●12月 2003年1月 ●2月

2003年1月7日(火)
【三連複500万馬券】
ウンコするためだけに生きていたような、食っちゃ寝るだけの正月休みを終え、 昨日から通常パターンの生活が再開されました。

昨日の中山6Rの3歳新馬戦で、三連複144万9660円という高配当が出て話題になっていましたが、 本日の川崎8Rの初夢特別では、それを大きく上回る三連複547万730円という配当が飛び出しました。 的中者は一人で、すぐに払戻をし、現金をカバンに詰めて立ち去ったそうです。 三連単による夢の1000万円馬券の出現も、 そう遠くはないのではないかと予想します(これまでの最高は、昨年8月大井競馬での975万2820円)。 当たっても、何にも嬉しくない予想ですが。

【JRA賞選出】
本日JRA賞受賞馬選考委員会が開かれ、年度代表馬にシンボリクリスエスが選出されました。 他の受賞に関しても、おおむね納得する内容でしたが、 最優秀ダートホースは、かなり票数が割れたのではないでしょうか? 個人的には、ゴールドアリュールよりもアドマイヤドン上位説をとっているので、 ゴールドアリュールの受賞には若干異論がありますが、 両馬の唯一の直接対決であったJCダートの勝ち馬は、イーグルカフェだったわけですので、 絶対的な決め手のある馬はいなかったということになります。 ま、高いレベルでの話ですが。


2003年1月9日(木)
【予想点数の見直しについて】
日曜日のシンザン記念で、今年のE研ブック初めを実施するのを機に、 予想点数の見直しを行ないたいと思いますので、お知らせします。 具体的には、従来の6点以内の予想から、10点以内の予想に増やします。

10点にした場合は、以下のようなBox馬券の買い目が実現できます。
馬連Box1・2・3・4・5
馬連Box1・2-Box3・4・5・6・7
三連複Box1・2・3・4・5
三連複1-Box2・3・4・5・6
三連複1-Box2・3-Box4・5・6・7・8
などなど

買い目が増えることへの抵抗感のある方もいるかと思いますが、 馬単、三連複の登場により、総数が増えたことへの対応ということで、 2/16まで試させてください。 2/23のフェブラリーSのときに、再考することにします。


2003年1月11日(土)
【漢字の筆順について】
冷え込みが厳しい朝は、昼練グランドが霜一色に様変わりして、温帯地方の景色とは思われないほどの寒々しさなのですが、 今朝は少しばかり寒さが緩んでくれたので、屋外での工事の立ち会い業務も、順調に捗りホッとしました。

昨年の暮れに、りむ記者夫妻と中華を食ったときに、その店の中国生まれの主人と、漢字の筆順のことで盛り上りました。 店主曰く、中国では「右」も「左」も横棒から書き始めるが、なぜ日本では「右」は斜めの棒から書き始めるのか? なぜ日本の「必」の筆順はそんなにへんてこなのか?といった突っ込みが入ったのです(中国で「必」は、左側にあるパーツから順に書く)。 中国の漢字辞典には、筆順を元にして検索をしていたものがあった(今でもある?)ようで、 店主は筆順の重要性を高らかに説くとともに、日本の小学校に通学しているお子さんの、筆順の乱れ(?)を嘆いていました。 結局、日中による違いの理由は解明されなかったので、料理は美味しく食べまくったのですが、筆順談義に関しては消化不良に終わりました。

一昨日の書道の日に、そのときのことを思い出して、H先生に筆順について問うてみましたが、筆順の違いに関する手がかりは得られませんでした。 その代わりといっては何ですが、岩ア記者が、 「右」も「必」も、中国人とまったく同じ筆順であることが判明し、ちょっと盛り上りました。

思い出し日記でした。


2003年1月12日(日)
【PCのリプレイスを決めた】
駅の向うに新しくラーメン店が開業する一方で、近所のホカ弁屋が閉店しました。 隣りの焼肉屋もどうやら店を畳んだ様子。世の中は変化しているんだ、ということを実感させられる街の一コマです。

じゃあ、俺も負けずに動くか!という決意を固め、念願のPC購入に本気で乗り出しました。 最新事情に疎いために、りむ記者と適宜やり取りしながら、必要なスペックを固めていき、 よしこれで決まり!と一端は決断しながらも最終決断とはならず、さらなるスペックを求めてしまう欲深な俺。 何度も教えを請うことになってしまい、誠に申し訳ない。

現在午後10時をまわったところですが、まだ最終決定ができずに悩んでいます。優柔不断で自己嫌悪に陥っています。 まあ、買うか買わないかの迷いではなく、スペック決定の迷いであるので、多少は進歩しているとしましょう。

