アバン


時は劇ナデ終了後、The Missionのちょい前ぐらい
遺跡に融合されていたユリカさんも無事に退院し、
取り敢えず昔の生活が戻りつつありました。

でも昔夢見たことと、今の自分の居場所が違うのは往々にしてあること
昔の夢を懐かしがって思い耽ることもある
立ち止まって振り返ることもある

でもそれが過去の夢だなんて事は決してない
気持ち次第で今いる場所がスタート地点にもゴール地点にもなるのだから

ああ、このお話って一応Princess of Whiteを読んでなくてもわかりますのでそのつもりで。



CDショップ・店頭


エリ「以上、ホウメイガールズの新曲、キッチンパーティーを聞いていただきました♪」
ジュンコ「この後は私達のサイン会があるので引き続きお楽しみ下さい♪」

そういうと会場に設けられたミニステージの上でホウメイガールズ5人は深々と会釈した。しかし返ってくる拍手はまばらだった。

ここは少し大きめのCDショップ
彼女達はここに新曲のプロモーションに来ていたのだ。

いや、プロモーションと言えば聞こえがいいが、単なる営業活動・・・しかもかなり自腹に近い。
何故彼女達がこんな事をしているかと言えば話は長くなる。

ナデシコAを降りた後、彼女達は声優に復帰したメグミのツテで何とか芸能界デビューを果たした。しかも幸運なことに比較的ビックな企画のマスコットガールに選ばれた。
そう、ヒサゴプランのマスコットガールである。
誰もが幸運を掴み、人気新人アイドルに成長するだろうと思っていた。

だが、ケチが付いた。

そう、ヒサゴプランは実は火星の後継者の隠れ蓑だったのである。
火星の後継者の首謀者、草壁春樹が起こした第一次火星極冠事変にて統合軍は内部分裂し、あわや主流派と反主流派で地球圏に大きな戦争が起ころうとしたとき、幸いにも宇宙軍によるナデシコCが彼らを取り押さえた。

そこまでは良かったのだが、問題はその後の話である。

ヒサゴプランは事実上頓挫に陥った。
仕方がないことだが、中心となるアマテラスコロニーが破壊され、多くのコロニーも謎の幽霊ロボットによって破壊された。
残った航路も火星に直接いけるルートは潰されて利用価値はかなり下がった。
しかも火星の後継者の隠れ蓑という汚名を着たことから復旧の予算も積極的には着かず、半ば放置に近いありさまとなってしまった。

当然割を食うのはそれで売りだそうとしていたホウメイガールズ達である。
しかもヒサゴプランのメインスポンサーはクリムゾングループ
だが、彼女達はナデシコCの側面支援に参加した。

まぁ後は言わなくてもわかるだろう

干される程ではないが、仕事がない状態
で、結局は営業活動に自らまわらないといけない状態に陥っていたのだ。

ハルミ「今日もお客さん、少なかったね」
サユリ「そ、そんなことないわよ」
ミカコ「あたし達、これからどうなっちゃうの?」
サユリ「大丈夫、何とかなるわよ!
 みんな歌うの好きでしょ?」
エリ「そりゃ、そうだけど・・・」
サユリ「なら、頑張ってみよう?」

リーダー役のサユリは何とかみんなをなだめる。

が、そんなサユリが実は一番今の生活に疑問を感じていたのかもしれなかった・・・



Nadesico Intermezzo
Episode2 〜夢の中へ〜



サユリ・自宅


「暇・・・」
今日は久々のOFFだった。
売り出してからこっち、滅多に休みなど無かった。
キャンペーンのためにあちこちかけずりまわっていたのだから仕方がない。
寝る間も惜しいほど仕事はあったが、それらの仕事は皆おもしろく、疲れも感じなかった。

でも今の生活は違う。

ひたすら手応えのない、日によっては聴衆もいない場所で歌う毎日
かと思えば持て余すほどの休暇・・・単に仕事がないだけなのだが・・・が湧いてくる。
その休暇も気晴らしが出来ればいいのだが、やはり現状が現状なのでそんな気分にもなれない。

