ナデシコC:Prince of Darkness SIDE


「違うよ、ルリちゃん。あれは夢なんかじゃないの」
「え?」

私は振り返った。
そしてその人を見た瞬間、私は全てを悟ったのだ。
あれが夢なんかじゃない事を。
車椅子に乗ったユリカさんがチャルメラとディスクを手にしていたからだ。

「これありがとう。役に立ったわ、返すね」
「ユリカさん!!」
「お帰りなさい、ルリちゃん」
たまらず私はユリカさんに抱きついた。
ユリカさんも私を抱きしめてくれた。

そう、私はやっと帰って来たのだ。
大切な人の元へ・・・



Nadesico Princess of White(Auther's Remix ver.)

Chapter Zero 「再び逢う貴女の為に」



ナデシコC:Prince of Darkness SIDE


「でもユリカさん、どうして・・・」
「説明しましょう」
ルリの疑問にユリカの車椅子を押していたイネスがお約束とばかりに答えようとした。
「実はね・・・」
イネスが語りだしたこと、
それはほんの数時間前、
もう一つの可能の世界でのイネスとユリカの会話の内容だった。



ナデシコC:Princess of White SIDE


「でもね、『治す方法』はなくても『直す方法』はあるのよ」
「はい?」
「聞きたい?」
「ええ・・・まぁ・・・」

それはナデシコCと合流し、元祖なぜなにナデシコの終了後、ユリカがイネスにルリの容態を聞いた後の事である。

「艦長、あなた不思議な夢を見たことない?」
「夢・・・ですか?」
「そう、例えば誰か他人が見たような夢だとか」
「・・・ああ、ありました。確かルリちゃんの・・・」
やっぱり、といった顔でイネスがうなずいた。
それを訝しげに見るユリカ

「その夢は可能性のジャンクションによって見た夢と考えられるわ」
「可能性のジャンクション?」
「平たく言えば、あり得たかもしれない別の可能性。」
「別の可能性?」
イネスの言葉をユリカは反芻する。

「ホシノ・ルリは自分はテンカワ・アキトの夢を見たと言ったそうよ。
 闇の王子様としてアマテラスを攻略したアキト君の夢を。」
「え?
 私の夢の中のルリちゃんは生きて私とアキトのお葬式をやってましたよ?
 ・・・っていう事は・・・」
と、途中まで言ってユリカはイネスが何を言わんとしているか気がついた。
満足気にうなずくイネス。

「アキト君が闇の王子様で、艦長が白雪姫、そしてルリちゃんが電子の妖精・・・
 そう、こちらの世界とは違った、ほんの少しだけ配役が変わっただけの世界。
 そしてやはり白雪姫は遺跡に取り込まれ、火星の後継者達が決起し、
 妖精がナデシコCで戦いを終わらせ、お姫様を救い出す
 とまぁ、おおもとの歴史だけは変わらない・・・
 そんな可能性の世界があるという事ね」
「あれ・・・夢じゃないんですか?」
「夢なら他人の夢まで見れないでしょ?
 こういう現象を私は『可能性のジャンクション』と名づけたの」
「どういう意味ですか?」
先ほども言ったその言葉。イネスはもったいつけるのが好きだった。

「ボソンジャンプは時空転移のテクノロジー。
 ただの瞬間移動だけじゃなくて、未来にも、そして過去にでも行ける。
 でも不思議に思ったことはない?
 どうして過去に行けるのに歴史が変わらないのか?って」
「・・・何故でしょう?」
「発想が逆だったのよ。
 過去に行っても歴史が変わらないんじゃなくて、
 歴史が変わらないから過去に行けるの。」
「なんか・・・屁理屈のような気がするんですけど」
ユリカのツッコミにちょっと不機嫌のイネス。
ならばともっと専門的に教えることにした。

「もっと正確に言えば、そんな無限の可能性がある歴史なんて知覚出来ないといった方がいいのかしら?
 無制限に過去に行けるボソンジャンプがあればそれこそ無限に歴史が変化する。だけどそんなある一定の可能性へ収束しない歴史なんて、時空則からいうと存在しえない事になるの。安定しない歴史は時空自身から無視される。
 つまり無かった事にされるの」
「どういうロジックで?」
もっともな疑問だ。イネスもさすがに肩をすくめた。想像だけどと前置きをつけて説明しだした。
「プログラムが暴走したらリセットしちゃうでしょう?あんな感じで時空が暴走した歴史をリセットしちゃうのかなぁ。そんなことおきてても私達にはわからないでしょう?
 それ以上は私にもわからないわ。
 でもいえることは、歴史が変わらない範囲で可能性を組み替える事が出来る。
 これが可能性のジャンクション。
 そして、時にそれは夢という表現手段で表れることがある」
そこまで聞いてユリカははっとした。ようやく今までの不思議な夢の原因が分かった。そしてイネスが本当に言いたかったことも理解したのだ。

「つまり、こういう事ですね?
 あちらの可能性も実現し得るのでこちらの世界に表面化してきた、あの夢はその表れであると。
 そしてそれはボソンジャンプによってあちらの可能性にシフトさせることが出来るサインだということ・・・」
「ご名答、さすが艦長!
 そこでこれ・・・」
イネスは懐からCCを取り出した。
「艦長、あなたには心当たりがあるはずよ、なぜこちらの可能性の世界が選択されたか。
 そしてあの夢を見ることが出来たあなたにはそれを変更する権利を持っている。
 それが火星の後継者なんてエセじゃない真の『MARTIAN SUCCESSOR』の能力・・・
 残念ながら私はその夢を見ることが出来なかったけど・・・」
イネスは悲しそうに俯いた。

