時は劇ナデ終了後、The Missionのちょい前ぐらい
遺跡に融合されていたユリカさんも無事に退院し、
取り敢えずテンカワファミリー(−1)の生活が戻りつつありました。
でもやはり時は流れるもの
元の生活に戻るのがはたして本当の幸せなのかどうなのか・・・
ああ、このお話って一応Princess of Whiteを読んでなくてもわかりますのでそのつもりで。
ツルツルー・・・・・(←ルリ)
ズズズー・・・・・ (←サブロウタ)
ズルルルー・・・・・(←ハーリー)
三者三様、仲良く長椅子に座ってラーメンをすする制服姿のルリ、サブロウタ、ハーリーの三人。ルリたちは屋台でラーメンをすすっていた。
「どう、美味しい?」
三人がラーメンをすする様子をニコニコしながら眺めるのはその屋台の女主人であった。
「お、おいしいですよ・・・ユリカさん・・・」
ルリは少し引きつり笑いをしながら答える。
「そうか、そうか、うんうん!!」
一人納得してうれしそうにうなずくその屋台の女主人ユリカであった。
彼女がここで何をしているかって?
それはアキトがかつて使っていた屋台を引っ張り出してきてラーメンの屋台を営業しているのだ。(屋台そのものはウリバタケが預かっていたらしい)
アキトがルリに渡した天河流ラーメンのレシピをユリカは譲りうけて、その内容通りにラーメンを作って売っているのである。
ユリカ曰く
「アキトが帰ってきたときの為に常連さんたちを少しでも取り戻しておかないとね♪」
だそうだ。
だが、その味が本当に常連さんたちを呼び戻せるかどうかは・・・ルリたちの顔を眺めてもらえばわかると思う。なんとも表現しようのない顔をしている(笑)
『いつまで通い続けなければいけないんですか?』
サブロウタは小声でルリに尋ねる。
『ユリカさんが満足しているうちは通いますよ』
『そ、そんな〜〜〜』
ルリのその声にハーリーは情けない声をあげる。
『だから付いてこないでいいって言ったじゃないですか』
『そ、それは・・・・・』
ハーリーの男の純情を気づかないフリをしてバッサリ切り捨てるルリ。
ルリも自分だけ不幸を甘受するのは嫌らしい(爆)
それはともかく・・・・
『いつまでこんな事するんでしょうね・・・・・』
とルリは思う。
サブロウタではないがルリもそう思う。
言っちゃ悪いが、ユリカには料理の才能はないと思う。・・・そういうルリもそうだが。
確かに最初のころのラーメン・・・とてもラーメンとは呼べない液状の物体・・・からすればだいぶマシになってきた。でも、どう考えてもこれはアキトのラーメンではない。
やはりアキトの味はアキトにしか出せないのだろう。
ユリカやルリにはアキトの代わりなど出来ないのだ。
しかし今もユリカはここでラーメン屋の屋台を開き、ルリはそれを食べに来ている。
最初は退院まぎわの落ち込んだユリカを元気づけるためにアキトの残してくれたレシピを見せた。
それを見たユリカは目を輝かせて
「アキトの屋台は私が続けるの♪」
と言い出したのは言うまでもない。
周りも『やめたほうがいいのに』とは思いながらも止めなかったのは、それで彼女が元気づけばと思ったからだ。
帰らぬ亭主を待ち続けて一人部屋に籠もるよりかはよっぽどいいだろうと思ったからだ。
まぁ、今の屋台に精を出しているユリカを見れば誰も止める気にはならないだろう。
ならないだろうが・・・
この味では・・・
現実問題、客はほとんどこない。
こうしてルリたちがこなければとてもではないが間が持たないところである。
そのことに気づいていないフリをしているのか、はたまたユリカらしく本当に気づいていないのか、今日もユリカはラーメンを作り続けていた。
むすぅ・・・・・・・
今日もルリは不機嫌であった。
「・・・・やっと来た仕事が艦長候補生の訓練航海ですか・・・」
「まぁルリ君、そういわずに・・・」
ルリの投げやりな言葉に必死に機嫌を取るコウイチロウ。
事実、ルリは不機嫌である。理由は第一次火星極冠事変の英雄であるルリなのに、満足な仕事を与えられていない。
