●8月 2001年9月 ●10月

2001年9月1日(土)
【不思議なデータ】
傑出しているサンデーサイレンスの実績も、良く見てみると不思議なこともあります。 芝のレースであれだけの重賞勝ちをしている産駒も、JRAのダート重賞に限ると未勝利。 当時の格付けは忘れましたが、イシノサンデーが盛岡のダート交流戦で勝利しているし、 トゥザヴィクトリーの例もあるので、今までに1勝くらいしていても良さそうですが未勝利なのです。

本日行われたエルムSに、アッミラーレというダートで連勝を続けてきたサンデーサイレンス産駒が出走したのですが、 惜しくも4着敗退。JRAダート重賞未勝利脱出はかないませんでした。

それにしても不思議なデータです。


2001年9月2日(日)
【ひと押しが足りない】
新潟2歳Sでは、フサイチコンコルド産駒のバランスオブゲームが抜けた勝ち方で完勝しました。

マイネルジェムは3着どまりで、予想は不的中。ま、仕方がないなと思いながら、勝ち馬のデータを調べて気づきました。 バランスオブゲームの馬主は、あの薗部博之氏。そうダビスタの作者なのです。 E研ブックのコメントに、ダビスタのことを含ませたとこまではなかなかよかったのですが、 あとひと押しが足りませんでした・・・

野球でもひと押しが足りない内容で、今日の俺は実に不完全燃焼。


2001年9月3日(月)
【合掌】
帰宅してテレビを見ていたら、象を扱った番組にくぎ付けになりました。

水を求めて群で移動する象の家族愛をみて、胸が熱くなりました。

旅半ばで倒れてしまった子供の象に合掌・・・


2001年9月5日(水)
【都会業務】
「少しばかりの知力と、それに比べるとかなりの量の集中力と莫大な精神力を必要とし、末梢領域に限定された肉体を酷使する業務」のために都会に出かけてきました。

久々にサラリーマンらしく満員電車での通勤を体験し、サラリーマンらしく都会の喫茶店でモーニングの朝食をとろうと思ったのですが、 朝寝坊の誘惑を断ち切ることができなかったので、モーニングの朝食は断念しました。

最初の見積では、明日も都会行きをする必要があると考えていたのですが、 大勢のヘルプを得ることができたので、一気に業務を終了することができました。 業務終了後は、都会の業務のあとのお決まりのパターンの一つとなっている「鶴橋で焼肉」を実践すべく、いざ鶴橋へ!。 このパターンが初めての人もいたようで、なかなか楽しくみんなで食いまくってきました。


2001年9月9日(日)
【有意義な一日】
一応早起きをして、JRAの指定席予約センターにダメ元で電話を入れてみたところ、アッサリと電話がつながり予約をゲット。 秋の阪神開催が始まって新馬戦が楽しみな時期に突入し、しばらく冷め気味だった競馬熱が、沸沸と高まってくるのを感じました。

午前中の新馬戦では、キングヘイローの弟のツルハチキング(どうにかならんかこの馬名)と、 テイエムオペラオーの弟のタガノコウテイがそろって勝利。 すでに一杯目のビールを飲み干していたこともあって、なんかとっても良い気分。

隣りの席になったおっちゃんが、こまめに話しかけてきてくれたので、戦術を交換しながらの楽しいひとときを過ごせました。 そのおっちゃんは、かなり通っているようで相当くわしいのですが、あれやこれやと喋りまくるのではなく、 ○倉君のような素朴な感じで話しかけてくれたので、心地良く競馬談義を交わすことができました。

さてそうこうしているうちに(ビール3杯飲んでいるうちに)、メインレースの時間。 札幌は、3歳馬のメイショウラムセスが1番人気でしたが、札幌記念2着のファイトコマンダーの方がはるかに格上と思い単勝。 中山は、一瞬だけ見た中山のパドックで、ゼンノエルシドが落着いていたのを確認してこれまた単勝。 阪神は、+16キロでもこの相手なら勝ち負け必至とみてダイタクヤマトの単勝。 ダイタクヤマトは惜しくも2着でしたが、他の2場では的中。 今日はこんな感じで結構当たって、久々にプラス収支で終われました。

