朝起きたらやはりうすぼんやりと風邪をひいていた。
綱を曳きにきた旅だったはずなのに風邪をひいてどうするのだ! しかし今日はどうしてもみんなと行動を共にしなければ気が済まない。なぜなら午後から沖縄の最も神聖なる御嶽である斎場御嶽とエイサー好きなら一度は見たい平敷屋エイサーの見学が待っているのだから!!
体力をつけねばとしっかり朝ごはんを食べたらちょっと調子が出てきたがだるい。メンバーがタクシーで海水浴に行くというので便乗しかけたが、たかちゃんがばたばたしたくないと言い、結局キャンセル。でも行ってたら私はどうなっていたか恐ろしい。ゆっくりと街へ出る。体力回復の為に牧志の市場で生ゴーヤジュースとイカスミ汁を食べる為だ。
ありがとう、イカスミ汁。
ばっちり鋭気を養ってホテルへ戻ったつもりが時間が来てバスに乗り込んでみたらなかなか身体が辛い。体力温存、体力温存と頭の中で唱えつつ斎場御嶽まで眠り続けるのみ。
斎場御嶽に着いた一行はみな神妙な面持ち。昨年世界遺産に指定されてからこのたたずまいはどこか変わったのだろうか。以前ここを訪れた友人から、御願場所まで行くのに迷ったというようなジャングルぶりを聞いていたがそんな感じはみじんもない。道はきちんと整備され、標識通
りに目的地へ通じている。
天然の大きな岩が入り口となる、久高島を望む御願所へ着いた。ああ、とうとう来てしまった。まさしくここ。世が世なら足を踏み入れる資格なんか絶対にない。なんだか申し訳ないような気がしてきた。まず春さんがひざまずいて声をだして身分を明かし、我々の旅の目的を告げ、無事な遂行を祈願した。続いてメンバーが一人一人お祈りをした。みんな何を祈るのだろう。私は何も考えていなかったがここへ入った途端、とてつもなく大きな存在を目の前にしているような、もしくはその眼の中に入ってしまったような感覚があった。何を祈ったところで全て見透かされているようなのだ。ただ海に久高島が横たわっているのが見えるだけの空間なのに。
普通の神社仏閣ならば自身や家族の健康など、利己的なお願いをつらつらと頭の中で唱えそうなものであるがそれだけはここにふさわしくないと感じていた。私の順番が来たのでなんだか恐ろしいような気分でお尻をついて座り込んだ。世界や人類の平和と安寧みたいなことをお祈りしたと思う。それもきちんとまとまった言葉にはならず、そういう思念がぐるぐるしただけだった。風邪による発熱のせいもあったかもしれないがなんだか妙な心地のまま、立ち上がって後ろへ引き下がると今度は涙が止まらなくなった。何に涙しているのかその時は自分でもわからず、うっ、ヤバイ!何かにとりつかれたかも、メンバーに見られて恥ずかしいなあと思いながら泣いていたのだ。今もってその理由はわからないが、どんな気持ちに近かったのか考えてみると、迷子になったコドモ(私)がやっと見つかったおかあさんの胸で安心して泣いている気持ちに近いかも。恐るべし斎場御嶽。
静かなる興奮覚めやらずの状態でバスに乗り込み、次なる目的地へ向かう。平敷屋。
ここでは練習風景を校庭や体育館で見せていただいた。エイサーシンカのメンバーは固唾を飲んで見入っている感じ。平敷屋は伝統的な念仏踊りの流れを頑なに守り、ストイックで時にエロティックとさえ表現されるエイサーを今に伝えている。派手にショーアップされつつあるエイサー界では異色な存在でファンも多い。私も初めてTVで見た時はその秀でたカッコよさに感動した。吸い付くように地面
へ降りる足、すいっと空へ伸び上がる右腕、美しく反らせた胸の線、その全てが美しい。踊りではあるが観客に媚びたりせず、見せものではない。この世には存在しないモノへの奉納、原始の祈りの姿が体現されているようなすがしさを感じることができた気がする。私達はかなり出発時間をオーバーしていつまでも彼らの練習を見ていた。
帰りのバスで風邪は一気に悪化。明日は帰京だと思うと気も緩もうというもの。全ての行程が終わってよかったなーという気持ちで一杯だった。
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