滅入るばかりだった。

グギュルルルルル・・・

「なんて、センチなことを考えていても人間、お腹だけは空くのよねぇ(苦笑)」
サユリは少し恥ずかしい気分になったのだが、やはり空腹は満たさなければなるまい。

で、お昼ご飯をどうしようかと考えたのだが・・・

「コンビニでおにぎりっていうのも味気ないし・・・」
と起きあがったサユリの目に入ったのは・・・

「そういえば調理器具一式揃えたんだっけ・・・」
キッチンには小さいながらも鍋や包丁、まな板などなど立派な調理器具が並んでいた。
「そう言えばアキトさんに感化されて買ったんだっけ・・・」
アイドルになる前、ナデシコAを降りた頃に買い揃えたモノだ。
これでもあの当時はコックになるつもりだった。

料理は好きである。
そうじゃなければナデシコ食堂でアシスタントなどしていたはずがない。
でもどちらかと言えばアルバイト気分があったのかもしれない。
なってもパティシエとかお菓子作りなど趣味と実益を兼ねるところがあったのかもしれない。

でも、何時だったか・・・

「アキトさんのチャーハン、おいしかったなぁ」
まだナデシコのクルー達がサセボのナデシコ長屋に抑留されていた頃、アキトが才蔵の所に修行に行っていて、よくその試食を食べさせてもらいにお邪魔していたことがあった。

「あれってどんな味だっけ・・・」
サユリは味を思い出してみる。
あの頃のアキトは日に日に上手くなっていった覚えがある。
そんな彼に憧れることもあった。
純粋に料理人としての憧れと、成長する男性の魅力に惹かれていたこともある。

「久しぶりにチャーハン食べたくなったなぁ・・・」

サユリは暇に飽かせて作ってみることにした。
材料であるが・・・・
ご飯は昨日のご飯の残りがジャーにある。
具は卵にベーコンが少々、タマネギ、蒲鉾・・・うん、大丈夫
調味料は・・・塩にコショウにお醤油、

まずはタマネギを炒める
しんなりするまで中火でじっくり
次にベーコンや蒲鉾などの具を入れてさっと火を通す
あらかた炒めたら溶き卵を入れて固まらない程度に火を入れる。

最後にご飯だ。
これは少し冷ましておいたモノだ。

ここからは強火でさっと炒める。
肝心なのはご飯を上手くほぐすこと
そしてフライパンを振って宙に舞わすことだ
宙に舞わすことによりご飯が熱気に直に触れる。
するとパリッと炒めあがるのだ。

「我ながら上出来♪」
これでもサユリは料理が上手い。
門前の小僧ではあるが、コックになりたいなぁと漠然と思っていたくらいである。
最初の内は買った調理器具で練習もしていた。

・・・まぁアイドル時代は忙しくてホコリをかぶっていたが・・・

でも自分でもなかなかの腕だと思う。
ちょっぴり嬉しくなって早速出来たチャーハンを試食してみることにした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

なんか違う。
見よう見まねでアキトが作っていたのを真似てみたのだが、なにか違うのだ。
味もそうだけど、ベタベタしているところとか
いわゆる美味しくないのである。
素人料理にしてみれば十分かもしれないが、あの頃の味を知っている以上、これは違うと思ってしまう。

「・・・・・作り直そう」

その日、サユリは三食ともチャーハンを食することになった(笑)



ミニライブ・楽屋


サユリ「さぁみんな、食べて食べて♪」
ミカコ「うわぁお弁当?」
ハルミ「サユリちゃんの手作りなんだ♪」
エリ「・・・とうとう仕出し弁当も出してもらえなくなったのね・・・」
ジュンコ「エリちゃん!」
サリナ「あはははは、そういうんじゃないだけど。
 作りすぎちゃったんでみんなにお裾分け・・・」

少し大きめのバスケットを持って現れたサユリが本番前のみんなにお弁当を差し出したのだ。だが、開けてみてびっくり!

