●7月 2002年8月 ●9月

2002年8月1日(木)
【ファインモーション復帰】
今週末の出走馬名表を確認したところ、自分の持ち馬であるファインモーションが函館競馬で復帰することがわかりました。

昨暮れの新馬戦で快勝したあと、仏オークス出走を目指していたとも伝えられていましたが、 ケガのため戦線離脱。無念でした。

500万下戦での復帰となりましたが、地力の違いは歴然としています。 秋華賞出走を目指して、大躍進をしてほしいものです。


2002年8月3日(土)
【納涼祭】
昨日は会社の納涼祭が行われました。 昼過ぎから土砂降りとなり、今年体感したなかでは一番激しい豪雨に包まれながら、会場へ向いました。 こりゃ大変なこっちゃってな感じでした。

E研ブックの記者では、石川記者が司会進行係りを、 りむ記者がビンゴゲームを担当しました。俺は何でも屋でした。 会場で、久々に明美記者と拓馬君に再会。 拓馬君は、顔つきもだいぶしっかりしてきた感じで、体も大きくなっていました。 都築記者に似てシャイな面があるらしく、 大勢の人がいるところでは泣いてしまうそうです。 俺が立ち寄ったちょっと前にも、泣いていたとのことでした。 拓馬君は、うちわで風を顔に吹きつけられる刺激がお気に入りで、 それをやり続けてあげたら、けらけら笑ってくれました。とても可愛かったです。

納涼祭ではさまざまな景品が用意されていて、 E研ブックの記者では、清水記者と、豊村記者がゲットしていたようでした。 清水記者からはたこ焼きパーティ、 豊村記者かららメロンパーティの招待を受けることが期待でき、 とても楽しみな気分です。

【書道部】
納涼祭を打ち上げてからは、十数人あつまって居酒屋で飲みました。 書道部をもっと盛り上げよう!という話題が出ていて、 近ぴ記者から入部の勧誘を受けました。 岩ア記者は初期の頃に参加していたそうで、書道部での活動の再開を決めたようでした。 俺はお稽古事は苦手なのでのですが、メンバーが楽しそうなので、入部に少し前向きになっているところです。


2002年8月4日(日)
【アメフト初観戦】
りむ記者のコネで、NFL OSAKAのチケットをもらったので、大阪ドームに行ってきました。 スポーツ観戦と一口に言っても、種目ごとに独特の間合いみたいなものがありますが、 アメフトの試合を見るのが初めてだった俺は、戦略に対する理解不足ということもあって、 ゲームに入り込むというところまでは味わえませんでした。 ただ、選手のでかさの迫力と、それにもかかわらず俊敏な動きは実感することができて、大変よかったです。 軽やかにボールを投げる様子は、芸術的でもありました。

【テンシノキセキ】
試合が終わってから、まだメインレースに間に合う時間だったので、難波ウインズに向かい、久々に競馬をやってみました。 49ersの試合を見た直後だったので、フォーティナイナー産駒でも買おうかと思ったのですが、 小倉日経オープンには産駒の出走はありませんでした。 レースでは、理想的な好位差しの展開からテンシノキセキが6勝目をあげました。 これで11戦して6勝目。2着、3着、4着がなく、勝つか負けるかというはっきりした内容は、なかなか個性的でもあります。


2002年8月8日(木)
【櫃石記者、来る!】
櫃石記者が一足早く夏休みに突入し、帰省の途中でやってきましたので、 昨日は馴染みの面々で飲み会をしました。 メンバーは、櫃石記者に加えて、 近ぴ記者都築記者豊村記者、 I山氏、K岡氏と俺の7名。

このメンバーで、あの店で、例のごとく勢いよく飲み食いをすれば、 今までの経験上、一人くらいは記憶をなくすやつが出てきても不思議でないのですが、 昨日は誰もが陥落することなく店を後にすることができ、ある種の感動を覚えました。 櫃石記者的には、豊村記者のセキュリティカードの顔写真を見ることができたことも、 収穫の一つと言えるでしょう。

健康的な皆の胃袋は、まだ食を欲する余裕があったようで、ラーメン屋を求めて移動しました。 豊村記者の嫁さんも合流し、汁まで残さずに、ラーメンも食い尽くしました。 櫃石記者豊村記者の嫁さんとの初顔合わせとのことでした。

来年もこのパターンで行きましょう!


