もう二〇年ほど前のことになるだろうか、同じ大学で働いている若い女性が、彼女が最近買い求めた物について、「自分にご褒美のつもりで買いました」と言っているのを聞いて、奇異の感に打たれた。自分にご褒美という発想は、私には到底ありえないものだった。自分に罰金、とか、自分にお仕置き、とかいうことなら分るのだが。
その後、ときどきこの言葉を聞くようになったが、それは多くは女性の言葉であるようだ。
生活に必要な物を買うのは問題でないが、必要でない物、つまりいささかでも贅沢と思われる物を買うときには、それなりの理由を考えることになるのだろう。でも、それは男性でも同じである。
では、なぜ女性は自分にご褒美を与えたがるのか。
それは考えても詮無いことだが、それでも考えてみる(私はそれだけで生きてきた)。
男性が働くのは主として義務感からである。義務を果たしただけではご褒美を貰うに値しない。しかし女性が働くのは、義務感から、ということとは少し違うのではないか。
古代から男性は自分の都合だけを考えて男性優位社会を作り上げてきた。その社会で女性が働くのは、自身の心の葛藤や周囲の期待との摩擦を感じながらの苦闘の日々であるに違いない。もちろんそれは女性にとっても意識下のことであって、ほとんど表面に上らないかもしれない。それでもそこからくる潜在的な疲労感には大きなものがあると推察される。
でも、誰も褒めてくれない。特に男性は絶対に褒めてくれない。女性同士で慰め合い、励まし合うのも、女性にもそれぞれ立場や考え方の違いがあるから、うまくいかない。そこで、せめて自分で褒めてあげよう、ご褒美を上げよう、ということになるのではないか。
これが正解であるとは思わない。しかし、当らずといえど遠からじ、というあたりにはなっているのではないかと自分では考えている。