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8月6日 火曜日 |
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本日は読谷村へ行って春さんのお友達でもある芸術家の金城実さんのアトリエを訪ねる。そこには反戦地主の知花昌一さんも来て下さると言う話であった。天気もよく快適なドライブだった。バスは道を間違えて途中「やちむんの里」を経由し、偶然春さんのお店においしい島豆腐を空輸してくれている豆腐屋の前を通 過した(後日談:この日春さんが「読谷に来ているから差し入れを持ってきて・・・云々」と豆腐屋に携帯で連絡したのに差し入れは届かず。何を勘違いしたのか旅も終わった数日後、東京のお店に豆腐屋から差し入れのビールが届いたという)。春さんのお店のお豆腐は産直だったのかと初めて知り、これからはお店で毎回島豆腐をオーダーしようと思った。(後日談:旅の後友人とお店に行って頼んだら台風で空輸不能となっており、手持ちの豆腐はチャンプルー用の豆腐としてとっておかねばならないからとオーダーを断られた)。 しばらく行くと海が見えてきた。ここは米軍が上陸してきたビーチだと後でアトリエで聞いた。 左の丘にはあまりにも有名な「象の檻」があり、これが読谷にあること、読谷に来ていることをを改めて認識する。 初めてお会いする金城さんは長いひげと長い髪が白くて眼がきらきらしている。当初エイサーシンカ主催の宴会に突入する予定だったが、この日帰京するメンバーの飛行機の時間が間に合わなくなってしまった。急遽衣装をつけずにエイサーを披露し、全員で記念写 真をとってからバスに乗って空港へ向かうという慌ただしさだった。残る我々はカチャーシーでお見送りをしたあと、女性陣は持ち寄った食材で宴会準備に突入し、男性は戸外や室内の作品を鑑賞する者、金城さんとの話に加わる者といろいろ。キッチンも人で一杯だし、一通 りやることもなくなって私も表に出て作品を見てまわった。反戦芸術と称される金城さんの作品が無造作に置かれている。100メートルの長さに及ぶという石こうレリーフは圧巻だった。彼でなければ生まれない作品。春さんの小さな息子達も興味津々で宴会の乾杯が始まろうとしている頃まで熱心にたかちゃんにくっついて作品を鑑賞していた。 アトリエ内では金城さんの出演したドキュメントビデオを見たり、話を聞いたり、アトリエスタッフの紹介をしてもらったりした後、アトリエ外の敷地で大きなブルーシートを広げて賑やかに宴会が始まった。いつも以上にみんなの想いと力のこもったエイサーが披露され、とてもカッコヨカッタ。金城さんを始めスタッフや近所の方も見物に出てきて楽しんで下さったようだ。 かつてのエイサーシンカで現在は沖縄に戻っているメンバーが差し入れをしてくれたりしてみんな遅くまで飲んで食べて踊っていた。御開き後、アトリエに戻って2次会開始。知花昌一さんが登場、ちょっとだけお話した。知花さんてとてもハンサムでイイヒトだと思った。私は朝の元気もどこへやら、この頃には相当バテていてやや発熱の兆し。2次回終了後は迎えに来たバスでさっさと帰ったがたかちゃんと一部のメンバーは残って熱い語らいをした様子であった。たかちゃんは明け方近くにホテルへ戻ってきたようだが私は気付かないで寝ていた。この日は今までで一番疲れた。私はこの手の酒宴に慣れていないので体力ではなく精神力が減退した。みなさん、気が効かなくて本当にゴメンナサイ。 |
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