ミカコ「・・・・・・・・・中華?」
ハルミ「チャーハンに餃子?」
サユリ「あははは、冷めても美味しいから(汗)」
ジュンコ「お、美味しそうね」
エリ「そう?」
サユリ「あ、遠慮しないで食べて食べて」

遠慮はしていないが、お弁当に中華とは・・・

みんな恐る恐る箸を付ける。

サユリ「どう?美味しい?」
ハルミ「美味しいわよ(お弁当じゃなければ)」
ミカコ「うわぁ、サユリちゃん凄い(でもお弁当じゃなければ)」
ジュンコ「美味しい美味しい♪(でもなんでお弁当なんだろう?)」
サユリ「良かった。美味しいかどうか不安だった・・・」
エリ「でも何で中華でお弁当なの?」

部屋の空気が一瞬凍る。
聞いてはいけないことのようにサユリは凍り付いた。

サユリ「やっぱり中華でお弁当は変よね・・・・」
ハルミ「そんなことない、そんなことないわよ!
 ねぇ?」
ミカコ「うんうん!」
ジュンコ「中華料理でお弁当なんて斬新で流行るんじゃない♪」
エリ「でも変よねぇ」
サユリ「・・・・・・・・・・・・・・・」
ハルミ「気にしないで!」
ミカコ「そうよ!」

とまぁなんだかんだあって、その日のミニライブどうなったかは想像にお任せします。



日々平穏


さてさてしばし落ち込んだサユリであるが、そこで諦めないのが彼女の性格である。

で、料理を誰に習えばいいのだろう?
と思い立ってやってきたのがホウメイのお店、日々平穏であった。

「ホウメイさんも忙しいし、お料理を教えてもらえるどころじゃないかもしれないけれど・・・」

それでも思い立ったら行動してみてダメだったら次の方法を考える。
それが彼女の良いところであり、今までホウメイガールズを引っ張ってきたバイタリティーである。

勇気を出して暖簾をくぐるサユリ。
すると店内からかけ声が聞こえてきた。

ホウメイ「いらっしゃい!
 ・・・ってサユリちゃんじゃないかい」
サユリ「ホウメイさん、お久しぶりです〜」
ホウメイ「久しぶりって、この前夏にあったばかりじゃないかい」
サユリ「あははは・・・そうでした。」

なんとか愛想笑いをするサユリ
なかなか切り出すきっかけが難しい。

ホウメイ「どうしたんだい?わざわざヨコスカまで食事に来たんでもないんだろ?」
サユリ「えっとそれはその・・・」

もじもじするサユリ。
だが意を決してお願いすることにした。

サユリ「ホウメイさん、私に料理を教えて下さい!」
ホウメイ「はぁ?」
突然のお願いに目を丸くするホウメイであった。



スタジオ・楽屋


「お疲れさま」
「「「「「お疲れさまでした♪」」」」」
出番が終わって挨拶をしてスタジオの楽屋へ戻るホウメイガールズ達。

だけど・・・・

エリ「サユリちゃん、大丈夫?」
サユリ「あははは・・・ごめんねぇ〜」
ハルミ「サユリちゃんにしては珍しいねぇ、本番トチるなんて」
サユリ「いやぁ、ちょっとねぇ・・・」
ミカコ「なんか疲れてるっぽいんだけど・・・何かあったの?」
サユリ「何でもないのよ、あははは・・・・」
ジュンコ「その割には元気ないけど・・・」