最終レースは、距離短縮で切れ味増したスターリーロマンスが勝利。 言わずと知れたフジキセキの全妹が、昨秋の競馬ツアーで観戦したときの新馬戦以来の勝利を飾りました。 今日は良血馬の勝利を多数見ることができたし、POGの指名馬の活躍のシーンも楽しめたし、有意義な一日でした。


2001年9月10日(月)
【すきやばし次郎】
ここいらの雨はすでに上がり、虫の音の響きが復活した夜を迎えていますが、 東海・関東地方は台風の影響でかなり天気が荒れているようです。 東海・関東エリアの皆様、どうかお気をつけて

文庫本なのに900円以上もする本を買いました。 「すきやばし次郎 旬を握る」という本で、当代一の鮨職人、小野次郎の全仕事を徹底的に追求したという内容です。 皿盛、握りの単品、仕込みの実演などのカラー写真もふんだんに掲載されています。 値段が高いのはこのためです。見ているだけでも腹が鳴りまくります。


2001年9月12日(水)
【ニューヨーク・テロ】
ニューヨークの映像、、恐ろしいです。こわいです。

めずらしく自ら実家に電話して、「ふらりとアメリカ旅行なんかしてないからね」と伝えておきました。


2001年9月16日(日)
【社台サンデーサイレンスS】
ローズSの上位馬を表にしてみました。

着順馬名馬主生産者
1ダイヤモンドビコーサンデーサイレンス大迫忍氏社台ファーム
2ローズバドサンデーサイレンス(有)社台レースホースノーザンファーム
3ノブレスオブリッジサンデーサイレンス(有)社台レースホース社台ファーム
4ムーンライトタンゴダンスインザダーク金子真人氏中前義隆
5ハローサンライズダンスインザダーク(株)松岡ノーザンファーム

表中、父はサンデーサイレンスとその産駒であるダンスインザダークで独占。 馬主としても(有)社台レースホースが2つを占め、 生産者としても、社台三兄弟の長男照哉氏の社台ファーム、次男勝己氏のノーザンファームで4つを占めるといった具合で、 今日のローズSは、さながら社台サンデーサイレンスSといった趣でした。

社台軍団の豊富な馬資源を背景に、中長距離路線はメンバーが充実していますが、 それにひきかえ短距離路線はお寒い状態。

二週間後に控えたスプリンターズSの最終登録が今日締め切られましたが、登録数はわずか13頭。 さびしいなあ〜


2001年9月18日(火)
【さびしいオールカマーと、充実の藤沢和厩舎】
10頭しか登録のないオールカマーですが、サイレントハンターは毎日王冠、 ハッピールックは神戸新聞杯に向かうといった具合で、さらにメンバーが減りそうで、実際の出走馬は多くても7頭だてとなりそうです。 アメリカンボスも別路線を視野に入れており、出否は近々に決めるとのことらしいので、 少ない場合には5頭だてというケースもありえるとか・・・
オールカマーは、過去にも一桁出走頭数の年はあったのですが、超有力馬の出走により他馬が敬遠したというケースが多かったようです (94年8頭勝馬ビワハヤヒデ、96年9頭勝馬サクラローレル、97年9頭勝馬メジロドーベルなど)。 今年は出走頭数だけでなくレベルも低調で、さびしいオールカマーとなりそうです。

さびしいトーンになってしまったので、勢いのある藤沢和厩舎のことも記しておきます。
先週末が東でトレジャー、西でダイヤモンドビコーが重賞で連対し、 今週末も東でエアスマップ、西でハッピールックと、重賞に有力馬を出走させます。 その次の週のスプリンターズSには、京成杯AHを勝ったゼンノエルシド、アイビスSD2着のシンボリスウォードらを登録し、 他にもマグナーテンスティンガータイキトレジャーハッピーパスマチカネキンノホシなど、 陣営内には実力馬がきら星のごとく!充実しています!!!