今日もまたグチグチ統合軍側からイヤミを言われた後にやっと出てきた仕事が宇宙軍で新たな艦長を育成するための訓練航海である。
「総司令のご苦労もわかりますよ。
ない袖を無理矢理振ってようやく実現させた訓練航海ですものね」
「・・・すまんなぁ、力不足で」
あの一件以来、宇宙軍に対する締めつけは強くなりつつある。
理由は簡単だ。
この前の草壁の反乱・・・第一次火星極冠事変で火星の後継者を一網打尽にしてしまったことに起因する。
そのことにより宇宙軍(正確にはホシノ・ルリ個人)が統合軍相手にも互角に戦える事を証明してしまったからだ。
現在、統合軍は非常にナーバスになっている。火星の後継者への同調者だけでなく離反者すら出してしまったからだ。統合軍は当然のごとくその信頼を失墜している。統合軍の存在に懐疑的な声すら出始めている。
そうなると強烈な組織防衛が始まる。統合軍は目の上のたんこぶである宇宙軍を盛んに槍玉に挙げ、はやく宇宙軍を解体しようと躍起になるのは当然だった。
やたらと高圧的な態度を取り、今ではナデシコCはおろか、ナデシコBですらおちおち哨戒航海を出来ないでいる。
コウイチロウが四苦八苦してようやくひねり出した理由が艦長候補生の訓練航海である。こんな事ですら四方八方に手を回してしか実現できないのが今の情勢なのである。
こんな有能な人材を捕まえてこんな仕事しかさせないのだから度し難いことこのうえなかった。
『一刻も早くアキトさんを連れ戻しに行きたいのに・・・』
ルリのそういう思いとは裏腹にルリ自身がいろんなしがらみに縛られて身動きできないでいたのだ。
「ところでだね、ルリ君・・・例の話なんだが・・・」
コウイチロウはためらいがちにルリに懇願する。
「たぶん結果は一緒ですよ?」
「そういわずに。これで結構SPの費用もバカにならんのだ。」
「・・・わかりました。今日ユリカさんにあったら話しておきます」
ルリはため息をついて答えた。ここ数日聞かされているコウイチロウのお願いに正直うんざりしていた・・・。
その夜、ルリはいつものようにユリカの屋台を訪れた。今日はハーリーとサブロウタは少し時間を遅らせていた。ルリがユリカと二人だけの会話をしたいからと遠慮してもらったのだ。
「どうしたの?ルリちゃん。改まって?」
相変わらずユリカはニコニコしながら尋ねる。
「叔父様から頼まれたのですが・・・」
「お父様から?」
「ええ、宇宙軍に復隊するようにと・・・・」
「イヤ!」
説得時間5秒にして早くも失敗・・・
「なにもそんな力一杯嫌がらなくても・・・」
ルリも少し困り気味だった。
コウイチロウの言い分もわからないことはない。
娘を手元に置いておきたい親心・・・というのはこの際置いておくとして
テンカワ・ミスマル・ユリカはこれでもVIPである。
現存する数少ない・・・二人しかいない(テンカワ・アキトの存在は現状黙殺されている)A級ジャンパーの内の一人だ。しかも遺跡と融合した唯一のサンプルでもある。
その存在がどれだけ希少か。
それは常に誘拐、暗殺の危険性が伴う。
少なくとも火星の後継者の残存兵力が残っている内は。
そう、火星の後継者達はまだ存在している。
火星極冠で火星の後継者達をナデシコCがシステム掌握で捕縛したが、それが火星の後継者という組織全てではない。
アキトがユリカ達の元に戻ってこないのも彼ら残存勢力を追っているからだという噂があるが定かではない。
そういう意味でユリカの周辺は決して安全ではないのだ。それはルリとて同様だ。
現に公園の四方には人知れずSPがユリカの護衛についている。
こういう警護しにくい場所で対象を保護するのがどれほど大変なことか・・・
ユリカにわからないわけでもあるまいに・・・
「さてと!」
ユリカはいくつかのどんぶりを用意してラーメンを作る。
それをお盆に乗せ始めた。
「ユリカさん・・・・それどうするんですか?」
ルリは不思議そうに尋ねた。出前に行くなら岡持であろう。