みんなに詰め寄られるサユリ
確かに少しくたびれているっぽくて、そのせいか、本番でもトチってしまったみたいだ。当然メンバーのみんなは心配してくれているのだが・・・

サユリ「それより、お弁当食べる?
 今日も一杯作ってきたの♪」
エリ「・・・ひょっとしてそれ作って疲れたの?」
サユリ「そ、そんなことないよ(汗)」

必死に誤魔化そうとするが、根が正直なサユリは誤魔化すのが苦手だった。
だが知られるわけにはいかない。

なぜなら・・・・日々平穏でアルバイトしているなんて口が裂けても言えなかったからだ。



日々平穏


なぜこうなったんだろう?
サユリはたまに思う。
仕事が暇な日は日々平穏に通ってアルバイトしている。
狭い店なのでウエイトレス兼皿洗いだ。

自分は料理が習いたかっただけなのだが・・・

「狭い店だからあれだけど、何でもやってもらうよ」

そう言われてエプロン渡されてお客さんの注文を聞いて、出来た品物を運んで、そしてお皿を下げてきて、そして自分で洗うのである。
それだけじゃなく、下拵えなんかもやらされる。

でもやりたかったのは料理なんだけど・・・

そう思いながらもサユリは黙々と仕事を続けた。
ホウメイさんには考えがある、そのうち何か教えてくれる・・・そう思って待っていたのだが、ずっと黙ったままお店の手伝いをさせられていたりした。

そうはいってもお店の仕事が苦になるわけじゃない。
ナデシコA時代にアシスタントをしていたぐらいだから、これぐらいカンが戻ればどうってことはない。
毎日食べに来てくれるお客さんの笑顔は嫌いじゃない。
むしろ心地よい。
でも、日々料理の腕も上がらずぼーっと同じ事の繰り返しというのが苦痛なだけなのだ。

今日こそは!
その気持ちをぶつけようと思っていたのだが・・・

シャリシャリシャリ

下拵え用にジャガイモの皮を剥いているのだが、これがなかなか手間取って終わらないのだ。

ホウメイ「なんだい、まだ終わらないのかい?」
サユリ「あ、済みません」
ホウメイ「そんな剥き方だと食べるところなくなっちまうよ?」
サユリ「ご、ごめんなさい・・・」

サユリが恐縮するとホウメイは何も言わず、黙ってサユリの隣に座り皮むきをし出した。
手慣れた手つき、まるで手元を見ていないかのような仕草
それでいて両手は淀みなく動き、見る見るうちに一つのジャガイモの皮むきが終わる。
そして無言でそれらを続ける。

しばらくの後・・・

ホウメイ「んじゃ後はお願いだよ」
サユリ「あ、はい・・・」
結局ホウメイは自分が剥いたのより遙かに多い量のジャガイモを剥いて去っていった。
しかもそのどれもが自分よりも速く、しかも奇麗で丁寧な仕事だった。

・・・・・

サユリは思い知った。
厨房の下働きなんてと思っていたことを自分が如何に出来なかったのかを。



スタジオ・楽屋


エリ「サユリちゃん、お料理上手くなった?」
サユリ「え?そう?」
ミカコ「本当、このさっくり感がいいよねぇ」
ハルミ「本当本当」

みんなが口々に美味しいと言ってくれる。
自分ではそれほど成長しているように思えなかったのだが・・・

その理由をサユリはその日の日々平穏で気づくことになる。



日々平穏


ホウメイ「まだ千切り出来ないのかい?」
サユリ「済みません・・・」

そう言うと今日もホウメイは無言で隣で同じ作業をしていた。
思わずホウメイの作業を黙ってみるサユリ

ホウメイ「何ジロジロ見てるんだい、開店までに間に合わないよ」
サユリ「あ、はい!」
そう言われながらもサユリは横目でホウメイを見る。

最近気づいたのだが、ホウメイは自分が自信なさそうに下拵えをしているときに限ってぶっきらぼうに手伝ってくれる。
そのことにサユリは気が付いたのだ。

そしてそれをマネしている自分に気が付いた。
横目で見て、試してみる。
・・・すごく合理的だ。
手早く出来て、しかも丁寧に出来る。

そのせいで最近下拵えの腕だけは上がってきた。

今日もさっそくホウメイさんの動きをマネしてみる。
やっぱり上手く行った。
でもこれって・・・・ホウメイさん、それとなく私に教えてくれているわけ?