2001年9月19日(水)
【足掛け二日の嘆き】
「オールカマー」の英語表記は All Comer。現在のようにJRAと地方競馬の交流が盛んでないころから、 「みんな集めれ!」の語義のごとく、地方馬も出走してくる名物レースで、自分のキャリアの範囲内でも、 ジョージモナークハシルショウグンアブクマポーロといった実力馬達が、 JRAに殴り込みをかけてきていたものです。 さらに最近では、外国馬も出走可能な国際レースに位置づけられて、正真正銘のオールカマーのレースとなっています。 ところが、今年は外国馬はともかく、地方馬の参戦がないばかりか、関西馬の名前も、馬柱のなかに見ることができません。

「みんな集まれ!」の精神のなかには、3歳馬の参戦を歓迎する意味合いもあるのですが、 どうやら3歳馬の出走もなさそうで、関東の古馬のみの重賞となってしまうようです。 昨日からの足掛け二日で少々くどい嘆きになりますが、ああさびしい・・・


2001年9月20日(木)
【異変】
今朝、出勤の途中で車の異変に気づきました。 アクセルを踏んでも、どうもトルクが伝わっていかず、競馬風にいえばズブくて行き脚がつかない感じです。 低速領域になると、車体がぶるぶる震えて、とまってしまいそうなまずい雰囲気。 そして会社に近づいたときに一瞬「排気温異常」の警告ランプがついたときには、さすがに焦りました。

テロか?
まさかな

職場に到着してから、最近車の修理を経験した芳○さんに症状を説明したら、「20万コースを覚悟しといた方がええんちゃう?」との返事・・・
「そのくらい金がかかった場合って、保険使ったほうが得ですかね?」
「事故じゃないから、保険はきかんぞ」
「トホホホホホ・・・・」

定時後にベルさっさして、ディーラーまで車を運転。 調子の悪さは相変らずで、なるべく一定速度で走れるからという理由で、有料道路を選んでディーラーへ。 何だかパスンパスンという音までしてきてとても不安。 上り坂になるとさらに勢いが衰えて、とてもガソリン車とは思えぬほどの反応の鈍さ。 ディーラーまでちゃんとたどり着くだろうか・・・

渋滞に巻き込まれなかったことも幸いして、なんとか到着し、すぐさま点検に。
なおってくれ・・タイヤを換えたばかりだし・・・

症状を伝えにきたサービスの人の顔が、心なしか引きつっているようにみえました。 手に持っていた用紙の、費用の欄の数字に6が見えました。6万?ひょっとして60万????

「プラグには異常はないのですが、プラグまでの配線の1つに不具合がありました」
「すぐなおりますか?」
「10分でなおります」
「排気温異常も出たんですが」
「それも説明つきます」
「了解しました」
「4気筒のうち3気筒分で走っていたので、バランスも悪くて、1気筒分は異常燃焼状態でした」

費用は6000円でした。帰り道は実にスムースに車は走り、完全復活を確認しました!!! オチはありませんが、これで終わります。


2001年9月24日(月)
【初、ベトナム料理】
なかなか爽やかな気候に恵まれた連休でした。個人的には遠出などすることはありませんでしたが、 昨日はなじみのメンバー(豊村記者夫妻、 りむ記者夫妻、 清水記者美智記者)とベトナム料理を食べに行ったので、紹介しておきましょう。 ベトナム料理専門の店は初めてだったので、ゴイクンとかフォーなど、どんな味なのかとても楽しみでした。 訪れた店は人気店らしく、予約なしではごちそうにありつけないというほどの盛況ぶり。 メニューの種類が豊富で目移りがしましたが、とりあえず一通りオーダーしてみました。 個人的には生野菜を取り合わせに使った料理を特に気に入りました。 そして期待のフォーは、ぜひとも将来ベトナムを訪れて、現地でいろいろ食べてみたいと思わせる相性の良さを感じさせるものでした。