「いや、お腹を空かせているだろうなぁ〜と思って♪」
ユリカはウインクするとすたすたとお盆を持って歩いていった。
そして公園の茂みの前あたりにラーメンの乗ったお盆を置くと深く会釈して戻ってきた。
「ユリカさん?」
「さぁ、お仕事お仕事♪」
ルリが振り返るとお盆の上のラーメンは消えていた。それでルリは納得した。
ユリカもわかっているようだ。自分を守ってくれている存在を。
翌日、いつも屋台が置かれる場所にきれいに洗われたどんぶりとメモ書きが置いてあった。
『差し入れありがとうございます』・・・と。
『差し入れしてくれるのは嬉しいんです。
本当に嬉しいんですけど・・・・・・・・』
『あれを毎晩食べるのは・・・・ちょっと・・・・』
コウイチロウはユリカのSPから送られてくる涙ながらの陳情に頭を悩ませていた・・・。
『そういうことだから・・・』
「わかりました。頑張ってみます」
再度コウイチロウにお願いされるルリ。
再三の念押しにいい加減うんざりしていたので適当に答えてルリは通信を切った。
「ふぅ・・・・全部あなたが帰ってこないのが原因なんですよ?
アキトさん・・・・」
ルリはつぶやく。
こんな茶番がいつまでも続くほど世の中は甘くない。
ネルガルはコロニー襲撃犯テンカワ・アキトとの関与を公にするつもりは絶対にないだろう。この線からの追求は不可能に近い。
宇宙軍もこの件に関しては秘密協定を結んでいるようだ。ナデシコCの建造費だってネルガルと折半らしいし。
そうなれはアキトを捜し出すにはせめてナデシコBを自由に哨戒作業に出せるようにしなくてはならない。そのための口実が艦長候補生の訓練航海だ。
訓練航海に出れば、ルリはもちろん、サブロウタやハーリーもナデシコBに乗るだろう。2〜3ヶ月は地球に戻れない。
そうなるとユリカの屋台には誰も寄りつかないことになる。
そうなったらユリカはどれだけショックを受けるのだろう・・・
ユリカの屋台が軌道に乗ってから・・・というのも考えたのだがそう悠長なこともいってられない。統合軍がアキトを捜し始める。
今はまだ火星の後継者騒ぎが尾を引いており、彼らも疑惑の渦中にいるので動けない状態にいるが、ほとぼりが冷めれば絶対に行動を起こす。
彼らにとってアキトは格好のスケープゴートなのだ。
統合軍が動く前に何とか先にアキトを見つけて保護したい。
あるいはアキトを擁護できるだけの政治力を掌握しておきたい。
なのに・・・
『ユリカさん・・・いつまでそんなところで自己満足に浸っているつもりなんですか・・・』
身動きできない中でルリはユリカに対する苛立ちを募らせていた・・・。
さてさて、ルリに『どこにいるんですか・・・』なんて思われている青年は何故か浜辺の海岸にいた。
「なんで俺がこんなところに来なきゃいけないんだ・・・・」
彼は思いっきり愚痴をたれた。
「しかたないだろう、目立たないようにする必要があるんだから。」
月臣は青年の愚痴をさらりと受け流す。
確かに目立ってない。
黒いバイザーも日差しの強い中ではただのサングラスに見える。
マントさえ取れば黒いインナースーツはサーフィン用のスウェットスーツみたいに見える。
彼のそばには現に真っ黒なサーフィンボードが置かれている。
どう見たってサーフィンにきた若者に見えるだろう。
それにしたって・・・・
「月臣・・・・そのふんどし姿はやめろ・・・」
「木連男児はこれが正しい水泳姿なのだ」
『真っ赤な越中ふんどしを締めて威張るな』とアキトは心の中でつぶやいた。
そもそも何でこんなところにアキトがいるのかというと・・・
「やぁ、テンカワ君、楽しんでいるかい?」
「・・・・・楽しんでるように見えるか?」
「とっても♪」
「なら眼科に行った方がいい」
「あいにく僕の視力は2.0でね」
不機嫌なアキトにやたらと陽気な声をかけてくるのはネルガル会長アカツキ・ナガレである。手にはやたらと派手なアロハプリントのサーフィンボードとお揃いの海パンをはいていた。
「大体何でお前がここにいる?