【ノーザンテースト産駒25年連続JRAで勝利】
昨日の中山新春ジャンプSで、ビッグテーストが優勝し、 ノーザンテースト産駒が、JRAで25年連続勝利をする偉業を達成しました。 今年もノーザンテーストに会いに行きたいっす。 シンザン記念では、トゥザヴィクトリーの全弟のサイレントディールが順当勝ち。 危うく油断負けするという場面もありましたが、前走での教訓をいかした見事な騎乗であったと思います。 母フェアリードールのその後の産駒は、翌年は不受胎となり、その翌年は種付けをしなかったので、 まだ誕生していません。サイレントディール、がんばってほしいねえ。


2003年1月14日(火)
【さびしい気持ち】
出先から戻ってくる途中、電車の出発まで時間があったので、夕食にうまい親子丼を食べることを思いつき、 喜び勇んで店に向かったところ、閉まっていました・・・。支店の方ものぞいてみましたが、そっちも閉まっていました・・・。

どれだけ、さびしい気持ちになったことか・・・、どうか察してやってください・・・


2003年1月22日(水)
【オールドPCでの最後の更新】
念願のおニューのPCが届きました。 すんなりとセッティングできるとは思えないし、FTPソフトも手に入れなければならないので、 下手をすると、しばらく更新することができなくなります。 E研ブック平安S号は、場合によっては休刊させていただきますので、ご了承ください。

セッティング作業に取りかかる前に、このまえの日曜日のことを書いておきます。

【ナリタトップロードの引退式&書道展】
当日は、京都競馬場でナリタトップロードの引退式が行なわれ、 京都文化博物館では書道展開催の最終日という日でした。 書道展には、いつもお世話になっているH先生も出展されており、 日曜日は会場にいらっしゃるとのことでしたので、 両イベントを組み合わせた活動をとることにしました。

「将来、競馬に開眼した場合、ナリタトップロードの引退式を生で見たということは、 素晴らしい財産になるはずだ」という言葉で黒ちゃんを誘い出し、 岩ア記者とともに、まずは淀でナリタトップロードの引退式にのぞみました。

人気者の引退式らしく、パドックは混み合っていましたが、ナリタトップロードは堂々としており、 ときおり観客の方に視線を向ける仕草にも余裕が感じられ、さすが歴戦の雄だと感心しました。 馬体をながめながら、「相変わらず皮膚の薄い、きれいな栗毛の馬体だなあ」と口には出してみたものの、 実際に生のナリタトップロードを見るのはいつ以来なのかを思案してみたところ、 昨年の春の天皇賞以来であることに気づき、唖然・・・。

本馬場に舞台を移しての返し馬と、それに引き続くラストランでは、 彼の身上でもある、広い完歩と、そこから繰り広げられる美しい走行フォームを堪能。 いよいよ競走馬としてのナリタトップロードとはお別れです・・・。 社台スタリオンSで逢おう!

引退式が終わると競馬場を後にして、京都文化博物館に向かいました。 錦市場を経由するルートをとり、途中の黒豆屋さんでちょいと遅めの昼食。 腹が減っているときに、狭い通路の両側にうまい惣菜屋さんが軒並み連ねているなかを歩いていると、 思わずつまみ食いしたくなる衝動を覚えます。

錦市場のアーケードを出て、小雨に打たれながら少し歩いて、京都文化博物館に到着。 レースでは雨に泣かされたナリタトップロードですが、 引退式では涙雨は流れるのをこらえてくれた、というようなことを、杉本清氏が引退式でコメントしていたことを、歩きながら思い出しました。

書道展の入口にたどり着いたときに、われわれ3人は思わず顔を見合わせました。 記帳用の冊子の脇には、当然のことながら小筆がセットされていたからです。 記帳済みの氏名の欄をみると、これがまた達筆の嵐!! 逃げるわけにも行かないので、「まだ10級にもなっていないんです」などと言い訳をしながら、 小筆をとりました。

H先生とはすぐ会うことができました。今回は師範クラスの書道展であり、 会場内には、適度の緊張感も漂っていました。 H先生の師匠にあたられるA先生も来場されていて、幸運にもお話をさせていただく機会を得ました。 A先生は、御年80歳をすぎた方ではありますが、頭脳明晰口調溌剌といった感じの、実にエネルギッシュな方で、 大いに刺激を受けました。話し振りからは、これまでの蓄積に裏打ちされたまっすぐな部分を感じ(ちょっと抽象的な言い方ですが・・)、 オーラを発する存在感をお持ちの方でした。会場内には、多くの作品群が展示されていましたが、 まだその良さや味を理解するレベルに達していない自分にとっては、A先生とお話させていただいたことが、一番の収穫でした。

なかなか充実した一日でした。

ということで、これからセッティング作業に取りかかります。


2003年1月23日(木)
【PCリプレイス完了】
あっという間にPCのセッティングは完了し、ブランクなしで新しい環境に移行することができました。 FTPソフトに関しても、以前よりも使い勝手のよいフリーソフトをりむ記者から紹介してもらいました。 新規PC導入に際しましては、りむ記者の多大なる献身的な協力に深く感謝いたします。 来週早々のADSL開通の通知も本日届きましたので、これでPC環境は完璧だ!

