私は共立に専任教員として赴任して以来、白山通りの明るい、のびやかな雰囲気に親しんできた。
白山通りは皇居平川門から発している。その平川門のすぐ近く、白山通り沿いに共立女子大学の本館が立っている。その隣、同じ白山通り沿いに学術総合センタービルがあって、その敷地内の白山通りから見える位置に私の出身大学の「発祥の地」の記念碑がひっそりと立っている。学生時代、古い先輩から、自分が学生だった頃は共立とお隣さんだった、という話をよく聞かされた。そのときには、まさかその共立に自分が勤めることになろうとは思わなかった。
白山通りのもう一方の端は巣鴨駅前を通り越して西巣鴨まで達している。巣鴨駅から一〇分ほど歩いた所に私の出身大学があった。私の出身大学はよほど白山通りに縁が深かったのだ。学生の頃は巣鴨駅のすぐ近くにある「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる巣鴨地蔵通りに何度か行ったが、このトシになった今こそ行くべきかもしれない。
巣鴨からもう少し共立の方へ来たところに白山神社がある。白山通りの名前の由来の神社である。そこから一〇分ほど歩いた所の病院で家族が手術を受けたときには、その病院の向いにある根津神社はもとより白山神社にもお参りに行った。神様しか頼るものがない、という心境だった。
さらにもう少し共立の方に来ると春日通りとの交差点に出て、そこには講道館がある。私は中学から大学まで一貫して柔道をやって、講道館でも幾度か稽古をしたので、ここを通ると胸が熱くなる。
ところで、私は八王子市に住んで三〇数年になるが、私の住まいから徒歩数分の至近距離にこれも白山神社という名前の神社があり、その脇の道路がやはり白山通りと名づけられている。私の家はその白山通りの裏通りに面している。私は毎朝、白山通りに出てバスに乗って最寄り駅に向かう。そして共立のある白山通りを目指す。つまり、私は、白山通りから白山通りへ、という往復をほとんど毎日繰り返してこの三〇数年を過ごしてきたことになる。すでにこれら二つの白山通りは私の頭の中で一本の道として繋がれている。
私は、共立を去った後も、この一本の白山通りに寄り添いながら余生を過ごすことになる。