俺達は確か宇宙軍の諜報部との引き継ぎで来ているはずだが・・・
ネルガル会長がなんで付いてくるんだ!!」
「ああ、僕は君の付き添いじゃなくて、エリナ君の付き添いだよ。
会長秘書の行くところには会長が付き従うものだからね♪」
アカツキはウインクして答えた。しかし普通は逆である。
しかしそれを言う元気は今のアキトになかった。
原因は横目で眺めた先にある。
バシャバシャバシャ!!
浅瀬で浮き輪をつけたラピスがエリナに手を引かれて泳ぎの練習しているのである。
どうせ、アカツキが付いてきた理由はエリナに付いてきたってからって言うに決まってるし、
エリナが付いてきた理由はラピスに付いてきたからって言うに決まっている。
『こいつら、絶対にピクニックか何かと勘違いしている!!!』
アキトは心の中で悪態をついた。
「第一、何で俺の方が引き継ぎに来てやらなきゃならないんだ?」
「しかたないだろう。東郷の動向は絶対目を離せない。そのためにわざわざヨーロッパから月に来させるのか?
時間の無駄だろう。」
月臣に正論を言われてふくれるアキト。
「それはいいとして・・・・いつ来るんだ?そいつは!」
アキトは苛立ったように月臣に尋ねた。アキトは本題をさっさと済ませて帰りたかったのだ。
だが・・・
「あの・・・もう来てるんですけど・・・」
「!!!!」
不意に声をかけられてアキトは驚いた。
知らない間に近づかれていたのだ。
アキトに気配を感じさせずに近づくなんて普通の将校じゃない。
が・・・アキトが振り返った先にいたのはひどく穏和そうな青年だった。
「すみません。どうしても手が離せなかったのでわざわざご足労願いまして。
しかも私が艦長の訓練航海に出る・・・なんて理由の為に代わっていただくなんて」
「お前・・・確か・・・」
アキトが怪訝な目で見るのに気がついてケンは別の意味で恐縮した。
「ああ、申し遅れました。
自分は地球連合宇宙軍、諜報部所属テンクウ・ケン大尉です。
初めまして・・・というべきですか?」
ともに火星の後継者の研究所から救い出された男達の数奇な出会いであった。
今日も今日とていつもの屋台。
しかしいつもと少し様子が異なっていた。
「ルリちゃん来ないの?」
「ええ、ちょっとお仕事で・・・」
サブロウタとハーリーは困った顔をしながら少しくふくれるユリカの相手をしていた。
「仕事って?」
「あの〜〜一応僕たち軍人なんで守秘義務ってものが・・・・」
サブロウタが頭をかきながら答えるがそれで引き下がるユリカではない。
「ぶ〜〜教えてくれたっていいじゃない!!
ケチンボ!!
そんなこと言うと今日は大盛りにするよ!!」
「・・・・わかりました・・・言います・・・」
オイ、守秘義務違反よりもユリカのラーメンのほうが恐いのか、サブロウタ(笑)
「あのですねぇ・・・今度艦長候補生の為の航海訓練をナデシコBが担当するんですよ。
艦長はその準備におおわらわで・・・・」
サブロウタは誤魔化す。いや、半分は本当だ。
しかしそれだけであのルリがユリカの元を訪れなくなるわけがない。
「サブロウタさん、それって長いの?」
「ええ、少なくとも二ヶ月以上は・・・・」
「そうか・・・二ヶ月も会えなくなるのか・・・」
それの意味するもの・・・
この屋台の唯一の常連3人が二ヶ月以上もいなくなるのだ・・・
ユリカは少しションボリした。
だから・・・
サブロウタはもう一つの理由を言えなくなった。
ルリが昇進試験を受ける為の勉強をしているのでユリカに会いに来なくなったのを・・・。
「ふう〜〜」
ルリは仕事を一段落させて休憩に入った。
連日の激務でお疲れ気味である。
「ええっと、
訓練航海のメンバーですが・・・・
リョーコさん・・・もう統合軍に戻るつもりはさらさらないようですねぇ。
ヒカルさん・・・漫画の連載が不定期になってますけど大丈夫なんですか?