そんなことを思っているとホウメイさんはポツリと話し出した。

ホウメイ「サユリちゃんが『なんで料理を教えてくれないんだろう?』って思ってるのは知ってるよ」
サユリ「え?あ、その・・・」
ホウメイ「でもねぇ、あたしには正直サユリちゃんに教える事ってあまりないんだ」
サユリ「え?」
ホウメイ「サユリちゃんの腕は十分だよ。将来の旦那さんや友達みんなに振る舞う程度にはね」
サユリ「でも・・・」
ホウメイ「でも、あたしやテンカワの料理とはどこか違う・・・
 そう言いたいんだろ?」
サユリ「ええ・・・」
ホウメイ「でもあたし達が身につけているのは大勢の人達に食べさせる技術さ。
 如何により美味しく、より手早く、時にはめいいっぱい時間をかけ、より正確に、同じ味をムラなく作るか、そういった技術の固まりさ。でもそれは家庭料理とは違う」
サユリ「それって・・・」
ホウメイ「あたし達は日々幾ばくかのお金を得るためにお客さんに料理を作る。
 それは毎日が真剣勝負さ。
 お客に美味しいと思ってもらう為に手間と暇をかける。
 そしてかけすぎてコストが高くなればお店は立ち行かなくなる。
 いつもそのせめぎ合いさ。
 でも家庭料理は違う。
 忙しいときは手を抜いても良い、暇なときはいくらでも手をかけて良い。
 まぁ足りない物といえば調理器具に凝れないことぐらいかねぇ。大きなオーブンはさすがに家庭じゃ置けないだろうから。
 だからサユリちゃんがあたしの所に習いに来るって事はそういう次元の違うところに足を踏み込むってことさ。
 趣味以上の、日々の生活以上の、何かを追い求める生活に身を置くってことさ。
 ただ趣味で料理が上手くなりたいなら料理雑誌を見る方がいい。
 その方がよっぽど上達する」

そう言ってホウメイは机の上に料理雑誌をドンと置いた。
サユリはその意味を悟った。
ホウメイはちゃんとした料理人になるかどうかを問うているのだ。

そしてホウメイはなおも続ける。

ホウメイ「そういやさぁ、あたしもコックの下働きさせられていた頃はなんで料理させてくれないんだろうって、不満タラタラだったねぇ。
 でもあとで気づいたんだ。
 同じ同期の奴が上に行くのを見て、あいつとあたしの違いってなんだろうって。
 でもね、違うんだよ。他の奴はたとえ下働きだろうが、どん欲なんだよ。
 皿洗いをしながらお皿に着いたソースの味を見る。
 洗うモノがないときは厨房を熱心に観察して先輩の仕事を盗もうとする。
 野菜をいじるとき、それが新鮮かどうか見極めようとする。
 そしてナイフ一つ入れる角度が変わるだけで食材の味や舌触りが違うことを知ろうとしている」
サユリ「あ・・・・」
ホウメイ「そして店を構えた今でも思うねぇ。
 あたしの知らないことは山ほどあるって・・・
 妥協をしたらそこまでだ。知ろうと思わなければ永遠に見えない。
 だから長い下積みなんて今時流行らないかもしれないけど、あたしは大事だと思う。
 あの頃があったからこそ、今はどん欲に料理を作りたいと思う。
 どんなことでも試したいと思う。
 レピシに書いてあることが全てじゃないと思える。
 もっと美味しくする方法があるんじゃないかって思えてくる。
 それをあの頃に教えてもらった気がする・・・」
サユリ「・・・・・」
ホウメイ「だから、あんたには料理も教えず下働きばかりさせたけど、でもこれがあたし達の偽らざる日々の生活さ。
 お客の入りを予想して食材を仕入れる。
 地味だけど下拵えをする。
 注文を取る、料理を作る、そしてお客へ運ぶ
 お代を頂く、お皿を下げる
 食べ残しがあったらがっくりして今日のお皿がなぜまずかったのか考える
 奇麗なお皿を見たら心の中でガッツポーズを取る
 お皿を洗いながら今日は何が売れて何が売れなかったのか考える。
 そして明日の朝の仕込みをやって厨房を掃除して一日が終わる。
 ドラマみたいなことはなにもないよ。
 これが料理人の一日さ。
 だけどあんたにはこの生活を好きになって欲しかった。
 だから不満だったと思うけどあえてやってもらった。
 まぁただ料理が上手くなりたいだけのあんたには迷惑だったかもしれないけどね・・・」
サユリ「そんなことありません、そんなこと・・・」

