けれども、学校が大阪にあるから、この付近、近畿周辺は都合がよいが、所に よっては、日数、費用の上から具合のわるいところもある。日がえりの旅行で は、奈良などいちばん都合よく、奈良県は微に入り細にうがって探索できたが、 東北などはおよそ旅行困難である。
「万葉集」中、地名の出てくる数は、題詞、本文、左注、注を加えて延べて約 二,九五〇。これを一ヶ所をすべて一回として数えれば、ほぼ一,二〇〇ヶ所と なる。四〇年間に、できるだけ行こうとしても、中々まわれない。私は、もちろ ん、日本全国を歩いているが、学生は、そうは行かない。それで四〇年間に、度 々行ったところと疎略なところとがある。日本の北から、親疎の状況、旅の思い 出等、若干加えながら、展望してゆきたいと思う。
まず北海道。ここには一首もない。
次に東北地方。東北は福島県までで、それに宮城県の多賀城では大伴家持が赴 任していて、ここで亡くなった。が、歌は一首もない。歌は、宮城県遠田郡涌谷 町黄金迫の黄金神社のところに、産金地として聞こえたみちのく山がある。万葉 の最北のはてである。福島には多いが、ここは大阪から行きめぐることはできな い。
次に関東地方の東国である。ここへは一七六回目に“東国”に行った。群馬県 の伊香保中心と常陸の筑波中心である。こんにゃく畑の子持山など印象深い。大 阪からは到底便利とはいえない。
つぎに東海地方。ここへは七一回と一七六回と本夏二二七回とに計三〇九名が 行った。天気は全部晴。伊良湖岬から浜名湖、御前崎にかけて。田子の浦を下に した薩た峠では、いずれも富士を望めなかった。
つぎは、北陸方面。越中、能登は大伴家持が富山県高岡市伏木に越中守として 赴任していたので、万葉の歌は各地に多い。七回八九一名が行った。和倉では超 一流の加賀屋に泊まり大喜び。七尾湾机の島など快適。また近江−越前に七回五 九九名参加。味真野など印象深し。加越能バスが高岡や氷見の布勢水海などこん なところへなんで来るのかと驚いていたが、その後、万葉観光バスを運転するよ うになった。
大和路は、近いし、万葉の中心だけに、日帰りはほとんど奈良県地方に限り、 飛鳥を中心に藤原京、山辺道、奈良、巨勢真土方面等、微に入り細をうがち、 道を換えして九七回計一八,五二四名参加。大部分快晴だが大雨の日もあった。 吉野宮滝は毎年の夏だから四〇回、五,八七八名。いつも梅雨明け時だから雨の 日が多く、大雨雷雨の凄い中を歩いたこともある。山背恭仁京は九回一,三四七 名が参加した。
瀬戸内海方面は、鞆の浦、坂出の沙弥島等好風の地が多く、今のように内海が 鉄橋はなく、清潔すばらしい景観であった。六回九二五名。淡路島は、一三回、 二,三九〇名。北紀伊は九回一,五七〇名であった。
近江方面は大津京へ七回一、四八九名、蒲生野へ三回六三一名。南紀熊野路は 七回八一〇名。二〇〇回記念は潮の岬の大芝生で行った。
山陰、出雲殊に人麻呂の石見の海は好風、三瓶山の山と海、鮮明強烈の自然の 景であった。石見の砂丘で、円陣を組んでうたったことも印象深いことであった。 その山陰へは九回一,一五四名参加。
九州、筑紫路万葉は、太宰府を中心に、博多海岸志賀島、韓泊、大伴旅人の玉島川、松浦佐用姫のひれふり山等、強烈な真夏の大陽のもと、八回、八五四名が参加している。 遠いところだが、遣新羅使、遣唐使の旅をしのんで、壱岐対馬三回三三〇名が行くことのできたのは、快快晴、強烈な印象であった。 壱岐の海岸の海水浴、かくもきれいな海があるのだろうかと、生きている喜びを感じた。 いちども行ってはいないが、一度是非行きたいと思うところは、五島列島福江島である。ここの三井楽は、昔、遣唐使が日本の泊所の最後としたところ、ここから一路東支那海に向かった。すばらしい海岸、火山島の嵯峨の島も自然の驚異である。ここの海岸にも私の書いた万葉歌碑がある。ここは万葉の西のさいはてである。
大阪大学万葉旅行は万葉の他に、島崎藤村の『夜明け前』の道をゆく旅を行っ ている。「木曽藤村旅行、夜明け前の道をゆく」旅である。今日までに一三回、 一九四六名の諸君と共に歩いた。物を思うことの多い青年諸君にとって、主人公 半蔵の苦しみは、藤村の文明批評、木曽の風土と共に、人生社会への反省の心を よびさますことであろう。いつも三月、馬篭を越えるころは、竹林を埋め倒す大 雪の日が多かった。
大阪大学万葉旅行は、四〇周年、平成三年八月までに二二七回の旅行を終えて いる。参加学生延べて三八,八七二名、まさに四万名を越えようとしている。他 に類を見ないことにちがいない。わたくしと共に、四万の学生が、日本国中津々 浦々を歩いたかと思うと、われながら驚異を覚えるところである。
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