推理小説ならともかくとして、退屈な日常生活の中にあっても、どうしてこういうことが起こり得るのかと不思議に思うことがある。いくら考えても分らないが、しかし、ちょっとした偶然から、ふいにその謎が解けることもある。そうだったんだ! と納得する。それでは、それは感動的な体験かといえば、必ずしもそうではない。なんだ、こんなつまらないことだったのか、と、がっかりしたりもする。
これはそういう例の一つである。だから、つまらない。
私が住んでいる住宅地には一〇ばかりの公園があって、それらを繋ぐ遊歩道もある。従って、散歩には適している――人間の散歩ばかりでなく、犬の散歩にも。
それぞれの人や犬の散歩にはおおむね決った時間があるので、散歩する度に会う人や犬も決ってくる。挨拶しあう仲ではないが、顔だけはよく知っている。
その中に、特に印象に残っている男性がいた。彼は小柄で痩せた老人で、いつも足早に歩いていたから、本人としてはジョギングのつもりだったかもしれない。
彼はかなりの犬好きだったようで、飼い主に連れられた犬と行き交うとき、決って犬に飛びつくように近寄ってその頭や背を撫でた。犬の方でも、引かれた綱を引っ張るようにして彼に飛びついて、頭や体を彼に擦り付けた。そして、お互いの顔を近づけて、ほとんどキスをするのではないかと疑われるほどに、顔も体ももつれ合わせた。
犬の飼い主は、ただあきれて、その場に立ち尽くすだけだった――私も。
しばらくそれを続けてから、別れてそれぞれの歩みを始めるが、老人はすぐに次の犬に出会う。そして同じことが始まる。
老人が無類の犬好きであることはよく理解できたが、どうして行き交う犬の全てが彼にあれほどの好意を示すのかが私には理解できなかった。犬は、犬同士ではじゃれあうが、行きずりの人間にはあまり親しみを見せないのが普通なのだ。
私は長いあいだそれを疑問に思っていた。
しかし、ついにその謎が解ける日が来た。
ある時、私が見ていると、老人は犬の体を撫でていた手の一方を犬から離して、ふいに自分のズボンのポケットに入れた。そして、そこから握りしめた手を引き出して、それを少し開きながら犬の口になすりつけた。犬はちょっと舌を出して、何かを口に入れた。
それで分った。老人は犬に食べ物を与えていたのだ。犬もそれを熟知していて、食べ物が欲しくて老人に纏わりついていたのだ。
それは向い合っている老人と犬との間のことで、明らかに飼い主はそれに気づいていなかった。
老人は犬の歓心を買いたくて、それで飼い主に内緒で食べ物を与えていたのである。
あれを袖の下と呼ばずに何と呼ぼうか。
賄賂で繋がれた醜い関係は人と犬との間にもあったのである。
つまらない話でした。