八王子駅北口の駅前通りでのこと。
歩いている私の前を、若い母親が幼稚園生ぐらいの幼い男の子の手を引いて歩いていた。
そこに、後ろから男の子の兄と思われる小学校高学年ぐらいの少年が走ってきて、走った勢いを保ったまま、いきなり弟の股間を後ろから蹴り上げた。そしてそのままどこかに走り去った。
その蹴り方からして、恐らく彼はサッカークラブにでも所属していたのだろう。
弟は泣きもせず、無言のまま、その場に崩れ落ちた。
どこか遠くを見ていて「現場」を見ていなかった母親は、驚いて、
「どうしたの、ぼく、どうしたの」
と叫んだ。そして子供の体をゆすったが、子供は何の反応もしなかった。
ひどい衝撃を受けた幼い子供が泣きもしないということは、只事ではない。
どうやら現場を見ていたのは私だけのようだった。それなら、唯一の目撃者として、私には事実を報告する義務があるのではないか。
そこで私は近寄って行って、母親に言った。
「お兄ちゃんが後ろからこの子の股を蹴り上げたんですよ。そこは男の急所と言われる所なので、ちょっと心配ですね。すぐそこに交番がありますから、救急車を呼んでもらうのがいいと思いますよ」
それは単なる目撃情報を越えたものだったが、私には言わずにはいられないという思いがあった。
それ以上に私にすることがあるとも思えなかったので、そのまま私はそこを離れた。母親とは一言も言葉を交わさなかった。
だから、後がどうなったかは知らない。
あの子が無事だったことを祈るばかりである。