【「エア」陣営の憂鬱】
さて、昨日の東西の重賞は、ともにデインヒル産駒の「エア」陣営の馬が勝利しました。 神戸新聞杯を勝ったエアエミネムは、外国産馬ながらもこのレースを勝ったことで、見事に菊花賞の出走権を得ました。 伊藤雄師にとっては、まだない菊花賞のタイトルゲットの絶好のチャンス到来ですが、菊花賞に向けての明確なコメントはまだ出ていないようです。 夏場から使われてきた同馬に対して伊藤雄師は、菊花賞に出走となれば今年はもう走らせることはできないと考えているようで、 それならば菊を回避して、ジャパンカップに向かうという路線も視野に入っているそうです。 賞金額・距離適性、そして今年はジャパンカップへの外国馬の遠征が自粛されそうな情勢なども加味しての悩みのようです。

オールカマーを勝ったエアスマップも、指定レースの勝利により外国産馬として天皇賞に出走する「資格」は得たものの、 メイショウドトウクロフネがいるために、現状では出走不可能な情勢です。次走はどこをめざすのでしょうか?

重賞レースで勝利はしたものの、「エア」陣営には勝ったなりの憂鬱があるようです。


2001年9月26日(水)
【岡部騎手と河内騎手の動向に注目】
JRAの調教師になるためには、まず筆記と実地からなる一次試験に合格し、 続いて口頭による二次試験を受験する必要があります。 二つの試験のうち一次試験は特に難関と言われており、例年現役騎手や調教助手などの受験者の多くが苦杯をなめています。

ただし例外として、厩舎経験20年以上で1000勝以上をあげたジョッキーに対しては、 一次試験をフリーパス(合格)にするという制度が1988年以降導入され、 これまでに8名の調教師が誕生しています。 記憶に新しいところでは、田原師、南井師がこの制度を利用して、調教師への転身を果たしました。

従来騎手は厩舎に所属し、騎手としての業務以外に、厩舎運営のための知識、経験、管理能力を高めることができる土壌があったそうですが、 近年は騎手のフリー化が進み、厩舎業務のノウハウを身につける機会が少なくなっているそうです。 その結果、この制度の功労的な側面がより強くなり、調教師の選抜方法にはそぐわなくなってきたということで、 2003年度(来年秋の受験)を最後に廃止される見込みであると報道されました。 現時点でこの制度の有資格者は、岡部騎手と河内騎手の二名と思われますが、二人の今後の動向が注目されるところです。


2001年9月30日(日)
【ご冥福をお祈りします】
1試合が経過したところで、雨脚がさらに激しさを増したために、今日の野球は中止。 昼前に帰宅してからは、TV三昧の一日でした。

トロットスターのJRAレコードの樹立、高橋選手の世界最高記録樹立、長嶋監督の退任セレモニーなど、 後世まで残る節目のできごとが時間を追って放送され、スポーツ中継にくぎ付けになりました。

そんなムードに水を差すようですが、スポーツの話題のなかにさびしいニュースが一つ。 東京オリンピックの柔道で金メダルを獲得した猪熊功氏が自殺したと報じられました。 漫画「YAWARA!」に出てくる柔の祖父、猪熊滋悟郎のモデルになっている人だといえば、 猪熊功氏を知らない人もその存在感、影響力を感じることができるのではないでしょうか。

猪熊功氏は、高校の先輩にあたる方になります。 高校生当時、母校の体育館に、柔道関係の大きなパネルが飾られていたのを記憶しています。 ご冥福をお祈りします。


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