「だんご三兄弟」という歌がある。私も三兄弟の一人として育ったのでこの歌には興味がある。その歌詞の一節に「弟想いの長男/兄さん想いの三男/自分がいちばん次男」とある。こんなふうに決めつけてしまっていいものかという気がしないでもない。個性はいろいろな事情から決まってくるもので、ただ兄弟の順番だけで決まるものではない。
シェイクスピアでは、『お気に召すまま』にオリヴァー、ジェイクイズ、オーランドーの三兄弟が登場するが、次男ジェイクイズには個性というほどの個性が与えられていないので、ここではほとんど二人兄弟という印象である。長男オリヴァーは憎まれ役で、三男オーランドーが善良で男らしい性格になっている。
これは女性の例だが『リア王』にはリア王の娘ゴネリル、リーガン、コーディーリアの三姉妹が登場する。姉の二人は意地悪な憎まれ役で、末娘のコーディーリアは優しく正義感の強い性格である。
それでは、上が悪い役で下が良い役か、というと、そうでもない。
初期の悲劇『タイタス・アンドロニカス』には女王タモラの三人の息子が登場するが、長男は一言も発しないうちに殺されるので性格は分らない。下の二人は極悪人である。『テンペスト』のミラノ大公の弟およびナポリ王の弟は共に悪役なので、弟がいい役とは限らない。
その他に二人兄弟の弟が私生児という設定がいくつかあっていずれも弟が悪役だが、それは私生児のマイナスイメージを適用しただけで、兄弟の性格の問題とは少し違う。それでも、兄弟の順番で性格が決るものではないという例にはなるだろう。
日本には「総領の甚六」という言葉があって、これは、長男はのほほんとして愚鈍な男だ、という意味である。昔、良家の長男は何もしなくても家督を継ぐことができたので、のんきな性格に育っているということだろうが、これが現代の長男に当てはまるとはとても思えない。
それでは、私は三兄弟の何番目か、だって?
勿論、その性格の良さからして(?)、当然三番目である。