「イネスさん・・・アイちゃんに戻りたかったんですね」
「そういうつもりがなかった訳じゃないけど・・・
 知りたいじゃない?なぜ自分がこの時、この時間を生きているのかを」
残酷だがイネスには可能性の選択肢はなかった。
彼女が20年前の火星に跳ばされるのは歴史の必然だったのだ。
そういう風にしか歴史は流れなかったのだ。

そしてやや吹っ切れた面もちでイネスはユリカに手を差し出した。
「さぁ、エリナ女史からあずかって来たCCを受け取って。
 過去を変えるのも変えないのも貴方の自由よ」
ユリカはおずおずとそのCCを受け取った。しばらく沈黙してそしてやっと一言呟いた。

「アキトを救い出してから相談します。
 あの人の人生も変えてしまいますので・・・」



ナデシコC:Prince of Darkness SIDE


「でも、本当に良かったんですか?」
「何が、ルリちゃん?」
「私のせいで今度はユリカさんとアキトさんが・・・」
「心配いらないわよ。私もアキトも了解した上でのことだから・・・」
「でもアキトさんが・・・」
まだルリは意識が混乱していたが、今度はアキトが帰って来なくなったのは「覚えている」のだ。

「ルリちゃんも言ったでしょ?
 『帰って来ますよ。帰って来なければ追いかけます』って
 それにね、約束したのよ」
「約束・・・?」
「そう、約束したの・・・」
ユリカは切なそうな、それでいて嬉しそうな笑顔で答えた・・・。



ナデシコC:Princess of White SIDE


「ねぇアキト、本当にいいの?」
「何がだ?」
「確かにこの方法ならルリちゃんを救えるかもしれない。
 けれど、今度はアキトか私のどちらかが『闇の王子様』か『白雪姫』になっちゃうのよ」
「大丈夫だよ。俺はどっちも経験した。
 それにもし、もう一度俺が『白雪姫』になったとしてもユリカが『王子様』になって助けに来てくれるんだろう?」
「もちろん!」
「なら、大丈夫!」
「じゃあじゃあ、アキトも私が『白雪姫』になったら助けに来てくれる?」
「当たり前だろ」
アキトの満面の笑みにユリカも微笑み返した。

「・・・ねぇ、アキトは戻ってくる?」
ユリカはアキトの胸に顔を押しつけて尋ねた。ルリのように全てが終わった後、どこかに旅立ってしまうのではないか?と聞いているのだ。
「・・・正直、自信はないかな?だってたぶん自分のこと許せなくなると思うし。
 でも・・・」
「でも?」
「いつか必ず帰るさ。ユリカが、そしてルリちゃんが帰ってきてくると信じてくれているうちは。
 だって俺達は家族なんだから」
「そうだよね。
 うん!私信じてる。
 ずっと、ず〜っと!!」





そう、それが私の「私らしく」だから・・・







可能性のジャンクション


さぁ、もう一つの可能性にジャンクションしましょう!


それはボタンの掛け違いを正すこと


『三人で新婚旅行に行きましょう!』
あの日、新婚旅行を決めた日の、もう一人の私の思いつきにマッタをかけるだけ。
あの子の残したチャルメラとディスクを渡して

でもこれってガラガラポンのやり直し?
全てチャラ?


いえいえ、違います


だって、私たちはこの時間を生きたし、彼女も歴史に生きた証を刻みつけた。
たとえ他の誰もが忘れてしまっても、私たちは覚えている。
そして歴史も覚えているんですもの!


だって、もしかしたらもう一度こちらの世界にジャンクションすることだってあり得るんですよ?


そう、たとえ歴史は変わらなくても人の数だけ可能性があり、そしてその可能性の数だけ真実は存在するのですから・・・




だからこれも一つの可能性・・・






そして・・・








アバン


星の数ほど人がいて
星の数ほど出会いがある

そして別れ・・・



秩父山中・とある墓地


ある晴れた夏の日、一人の初老の男が墓の前で黙祷を終えると名残惜しそうに立ち上がった。
「じゃ、行くよ・・・ユリカ」
ミスマル家の墓石に仲良く遺影が二つ
「アキト君と仲良くやっているかい?
 ユリカ・・・」
その問いにテンカワ・アキトとミスマル・ユリカの遺影は優しく微笑みかけているようであった・・・。



Junction to "Nadesico The Prince of darkness"...



ポストスプリクト


というわけで以上"Pricess of White"は完結です。

ラストが劇ナデへジャンクションして終わるのは当初からの予定通りでした。
でなければ、ルリにあのような無体な仕打ちをして平気なわけはないわけで
さてはてこのようなご都合主義的なラストにどういう反応が返ってくるか
今から不安です(笑)

ただ、勘違いしないで頂きたいのですが、ユリカやルリにとってどちらの世界も真実という事です。
この後、ユリカとアキトは劇ナデのストーリーと同じ苦しみを味わっています。
可能性のジャンクションは都合よく結果だけを得られるわけではないんです。
でもユリカもアキトもどちらの世界を選べるとわかったらPrince of Darknessの世界を選びました。ルリを救う為に。つまりそういうことなんです。

ただ、このラストは同時に劇ナデのラストに対する私なりの「希望」も
含まれています。決してラスト後のアキトもユリカもルリも悲観的な
未来が待っているわけではなく、むしろ家族の絆を見つめなおそうと
しているだけなのだという意味をこめて。

では、ここまでお付き合いして頂いてありがとうございました。