イズミさん・・・今はお笑い芸人・・・なんですか?
ホウメイさん・・・嬉しいです。これでまともな食生活が送れます。
セイヤさん・・・あいかわらず奥さんから逃げ回ってるようですねぇ。
プロスさん・・・あの人を投入してくるなんて、ネルガルもやけに今回の航海訓練に力を入れてますねぇ」
などといいながらルリはそのリストを眺めながら笑ったり苦笑したりしていた。
結構ナデシコAの頃のメンバーが参加してくれている。
『これでユリカさんとアキトさんがいてくれれば・・・』
そう考えてルリは頭を振った。
今ここにいないアキトらの事を持ち出しても仕方ない。
それにしても今回の人選は結構ユリカにとって残酷である。
いくら訓練航海を成功させたいからって昔の信頼できるメンバーをかき集めたが、それは逆にユリカの屋台に行きそうなメンバーを全て横取りしたことになる。
これではユリカに最後通告を突きつけたようなものである。
ルリは自分が何かひどいことをしているような気がして仕方なかった。
だからかもしれない。
後ろめたさを隠すために昇進試験にかこつけてユリカの屋台に通わなくなったのは・・・。
「今日は暇ねぇ・・・・・」
その日、ユリカは一日中客のこない屋台でぼーっとしていた・・・。
「ねぇ、よかったんすかねぇ・・・ユリカさんのこと」
「いいんですよ。」
サブロウタの言葉にルリは素っ気なく答えた。
「そうはいっても・・・可哀想でしたよ」
しかしハーリーは割り切れないのだろう。素直な感想をもらした。
ルリと歩調を合わせるようにサブロウタたちもユリカの屋台に行っていない。
ルリに厳命されたからだ。
まるで突き放すかのようなその行動にサブロウタたちも困惑していたのだ。
「これ以上本気で屋台を続けるつもりなら身内の情けに頼ってちゃダメなんですよ。
アキトさんだって同じ苦労をしてきたんですから」
ルリは冷たく言う。
確かにルリの言わんとしていることはわからないでもない。
商売の世界はそんなに甘いものではない。
お店の信用というものは長年をかけてコツコツと築いていかなければならないのだ。
『それにしても・・・』
とサブロウタは思う。彼にはルリがどうもユリカに苛立って意地悪しているようにしか見えなかった。
その日は雨であった。
どう考えたって雨の日に客など来るはずもない。
ましてやユリカの屋台だ。客が来る可能性などゼロである。
でも・・・
ユリカはビニールテントで屋台を覆い、必死に雨よけを作りながら屋台を開けようとしていた。最初は傘をさしながら作業していたのだが、やはり傘が邪魔なのか雨ガッパに着替えて作業を続けた。
客も来ないのに、
そんなに頑張る必要もないのに、
ユリカは必死に屋台を開いていた。
雨ガッパにもかかわらずユリカは結構ずぶ濡れだった。
顔は笑っていたが、なぜか頬を伝う雨の滴が涙にみえたのは気のせいだろうか?
そんなユリカを公園の木の陰から覗いていたルリは何度も出て行こうとしたが、何とか我慢した。
でも・・・・
ベシ!!!!
