痴ばかりでは後味が悪いので、グッドニュースも。
アジアカップが終了し、日本が二大会連続の優勝を果たしました。 代表監督になってから、笑顔一杯のジーコを初めてみました。


2004年8月15日(日)
【ワディラム昇級緒戦も健闘】
アテネオリンピックが開始し、6時間の時差に極東と呼ばれる日本の地理を感じながら夜更かしを繰り返していました。 そんな時節がらではありますが、夏期休暇のまとめの最初の話題は、出資馬の健闘についてとさせていただきます。

7月3日に初勝利をあげたワディラムは、札幌競馬場に移動して競馬場に滞在しながら調整を続け、 昨日の500万下戦に出走しました。今回は昇級戦となるために、一般的には厳しい戦いが想定されるのでしょうが、 漸くトモに力がついてきた彼女自身の実力は、今まさに上昇中。人気はしていませんでしたが(14頭中7番人気)、 善戦するとみていました。このあたりが、馬柱をみているだけでは把握できない領域なのだと思います。 レースでは後方からじっくりと乗られ、3角からは前走と同様に持ったままで進出。一瞬勝ったかと思いましたが、 外からステイゴールドの全妹のレクレドールに交わされクビ差の2着となりました。 重賞入着馬や、特別レース上位経験馬に混ざってこの走りなら、先々が十分に楽しみになってきました。 ぜひとも今後も無事に・・・・

【谷亮子選手、五輪で連覇達成】
女子柔道48キロ級では、谷亮子選手が五輪で連覇を達成。谷選手のオリンピックデビューとなったのは、1992年のバルセロナ大会。 都築記者と訪問したあの頃から、常に世界のトップを走り続けているんだと思うと、 谷選手の偉大さを個人的にもより深く実感することができます。

【野村、内柴両選手も】
昨日の野村選手に続いて、男子66キロ級でも内柴選手が金メダルを獲得しました。 常に前に出る積極的な試合振りでのオール一本勝ちという内容は、彼の出場までの困難な経緯がうそのような圧倒的なものでした。 内柴選手は清水記者と似ていますね。 決勝戦では、「がんばれしみこー!」と応援していました。 いかがなものでしょうか。


2004年8月17日(火)
【体操男子団体が金メダル】
日本時間の今朝、体操男子団体がモントリオール大会以来28年ぶりとなる金メダルを獲得。 うまく目が覚めてくれと念じながら早朝の目覚ましをかけておいたところ、見事に目が覚めてくれた自分に感謝!。 最終種目の鉄棒の場面をライブで観戦することができました。

テレビをつけて経過を確認したら、上位3カ国が肉薄する大接戦の状態で最終種目を迎えていることがわかり、 寝ぼけ眼のダレた体が一気に引き締まりました。 ルーマニアやアメリカがミスをした一方で、最終演者となった日本の三選手は平常心の演技で高得点をあげ、 見事に逆転優勝を果たしましたが、とにかく俺はドキドキしっぱなしでした。

28年前のモントリオール大会のときには児童であった私ですが、 はっきりと記憶にのこっているのが、そのときの金メダルの感動を日記にしたためているということです。 おそらく実家には今でも保存されているはずなので、機会があったら探してみたいと思うのですが、 確か当時の団体戦のルールは今とは若干異なっていて、 5名(4名だったかも)の演者のなかで、最も得点の低い演者を除いた他のメンバーの合計点がチームの得点となるものだったと思います。 つまりは1名のミスは帳消しにできるというルールだったのですが、 そのときの日本チームは、怪我をした選手がいたために、1名少ないメンバーで戦っていたはずです。 ミスが許されないという厳しいハンデを背負いながら、確実な演技で勝ち取った金メダルの興奮を、 なんとなく覚えています。

それにしても、今の10代、20代の選手って、たくましくって尊敬してしまいます。


2004年8月22日(日)
【大忙しのスポーツ報道】
オリンピックに甲子園に大忙しのスポーツ報道。 駒大苫小牧高校の全国制覇の快挙も、報道量的には影が薄くならざるを得ないほど、見事なオリンピックでの日本チームの躍進ぶり。 札幌記念でのファインモーションの復活なんては、俺にとっても今日に関しては末梢的なニュースに過ぎません。

日本の有望種目が立て続けに行われるために、テレビからなかなか目が離せません。 テレビをつけっぱなしにして実況を耳にしながら、隣の部屋でこれを更新しているのですが、 気が散ってはかどりません。決勝進出をかけたソフトボールのオーストラリア戦を見たいので、日記はこれでおしまい。

日付が変わって
ソフトボールはオーストラリアに敗れましたが銅を確保!
そして、女子マラソンは野口選手が金!日本選手全員が入賞!
これで心地よく眠れることでしょう


2004年8月23日(月)
【日本選手の活躍が続く】
野口選手の優勝を見届けたあともすぐには眠りにつけなくて、 そうこうしているうちに、男子ハンマー投げ決勝の映像が飛び込んできました。

このままテレビを見続けて朝を迎えるわけにもいかないので、部屋の照明を落として目を閉じて、 テレビをつけっぱなしにしながら、意識の遠くの方で実況を聞く態勢をとりました。 室伏選手の2投目以降の記憶は途切れているので少し眠ったようですが、 実況の盛り上がりに反応したのか、最後の1投は再び目がさえた状態でのライブ観戦となりました。

残念ながら室伏選手の金メダル獲得はなりませんでしたが、今シーズンの自己ベスト記録を出しての銀メダル。 逞しい男です。

日本選手の活躍が目覚しいとは言っても、深夜早朝のライブ中継を見ている人はそう多くないだろうと思っていたところ、 女子マラソンの瞬間最高視聴率が29.2%にも達したと報じられています。みんな同類だ!


2004年8月29日(日)
【常石騎手が落馬負傷】
興味が薄れることなく続いたアテネオリンピック。 でも、個人的には大いに心配な出来事が勃発した週末となりました。 常石騎手が、土曜日の小倉競馬の障害戦で落馬負傷。頭部を強打して、意識不明の重体となりました。 現在も絶対安静の状態が続いています。彼はデビュー当時にも落馬事故により意識不明の状態となりましたが、 このときは克服し、復帰直後に重賞制覇(97年小倉3歳S、タケイチケントウ)した過去があります。 歴史は繰り返してほしいものです。強く祈ります。

2004年8月30日(月)
【室伏選手に金メダルが授与】
室伏選手に金メダルが授与されることになりました。 「本当の真実の中で試合が行われることがどれだけ大事かと感じた」という彼のコメントが、 もやもやとした今回の騒動を、爽快に締めくくってくれた気がします(ご本人はまだすっきりとはしていないでしょうが)。

世界を転戦するという競技生活の中で、堪能な語学力をいかしながら、選手間の友好を深めることに尽力していた室伏選手。 金メダルを手にしたのはあくまでも結果であって、彼が求めていたのは、 オリンピックの精神でもある真実の中での戦いであったと理解しました。

この報道を受けて、あらためて室伏選手の投てきの様子が映し出される機会が増えましたが、 競技者の後方からの映像は特に迫力があります。 まるで打ちっぱなしのゴルフボールであるかのような軌跡を描いてはなたれるハンマーをみて、 室伏選手の強靭ぶりを再確認しているしだいです。


2004年8月31日(火)
【残念な話】
今日、職場での近ぴ記者との立ち話のなかで、 非常に納得感ある話を拝聴する機会を得て、心の中で手を打つほどに感心したので、 帰宅したらその内容を忘れずにここに記しておこうと決意したのですが、どんな話であったか思い出せなくなってしまった。 非常に残念である。

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