歩道を歩いていると、並木の根がアスファルトを持ち上げているところがあって、躓きそうになることがある。年寄りは歩行中の足の上げ方が足りないので特に危ない。車椅子の利用者とか乳母車を押している人にとってはさぞ迷惑なことだろう。
並木は歩道に植えられるので、その部分は歩道が狭くなる。その部分だけではあるが、利便性の観点から見れば、歩道全体の幅が狭くなっていることと同じである。
並木の枝は通行人の邪魔にならないように、そしてバスや積荷を高く積んだトラックなどの邪魔にならないように、相当高くの枝まで切ってある。その上、枝が伸びて道路沿いの住居や店舗の敷地内に届かないように、全体を坊主頭のように丸く刈り上げてしまっている場合もある。しかし歩行者も車の運転者も並木を見上げる余裕もないので、全く無関心である。
場所によっては野鳥の大群が並木をねぐらにするので、そのあたりは鳴き声ばかりでなく、散乱した羽毛や糞で大迷惑を被ることになる。
枝を切るばかりでなく、毎年の大量の落葉の処理とか、突然枝が折れて通行人や自動車の上に落ちてくる危険を防ぐこととかで、自治体が並木に要する費用は相当なものだろう。
写真で見る並木はどれも美しいが、美しいと思われる並木を写真にするのであって、実際にはあまり美しくない並木も多い。
もともと街並の美しさは沿道の建物の美しさに拠っているのではないか。並木があると建物が見えにくいことになる。そのために街並が日光の恩恵に浴さないこともある。外国の美しい街並には並木がない場合が多いのではないか。
並木がぼろ隠しの役割を担っているとすれば、その方が問題である。