サユリは自分の不明を恥じた。
そしてホウメイが暗に本職の料理人にならないか?と言っていることに気づいた。

ホウメイ「でもさぁ、あんたにアルバイトさせてあげられるのももうちょっとだけなんだ」
サユリ「え?私はクビですか!?」

ホウメイの突然の言葉に驚くサユリ。
でもホウメイは首を振る。

ホウメイ「ナデシコBからお誘いがあってさ。
 ルリちゃんに頼まれたんだけど、なんでも艦長候補生の訓練航海に出るらしく、コックやってくれってお願いされているのさ。
 この前は断ったろ?でも今度こそは!って請われてるんだ。
 んで2〜3ヶ月はかかるっていうんで、行くとなったら店を閉めなきゃいけない。」
サユリ「そうなんですか・・・」

せっかくいろんな事に気づいたというのに、もう終わりなんて・・・

そう、サユリが落ち込んでいるのを見てホウメイはもっと驚くことを言ってのけた。

ホウメイ「でだ。サユリちゃんさえ良ければその間、この店やってみないかい?」
サユリ「え!?」
ホウメイ「常連さん達にしばらく店を閉めるって言うのも気が引けるしさぁ。
 サユリちゃんさえ良ければ開けてくれると助かる」
サユリ「でも私、お店なんて・・・」
ホウメイ「大丈夫、今まで下働きしてくれたのがお店の全てさ。
 それがこなせるなら何も問題ないよ」
サユリ「でも味とか、料理の腕とかホウメイさんに全然適わないし・・・」
ホウメイ「無理にとは言わないよ。
 そのつもりになったらで良い。
 あと2週間ぐらいは時間があるから」
サユリ「・・・・・・・・・・・・・・・考えさせて下さい」

サユリにはそれだけ言うのが精一杯だった。



スタジオ・楽屋


さてさて、どうしようかサユリが悩んでいる内に数日が過ぎた。
そしてそれは突然起こった。

ジュンコ「すごいの!お仕事決まったの!!!」
一同「え!?」
ジュンコ「そうなの!メグミさんがプロデューサーさんを紹介してくれて♪」
ミカコ「持つべきはお友達ですね♪」

聞くところによると結構大きい仕事らしい。
これが上手く行けばこんな生活からはおさらば出来る!

そうみんなが喜び合った。
でも浮かない顔の者が一人

そう、サユリである。

『今、お仕事を辞めるって言ったら・・・』
多分今回来た仕事もパーだろう。
ホウメイガールズが5人組から4人組になってしまう。
人気がないのに耐えられずにメンバーが抜けたという噂もたつだろう。
彼女たちの飛躍をのっけから躓かせてしまうことになる。
何より自分はリーダーだ。
それが上手く行きかけている仕事があるのを放りだして辞めるなんて・・・