2002年8月21日(水)
【サンデーサイレンス死亡】
「危うい、あるいは絶滅寸前の競馬場巡りの旅」からもどってきました。 旅はなかなか充実していたので、後日きちんとレポートしておこうという気持ちでいます。

ただそれよりも何よりも、重体が伝えられていたサンデーサイレンスが、ついに亡くなってしまいました。 欧米の良血牝馬との組合せだけに限らず、日本のターフで大活躍した名牝との間にも、 期待にたがわぬ素晴らしい競走馬を輩出してくれました。 サンデーサイレンス産駒のおかげで、どれだけ競馬が楽しかったことかと思うと、感謝の気持ちで一杯です。 数年後にはそんなサンデーサイレンスの新馬を、もう見ることができなくなるのですね。とてもさびしいです。

今後ターフに登場してくるサンデーサイレンス産駒は、2歳の新馬戦で一部出走が始まっている2000年産まれに加え、 2001年産まれ、2002年産まれ、2003年産まれの約4世代。晩年の傑作と呼ばれるような素晴らしい馬が、この中にいるに違いありません。

中期の傑作となりそうなマンハッタンカフェの凱旋門賞への出走が伝えられています。 見に行きたい気持ちがジワジワと・・・・


2002年8月24日(土)
【H原君の送別会】
いろいろな形式でH原君の送別会を重ねてきましたが、 正真正銘の最後の送別会を、久々に焼肉の名店Hに出かけて執り行ってきました。 相変らず店は繁盛していましたが、運良くワンテーブルだけあいていたので、待つことなく滑り込むことができました。

独特の味づけの肉どもたちの味は実に素晴らしく、飯は食うは、ビールは飲むわで満足しました。 特にK藤君は”ど根性”で食いまくっていたので、食後の彼は、関取と見まがう腹構えをしていて、とてもオッサン臭かったです。 今日はH原君の少しあとで異動になるK鈴君も一緒だったのですが、 彼からK藤君の奇行の数々を教えてもらったのも収穫の一つでした。


2002年8月25日(日)
【ファインモーション本領発揮】
真夏の酷暑は過ぎ去りましたが、この時期のダブルヘッダーはやはりキツイ! 正午前から一試合、続けてもう一試合、最後に審判。 プレイをしているときよりも、帰宅してからのほうが、ダメージを感じたあたりは、年だな。

今年の春は、混戦の3歳牝馬戦線でしたが、そんなムードを一蹴するような傑出馬が、秋競馬を前にいよいよ本領を発揮してきました。 言うまでもなく、わがPOG馬のファインモーションこそがその馬です。 復帰後の2戦目となった今日の阿寒湖特別も、3番手の位置どりからの競馬をして、5馬身差で圧勝。 秋華賞出走に向けて大きく前進しました。2600mという距離を軽くこなしてみせたところから、 秋華賞を蹴飛ばして、菊花賞でタニノギムレットと勝負!ということでも良いかもしれません。 あっ、でも武豊騎手の都合もあるでしょうから、秋華賞でしょうね。

自分のPOG馬の古馬牝馬であるエアトゥーレは、外国で中々健闘してくれているのですが、 何といっても海外レースは賞金が安いので、ランキングで浮上しきれません。 この前の、モーリスドギース賞(GI)の2着賞金が、320万円相当なのだから・・・ ファインモーションには、たんまりと稼いでもらいまひょか!


●7月 2002年8月 ●9月