三人殺さなければ医者は一人前になれない、とどこかに書いてあるのを読んだことがある。どんな名医でも若いときに手術のやり損ないや誤診などで患者を何人か死に至らしめたことがある、という意味で、勿論、冗談に類するものだろう。
しかし、嫌でもこの言葉を思い出すときがある。
いつだったか、大病院の人間ドックで検査を受けたときのこと。
その検査項目に胃の内視鏡検査が含まれていた。そのときの担当医は若い男性だった。胃カメラを喉から入れる時に、既に激しい痛みがあった。私はそれまで何度も胃カメラを飲んだことがあるが、それは体験したことのない痛みだった。そして、胃カメラが下がってゆくにつれて、それはさらに激しいものになった。胃の中を胃カメラが動くにつれて、あまりの痛さに私は身悶えせざるを得なかった。私の体を止めるために、看護師が両手で私を押さえつけた。自分は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな目にあわなければならないんだ、と私は思った。
ようやくその地獄の時間が終って、しばらく待ってから別の医師との面談になった。それは年配の女性だった。
彼女は画像をしばらく見ていたが、不思議そうに、
「あちこちに擦ったような跡がありますね。これは何でしょうね。ほら、喉にも赤くなっているところがある」
と言って、喉のその部分を指で示した。
「それは胃カメラが通った跡ですよ」
と私は不機嫌な声で言った。
病院は、政治家や有名人が来ると、主任クラスのベテラン医師が対応し、紹介状を持ってきた人にもそれなりに配慮するのだろう。しかし、どうでもいいような患者が来ると、「おい、お前、ちょっとやってみろ」と若い医師を指名するのではないか、と私は邪推した。
しかし、それは一概には非難できない。最初から名医というのはありえない。誰だって、経験を積んで一人前になるのである。たまたまその経験の始まりの時期に出くわした患者は不運としか言いようがない。
まあ、医学の進歩に貢献したと思ってあきらめるほかないだろう。
それにしても、まだ慣れていないと思えば、もうちょっと丁寧にやってよ、と私は言いたい。