その罪悪感がサユリを押し留めていた。

でも・・・・・

自分は本当は何をやりたいのだ?
コックか?
それともアイドルか?
アイドルだって好きでやり始めたはずだ。

確かに、ミーハーで始めたかもしれない。
でも歌も踊りも好きだった。それで始めたはずだった。
だからこそ売れない今でも続けている。

なのに今辞めてコックになるのは売れない生活から逃げたいんじゃないのか?
そう思ってしまう。
どうしても自分を責めてしまうのだ。

だからどうすればいいのか自分でもわからなかった。

それを目聡く見つけたのが・・・

エリ「サユリちゃん、どうしたの?うれしくない?」
サユリ「え?そんなことないけど・・・」
エリ「・・・ひょっとしてコックになりたいの?」
サユリ「え!?」

動揺してしまった。図星を突かれたから。
とっさに平静を装うことが出来なった。
だからバレてしまったのだ。

エリ「やっぱり・・・」
サユリ「ど、どうしてそれを・・・」
エリ「そりゃ、毎日山のようにお弁当の差し入れをしてくれればね。
 うすうす感づいちゃうし。それに噂もあったし」
サユリ「噂?」
ミカコ「あの噂って本当だったんですか!?」
ジュンコ「そうそう、ホウメイさんの日々平穏で働いているって!」
サユリ「な、なんでその事を・・・」
ハルミ「サユリちゃん自覚無さ過ぎ。」
エリ「そりゃいくら売れないアイドルとはいえ、ホウメイガールズのリーダーが中華料理屋で働いていれば噂にもなるわよ。」
サユリ「あ・・・・」

そんなことを失念していたなんてサユリも自覚がないんだか。
でも、みんなに詰め寄られて悪いことを見つかった子供みたいに恐縮してしまっていた。

ミカコ「・・・アイドル辞めちゃうなんてないですよね?」
ハルミ「私達、ずっとこれからも一緒にやっていくんだよね?」
ジュンコ「やっとお仕事も軌道に乗り始めたのよ。私達の夢がもう少しで叶うのよ!」
エリ「それを今が辛いからって夢を捨ててコックになっちゃうの!?」
サユリ「あの・・・」

わかってる。アイドルになって売れるのが彼女たちの夢だ。
普通の人から見たら売れない辛さに耐えかねてアイドルを辞めたみたいに見えるだろう。夢を捨てたように見えるかもしれない。

でも・・・
でも・・・

考えて見た。
自分の夢は何なのか・・・

コックを選ぶということはアイドルの道を諦めるということだ。
そしてアイドルの道を選ぶということはコックの道を諦めるということだ。

諦めろと言われてどっちが辛い?
どっちが本当の夢?

そして・・・

サユリ「私、この数週間、ホウメイさんのお店でお仕事できて楽しかった・・・」
エリ「でもお料理なら趣味でも出来るじゃない・・・」
サユリ「違うの。毎日毎日食べに来てくれる人の顔を見るのがうれしかった。
 自分が作った料理じゃないけど美味しいって笑ってくれる人の顔を見るのがうれしかった。
 たまにはお客さんが少なくてがっかりしたり、お昼時は死ぬほど忙しくてヘトヘトになったけど、自分の頑張ったのが手応えになって現れるのが楽しかった。
 毎日毎日野菜を弄ってばっかりだったけど、美味しそうな野菜が手に入ったときはとってもうれしかった。
 ちょっとずつだけど、料理の腕が上手くなるのがたまらなくうれしかった・・・」
ジュンコ「でも、アイドルだってみんなに笑顔を与えることが出来るんじゃないの?」
サユリ「・・・作りたいの。アキトさんみたいに美味しいチャーハンを。
 あの味は多分同じ料理人になってお客さんの前に出ないと出来ないと思うの・・・」
ハルミ「そんなこと言われても、サユリちゃんが今いなくなったらあたし達、どうすればいいの?」
サユリ「わがままだと思っている。中途半端に投げ出すんだってことは十分わかってるの!
 でも・・・・
 でも・・・」
ミカコ「サユリちゃん、辞めないで!!!」
サユリ「・・・・・・・・」

サユリはみんなの引き留める声に心を痛めながらも、それよりもコックになる夢を捨てるという喪失感の方がそれらを勝った。
みんなにとってはアイドルになることが夢かもしれない。
でも今頃気づいたのだ。
自分にとっての夢がこんな場所にあったなんて
諦められない夢だって事に・・・