ぬかるみに足を滑らしてユリカは盛大に転んだ。
「ああん〜〜泥だらけ〜〜」
じわ〜〜〜
ポロポロ・・・
「・・・・アキトぉ・・・・・・」
それがきっかけなのか、我慢していた涙が堰を切ったように流れ出した。
スッ・・・・・
誰かがユリカに傘を差し出した。
「何やってるんですか・・・ユリカさん」
「・・・ルリちゃん」
傘を差し出した主はホシノ・ルリであった・・・
屋根のついているベンチまで場所を移動して二人は仲良く座った。
どちらもバツが悪いのか、しばらくの間両者とも無言であった。
「・・・・ルリちゃん、昇進試験受けるんだって?」
最初に口を開いたのはユリカであった。
「誰から聞いたんですか?」
「サブロウタさん・・・・」
「ええ、本当ですよ。それが?」
ルリは冷たく答える。
「いや、意外だなぁ〜と思って」
「意外ですか?」
「うん、ルリちゃんって出世とかに興味ないのかと思っていた。」
いつもシニカルなルリからは一生懸命出世しようとする姿がどうしても思い浮かばない。そういう世俗的な権力争いや出世欲とは無縁かと思っていたのだ。
「出世すれば出来ることが広がりますからね・・・」
ルリはぽつりとそう言う。
それを聞いてユリカはすごくがっかりした顔になった。
「そうか・・・ルリちゃんは偉い軍人さんになるんだ・・・。
私は三人で一緒に暮らしたいのかとばかり思っていたのに・・・」
ユリカにはルリの言葉がショックだった。
事故に遭う前の三人の楽しかった生活・・・
自分もルリもあの頃の楽しかった生活に戻りたい、
同じ思いを共有している、
そう思っていたのだ。
だからユリカはアキトの代わりに屋台をやり、その場所を作ろうとしていたのだ。
でも、ルリにとってはそうではなかった。
軍人として、地位と名誉が欲しかったのだ。
そう思うとユリカは裏切られた思いで一杯だった。
でも・・・・
「ユリカさんこそ、こんなところで何やってるんですか・・・」
「え?」
ルリのつぶやきにユリカは気がついた。
ひどく悲しい、それでいてユリカへの怒りと苛立ちのこもった声!
「ユリカさんこそこんなところで何をやってるんですか!」
「なにって・・・」
今度こそルリは怒ったような口調で話した。その声にユリカは驚いた。
「こんなところでラーメン作ってなんになるんですか!?
アキトさんと同じ味のラーメンなんてユリカさんには作れませんよ!!
いいかげんに諦めたらどうなんですか?」
「る、ルリちゃんひどいよ」
ルリになじられてユリカは涙ぐむ。
いつものルリとは違う感情的な罵声に戸惑いを隠せなかった。
「頑張ってるもん!いつかアキトと同じ味になるもん!!」
「出来ませんよ!」
「出来るもん!!」
「出来ませんよ!!」
「出来るもん!!!!」
二人は怒鳴りあう!
しかしルリはユリカの瞳を真剣に睨んでもう一度念押しをした。
「出来ませんよ!!!!
ユリカさんはただ過去の想い出に浸っているだけなんですから!!!!!」
・・・ユリカの心の奥底をえぐるルリの言葉・・・
「そ、そんなんじゃ・・・・」
「どうしてアキトさんを連れ戻そうと思わないんですか!
アキトさんは黙ってたって戻ってきませんよ?
ユリカさんが連れ戻すって言ってくれなければ・・・
私がどんなに頑張ったってアキトさんは戻ってきてくれませんよ・・・」
「ルリちゃん・・・」
ルリはいつの間にか泣いていた。
ずっと今まで一人で耐えてきた涙を初めて人前で流した。
「私が好きで出世しようとしているって本気で思ってるんですか?
私が三人で暮らしたくなくなったって本気で思ってるんですか?
私がどれだけ・・・・」
ルリは拳を握り締めて叫んだ。心の底から絞り出すように。
「私だってアキトさんをすぐにでも追いかけたいんですよ!
でも私の今の宇宙軍の地位じゃナデシコB一隻も自由に動かすことができないんです。艦長候補生の訓練航海に付いていくのが精一杯なんですよ!
たとえ運良くアキトさんを見つけられたとしても、それからどうするんですか?
