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山行報告(1999年11月、北アルプス・五龍岳) |
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| 霜柱 |
午前3時15分、起床。 まだ、11月中旬のせいか、冷え込みはそれほど厳しくない。 冬山では夜半を過ぎると寒さのあまりに三十分ごとに眼が覚めることも珍しくはない。 でも、今回は背中が痛んで何度か眼が覚めたものの、ぐっすりと熟睡した。 天幕内の寒暖計はマイナス2度を示す。外気温はマイナス5度くらいだろうか。 ここは北アルプス遠見尾根、標高2200m付近。 真夜中、一時的に風が強まったような記憶がある。 時折、天幕が強風にはためきばたついていたような気がする。 深い眠りのなかに、かすかにそんな記憶が残っている。 寝袋から起きあがった僕は、天幕から顔を出して、空模様をうかがう。 ああ、満天の星空だ。素晴らしい快晴だ。 冬の銀河の淡い光芒が天空を横切っている。 僕は、そんな星空にしばし心を奪われる。 よし、予定通り、出発だ. 手早く、朝食の支度をする。 登山用乾燥食品を2食分、計1000kcalの熱量を摂る。 下界では考えられない熱量だが、今日は激しい登高があるのだ。 午前4時、出発。 ここ何回か、積雪期にはおなじみとなった出発時間だ。 星明かりのおかげで、あたりにはぼんやりとした視界がある。 しかし、行動するには心許ない。ヘッドライトを点けて、出発する。 ひとつだけ、わかった。 僕が山に登るひとつの理由は、太古の暗闇を求めているからなのだろう。 かすかに遠く、懐かしい遺伝子の記憶の求めに応じて。 一昨日の夜半に、寒冷前線が日本列島を通過した。 僕はその悪天を夜行急行「きたぐに」のなかでやり過ごした。 弱い冬型の気圧配置にはなるだろうが、天候は回復するはずだ。 そんな確信が僕を山に向かわせた。 けれど、夜明け前、糸魚川駅に降り立つと、雨が降りしきっていた。 僕は激しく落胆したものの、自分自身の「読み」を信ずるしかなかった。 大糸線に乗り換えて南下するうちに、天候は徐々に回復に向かった。 山々は厚い雲に覆われていたが、ときどき青空も姿を見せた。 僕は本当は登らなくてもすむ理由を探していたのかもしれない。 それほどに、僕は臆病だ。 夏が終わり、冬山の季節が近づくにつれて、僕は期待とともに重苦しい気持ちも抱え込んでしまった。 それは、具体的なコース、日程が決まるにつれて、ますます苦しく大きくなる。 いつものことだ。 四六時中、緊張感が高まり、ひどいときには胸がむかむかする。 積雪の状態は? ルートは? 天候は? 自分の体力は? 技術は? 街なかで、電車のなかで、あるいは仕事中にも、僕はいろんなシミュレーションを繰り返す。 さまざまな不安が噴出し、僕は無口になる。 はっきり言って、僕よりもはるかに困難な山々に向かう人々はたくさんいる。 でも僕程度の技術しかなく、それが単独行であるならば、この五龍岳でさえ臆病な僕に緊張を強いるのは十分すぎるのだ。 僕が冬山に向かうときにはいつも、そんな弱気との闘いを繰り返すのだった。 出発してまもなく、積雪があらわれる。 登るにつれて徐々に積雪が深くなり、主稜線に近づくと膝下までのラッセルとなる。 午前5時半過ぎ、主稜線に至る。薄明がはじまり、東天が白みはじめる。 ほとんど休むことなく、僕は五龍岳(2814m)に向かう。 ルートは北西斜面にあり、積雪は思いのほか深く、部分的に雪質は硬い。 午前六時過ぎ、山々を深紅に染め上げて朝日が昇る。 そのころには、僕は膝を越すラッセルでひとり苦しんでいた。 アプローチの交通機関「五竜テレキャビン」が1ヶ月に及ぶ秋の定期点検を終えて、運行を再開したのは昨日のこと。 そして僕は、運行再開後、最初の、そして唯一の入山者だった。 だから、ここ遠見尾根から五龍岳に至るルート上には、僕以外に誰もいないのだ。 本当の意味での単独行だった。 頼れるものは何もない。他人のトレースをあてにすることもできない。 唯一、僕だけが夜明けの山稜を独占し、処女雪にトレースをつけているのだ。 でも、まったく人の気配のない雪稜を、自分だけの足跡をつけてたどるのが、こんなに快感だなんて…。 僕は息を荒らげラッセルを続けながらも、ひとり思わず微笑んでいた。 こりゃあ、病みつきになっちまうなあ…。 G0(ジー・ゼロ、岩峰の名称)のトラバースで緊張を強いられる。 硬雪の急斜面がはるか、黒部谷に続く。もしも滑れば、一発だ。何の苦もなくおさらばだ。 アイゼンの爪を効かせながら、僕は慎重に行動する。 そう、落ち着いて確実に行動するだけだ。怯えは無用だ。 確かな行動が確かな結果に結びつく。 僕はそんな当たり前のことを、5月の穂高吊尾根縦走で学んだ。 最後には20mの雪壁直上だ。 アイゼンの前爪だけで、僕は雪壁にへばりつく。 足下は見るまい。見ても無駄だ。はるかに切れ落ちる急斜面が見えるだけだ。 今ここで恐怖心を呼び起こしても、何のプラスにもならない。 途中でルートがわからなくなり、右往左往を繰り返す。 けれど、自分自身のルートファインディングでここまでやってきた。 五龍岳の肩に飛び出すと、数十m先に三角点が見えた。 そこに至る雪稜は誰の足跡もない、まったくの無垢の雪稜だった。 その雪稜を見た瞬間、多くの岳人が未踏峰にあこがれる気持ちがわかった。 たかが五龍岳、されど五龍岳。 この僕にとっては、今日、この五龍岳は未踏峰だった。 自分自身の経験と判断と技術だけで登り詰めた山頂だった。 僕はその無垢の雪稜をゆっくりとたどりながら、五龍岳山頂を踏んだ。 今冬から来春にかけての僕の目標は、ここ五龍岳だ。 だから、今回の山行はそのための偵察だった。 積雪の少ない時期に登頂ルートを確認することが今回の目的だった。 けれども、本当の意味での単独行(他パーティがいない)となったことで、「偵察」以上の意味を持ち得たことは確かだ。 他人のトレースをたどって頂上に至るのと、自分自身のルートファインディングによって頂上に至るのは、 やはりまったく意味がちがうのだ。 今回、僕は僕なりに自分の限界をまたひとつ超えた。 新しく身につけたこのわずかな自信が、今後のより困難な山行をきっと支えてくれるだろう。 それが、僕には少しうれしかった。 雲ひとつない快晴の冬空の下、360度、新雪の山々が僕を取り巻く。 まだ強風の残る五龍岳山頂で、僕の心はもう次の山々へと向かっていた。 |
| 過去の山行報告へのリンク |
| 山域・山名 | 時期 |
| 北アルプス・穂高連峰 | 1999年 5月初旬 |
| 北アルプス・槍ヶ岳 | 1999年 5月中旬 |
| 東北・朝日連峰 | 1999年 6月初旬 |
| 北アルプス・遠見尾根 | 1999年10月中旬 |