サユリ「ごめんなさい・・・」

場が沈黙に包まれる。

そして最初に口を開いたのはエリだった。

エリ「・・・辛いからって逃げ出してくるのはなしよ?」
サユリ「え?」
ミカコ「だ、ダメだよ!サユリちゃんがいなくなっちゃ!!!」
エリ「サユリちゃんの夢はここにはないのよ。それでも私達は自分達のエゴのために彼女を引き留めるの?」
ミカコ「それは・・・」
ハルミ「そうだよね。サユリちゃんのお料理美味しかったし、プロになれるよねぇ・・・」
ジュンコ「さびしくなるなぁ・・・」
サユリ「でも、お仕事とかどうするの?」
エリ「大丈夫、大丈夫。今更仕事の一つや二つが無くなったからって状況変わらないし(笑)」
ハルミ「これ以上無くなるのはイヤかも(苦笑)」
ミカコ「サユリちゃん・・・」
ジュンコ「ミカコちゃん、笑って送り出してあげましょう?」
サユリ「みんな・・・」
エリ「その代わり、お店に行ったときには奢ってね?
 私達もめいいっぱい宣伝してあげるから♪」
サユリ「うん!」

少女達は手に手を取って別れを惜しみ、そして仲間の新たな門出を祝った・・・



日々平穏


ホウメイ「んじゃ、後は任せたよ」
サユリ「はい!」
ホウメイ「とはいえ、数ヶ月後に戻ったら常連さんがいなくなった・・・ってのはなしだよ?」
サユリ「あははは・・・・精進します」
ホウメイ「冗談だよ。肩の力を抜きな」
サユリ「いやぁ・・・」

それとなくプレッシャーをかけるホウメイに苦笑いをするサユリ。

今日はホウメイがナデシコBに乗り込む日
明日には新しい艦長候補生が来て出航するそうだ。
それまではサユリが店を預かることになる。
今日まで特訓した。料理の味付けも必死に覚えた。
これからが本番勝負。
長い長い料理人としての人生が始まる。
飽くなき味との戦いの日々だ・・・

ホウメイ「そう言えばあの子達、大丈夫かい?」
サユリ「大丈夫みたいですよ」

幸いにもメグミが持ってきた仕事はホウメイガールズが4人になってもやらせてもらえることになった。
もっともそれは売れていないのが逆に良かったみたいだ。
もし人気アイドルならリーダーが辞めたことを売れない苦労が嫌になって辞めたと週刊誌が書き立てるだろうが幸い売れてない彼女たちはそんな事で騒がれることも無かった。
まぁ一部のファンサイトのBBSで話題になったみたいだが・・・

ホウメイ「んじゃ、留守番は頼んだよ」
サユリ「はい!」

ホウメイを見送った後、サユリは厨房に戻る。
お店を開けるための下拵えをするために。

人はアイドル時代の方が夢のような生活だと言うだろう。
でも今はここが私の夢の場所。
夢の場所からドロップアウトしたのではない。
自分はこれから夢の中に行くのだから

いつかアキトさんが作ってくれたようなチャーハンを作るために・・・
例えその本人がもうチャーハンを作らなくなったとしても・・・
それはもう私の夢なのだから・・・

まぁその数ヶ月後に自分もナデシコに乗り込んでアキトさんと出会うことになるのですが、それはまた別の講釈で・・・



ポストスプリクト


Episode2って続いたねぇ(笑)
intermezzoは「間奏曲」という意味があります。
その名の通り、このシリーズはこういう幕間のお話を取り上げようかと思っております。

一応、リベ2のサユリがなぜアイドルを辞めてコックになったかといったお話です。書こう、書こうと思っていてやっと書いたこのエピソード。
リベ2ではサユリが結構都合で登場したのですが、書いている内にこんな事になりました。結構サユリのエピソードが好きだったのですが、これでお店を持つまでのサユリン一代記が完結したかなぁ〜と思います(笑)

さてさてこのシリーズ次は誰だろう?
リョーコあたりかな?(笑)

ってことで感想をいただけるとありがたいです。
では!

ver1.01
・AKF-11 様