アキトさんは第一級の指名手配犯にされてるんですよ?
そのまま連れて帰ったら処刑台行きなんですよ?
どうにかして容疑を晴らすか手配を解くしかないんですよ!
でも私がどれだけ頑張ったところで弱小軍の少佐の、たかが16の小娘の力じゃなんにも出来ないんですよ!!」
「・・・・」
ルリは堰を切ったように感情を吐露する。ユリカは黙って聞くしかなかった。
「ユリカさんが復隊してくれればいくらかマシになるんですよ!
ユリカさんの才能なら少し真面目にやればすぐにでも准将になれるんです!
そうなれば艦隊の一つも編成できます。
私達の行動範囲も少しは広がるんですよ!
それなのにユリカさんはこんなところでいつまでも昔の想い出に浸って、一歩も前に進んでくれてないじゃないですか!!
それなのに私を責めるんですか?
出世欲に取り付かれたとか言って!!!」
ハァハァハァ・・・
涙ながらにまくし立ててルリは肩で息をしていた。
「ルリちゃんごめん・・・」
ユリカは涙声のルリをやさしく抱きしめた。
「私、恐かったんだよ。アキトにもう帰りたくないって言われるのが。
だから帰ってくるのを待つしか出来なかったんだ・・・」
「ユリカさん・・・」
「でもルリちゃんの言うとおりだよね。
やっぱり私達がアキトを迎えに行かないといけないよね」
「ユリカさん・・・」
「私も頑張るよ!だからルリちゃんも手助けしてね♪」
「はい!」
二人はしっかりと抱きしめあった。
ユリカは次の日、屋台をウリバタケに預けた後、その足で宇宙軍に復隊の届けを出しに行った。コウイチロウとSP数名が泣いて喜んだらしい。
まぁ復隊早々、どこかの戦艦の艦長になる・・・なんて都合の良いことにはならず、とりあえずコウイチロウの頑強な命令の下、ユリカは地上勤務になっていたりする。
「ひま〜〜」
とかいいながらいつものようにだれているユリカであるが、いつかルリのナデシコBに乗り込もうと虎視眈々と機会を狙っていた。
そしてルリは・・・・艦長候補生のための訓練航海の徒に着こうとしていた。
「初めまして、本日から艦長候補生として乗艦いたしますテンクウ・ケン大尉です。」
「私はホシノ・ルリ少佐です。艦長のサポートは私達がさせていただきますのでご安心ください。」
いつもの無愛想な顔なのだか、彼女を知る人が見ればルリのその顔がすごく笑顔であることがわかったであろう・・・・
てことで自サイト4万ヒットありがとうございました♪
Episode1って続くんかい、この話・・・(笑)
intermezzoは「間奏曲」という意味があります。
その名の通り、このシリーズはこういう幕間のお話を取り上げようかと思っております。
・・・・でも今のところネタはない(爆)
取り敢えず今回のお話しは劇ナデ終了後からDreamCast版The Missionの間を埋めるストーリーとして作りました。
The Missionのよくある疑問、
『ルリはアキトを追いかけるのを諦めてしまったのか?』とか
『ユリカはナデシコに乗らずに地上勤務なのか?』とか
『なんでわざわざ艦長候補生の為に訓練航海するの?』とか
『統合軍がなんであんなに偉そうなの?』とか
『その時、アキトはどうしてたの?』とか
もろもろの疑問に辻褄を付けてみました。
ちょっとアキトの下りは蛇足だったかもしれないけれど、実はあのシーンには余談があって、アカツキとコウイチロウの策謀だったと事です。
そういう視点で物語をもう一度見直していただければ、
火星の後継者の残党が反乱を起こすのが掴めていたので、訓練航海という名前でナデシコBを出港させておけば後は反乱騒ぎにいくらでも介入できる・・・
とか、
アキトがケンの代わりに東郷の監視役になったので、The Mission には現われなかった・・・
とか、
いろいろ邪推できると思います(爆)
ってことで感想をいただけるとありがたいです。
では!
ver 1.12
Special Thanks!!
・みゅとす様
・カバのウィリアム様