旧機種に比べて処理スピードが速いのはCPUのスペックから当然なのですが、メモ帳に検索や置換の機能がついていたり、 「Cntl+S」でセーブができるのを発見して、さらに感激しています。 これで、更新作業が大いにはかどります。

うれしい!


2003年1月25日(土)
【M氏を囲んでの新年会】
昨日の定時後に10名ほどで集まって、M氏を囲んでの新年会を開催しました。 久しぶりの顔合わせや、普段の飲み会ではちょっと考えにくい組み合わせもあったりで新鮮でした。 書道部のH先生も参加を快諾していただけたので、メンバー構成にさらなる厚みが出て、なかなか良い会だったと思います。

【ビッグスワンツアー】
このサイトでもJRA賞のまねをして、表彰制度を設けることにしましたが、 昨年度の年度代表記者は、E研ブックでただ一人のプラス収支であった豊村記者となりました。 本日はそのご褒美ということで、京都競馬場ビッグスワン指定席ツアーを開催しました。 もちろん嫁さんにも同行してもらい、さらに一緒に競馬に行ったことのない近ぴ記者にも参加してもらい、 計4名でボックスシートに腰をすえての馬券戦術大会でした。 京都1〜12R、中山9〜12R、小倉11〜12Rの全18Rを買いまくりましたが、時間がたつのはあっという間。 当たった人も当たらなかった人もいましたが、それはまあ、結果論ですわ。

競馬の後の飲み会でも、引き続いて馬談義で楽しめました。ツアーの締めは、ガード下のラーメン屋。 今日一日を、豊村記者の嫁さんも退屈することなく、むしろイキイキとすごしてくれたので、 ツアーを開催した甲斐がありました。また機会をつくって、行くとしますか!


2003年1月26日(日)
【ジャングルポケット引退式】
先週のナリタトップロードに引き続き、今週はジャングルポケットの引退式が京都競馬場で行われ、 一昨年の年度代表馬がターフに別れを告げました。

ジャングルポケットといえば東京競馬場に良績が集中しているために、 京都競馬場での姿に過去の思い入れのシーンを重ね合わせることができず、戸惑いを感じながらの引退式でした。 またナリタトップロードと違って、引退理由が脚部不安によるものであることから、 パドックを周回するジャングルポケットの姿からは、さびしい雰囲気を感じてしまいました。 とはいっても、本馬場に入ってからは彼らしい気合を見せ始めてくれたので、良かったとほっとしました。 社台スタリオンSで逢おう!

【マスターリーグ観戦】
引退式後に京都競馬場をあとにして、一路大阪ドームに向かい、 豊村記者とともにプロ野球マスターズリーグを観戦しました。 今年で2回目になるマスターズリーグの、今日が最終戦でした。 対戦試合は大阪ロマンズ対名古屋80D'sers。 真剣勝負ということもあって見ごたえがあり、それでいて会場のムードは通常シーズンとは異なった和やかなムードに満ちていて、 俺は大変気に入りました。鳴り物のない試合の良さも堪能できました。 与田投手の140キロを超えるスピードには、場内からも感嘆の声が上がりましたが、 コースが甘ければ軽くミートしてしまうあたりはさすがです。 2万人を超える観客の盛り上がりに、マスターズリーグの将来性も感じさせられました。 テレビで観るより、現場で見てこそのマスターズリーグだというのが、 豊村記者との共通の意見です。

帰りに心斎橋でラーメンを食しました。カーナビを失ってから、ラーメン特攻活動力が低下していただけに、 新規開拓の意欲が少し出てきたかもしれません・・


2003年1月27日(月)
【やっと人並みに】
こんなことは今まで感じたことはなかったのですが、職場のPCがぼろく感じて仕方がありません。 出先のネットワーク環境は貧弱で、これはやむを得ないことではあるのですが、イライラ度はさらに高まります。

俺も、やっと人並みの状態になったというわけですね。


2003年1月28日(火)
【ADSL開通!】
その後も順調にPCのセッティング作業が進んでいき、本日いよいよ待望のADSLが開通しました。 いくつかの設定を終了すると、モデムの前面のランプ群が不規則な点滅を繰り返したあとで、 ADSLの開通を意味するランプが点灯。ばんざーい!

同じ建物に住んでいる加藤記者は、安定した接続環境を得るまでに、 かなりのやりとりを余儀なくされていましたが、NTT内の機器に問題点があったことが明確になり、 その交換作業の実施により、やっとまともな状態になったと聞きます。

少し前までは、時間がかかりすぎると、えらく評判が悪かったADSLの開通手続きですが、 今回順調に作業が開通した背景には、おそらくすでに開通している加藤記者のような方々の苦労が、 接続会社やNTTの対応に活かされているからだと推測しています。

どうもありがと


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