さんづけ

 最近の若い女性は、好きな歌手・俳優・タレント(特に、それが男性である場合)のことを、「私は○○さんのファンです」のように、さんづけで呼ぶようだ。年配の女性は若いタレントをくんづけで呼んだりもしている。これは敬称というよりは親しみの表現なのだろう。私の記憶では、昔はこういうことはなかったように思う。例えば、石原裕次郎を「裕ちゃん」(これは芸能ジャーナリズムの作り出した愛称だったと思う)と呼ぶことはあっても、「石原裕次郎さん」と呼ぶことはなかったはずである。「裕次郎って、すてき!」とか、「加山雄三って、いいわぁ」とか昔の若い女性は言ったものだ。
 このことは、一般人と有名人との関わりが変化したということだろう。
 昔は有名人というのは、「特別な人」だった。いくら憧れても、さんづけで呼ぶほど親しい存在ではなかった。しかし今では、たとえ特別な存在であるにしても、有名人には、何よりも、「親しさ」が求められているのだろう。
 昔は聞かなかったが、最近では「追っかけ」という言葉をよく聞く。好きなタレントを、公演ばかりでなく、その私生活にまで踏み込んで追い求める。追っかける人の多くは、そのタレントをさんづけで呼ぶようだ。
 また、最近は、テレビのおかげで、やたらに有名人が増えてきて、有名人の大量生産時代、あるいは有名人の使い捨て時代だとも言える。ちょっとしたチャンスさえ掴めば誰でも有名人になれる時代なのだろう。そう特別扱いもしていられないという事情もあるのだろう。
 タレントはもはや見上げる存在ではなく、見つめあう、あるいは手を握り合う存在なのである。
 同時に、最近では、親とか兄弟・姉妹とか、あるいは教師とか友達とかから、「親しさ」が失われているのではないか、という気がする。そういう身近な人の代りを有名人に求めているということはないだろうか。「笑うセールスマン」みたいに、「あなたの心の隙間をお埋めいたします」とひょっこり顔を出してくれるのが有名人というものではないだろうか。
 有名人のさんづけにも、現代人の心の空洞が垣間見えるような気がする。

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