バーミンガムで

 シェイクスピアの生まれ故郷のストラットフォード・アポン・エイヴォンで数日を過ごした後、ロンドンに帰る前に、用事があってバーミンガムに寄った。
 バスで行ったのだが、途中の穏やかな田園風景は日本を思わせるものがあって、心が癒された。
 バーミンガムにあるバーミンガム大学はストラットフォード・アポン・エイヴォンの有名なシェイクスピア研究所の母胎だが、私の用事はそれとは関係なく、ただ日本の知人から頼まれて、ある人を訪ねることだった。
 バーミンガムに着いて、手にした紙に書いてある住所を見ながら一時間ほど歩き回ったが、その住所が正確かどうかも怪しく、しかもイギリスの住宅には日本のような表札がないので、どうしても探し当てることができなかった。道行く人に聞いてみたが、その人にも分らなかった。
 それで、あきらめることにした。
 ロンドンへは電車で帰ることにしていた。しかし、今度はその駅が分らない。
 そこで、道端に佇んでいた警察官に尋ねた。
 彼は親切に教えてくれた。
 それによれば、今立っている緩やかな坂を下って行くと十字路に出るので、そこを右に折れて真っ直ぐ行けば左側に駅の入口がある、ということだった。
 私は、お礼を言ってから、坂を下って行った。
 ほどなく十字路に出たので、言われた通り、右に曲がろうとした。しかし、何気なく左を見ると、少し離れたところに公衆トイレがあることに気づいた。
 私はバスに長いこと揺られてから一時間も歩き回った後だったので、駅に行くのはそこに立ち寄ってからにしようと思った。
 そこで急遽予定を変更して左に曲がろうとして、ふと後ろを見ると、何と先ほどの警察官が、同じところに立ったまま、じっとこちらを見ているではないか。
 明らかに、彼は、私が彼の英語をきちんと理解したか不安で、私が右に曲がるかどうかを見守っていたのだ。だから、もし私が左に曲がれば、「そっちじゃない、右だ、右だ!」と叫びながら駆け寄ってくるだろう。
 その恐怖から、私はどうしても左に曲がることができなかった。そこで、やむなく右に曲がった。
 そして無事に駅にたどり着いた。それからそこで差し迫った要求を満たした。
 これがシェイクスピア研究に関わりの深いバーミンガムでの私の経験の全てである。

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