かつて私の本棚にエブリマンズ・ライブラリーの『ガリヴァー旅行記』が乗っていて、いつもそれが気になっていた。学生時代に買ったものだと思うが、早く読まなければ、という思いを引きずったまま、何十年も経過した。
私にもそれなりに研究対象とする分野があって、そちらの方で忙しかった、という言い訳がない訳ではなかったが、それが只の言い訳に過ぎないことは自分でよく分っていた。
言うまでもなく、私は自分の本棚にある本を全て読んだわけではない。ただ、この本に関しては、本当は読みたいのにまだ読んでいない、という気持ちが強かったのだろう。子供の時に子供向けの本で読んで面白かったので、いつか本物を読んでみたいと考えていたのである。
そしてついに、読むつもりでそれを開いた。
そして驚愕した。なんと、始めから終りまでのあちこちに、私の字で書入れがあるではないか。既に読んでいたのだ!
数十年前のことを忘れても特に問題ではない。しかし、最初に「まだ読んでいない」と思ったのは、本を買ってからまだ数年後のことである。あとはそれを繰り返していたに過ぎない。
私は自分の記憶力の貧しさを思わないではいられなかった。
そして、文字通り初心に帰って、読み直した。とても面白かった。
ガリヴァーが小人国や大人国や飛ぶ島などを巡った後で日本に来ることが、新鮮な驚きだった。他の「訪問地」が全て荒唐無稽な空想の産物であるのに対し、日本だけは実在の国である。そして日本については、事実に反することは何も書かれていない。作者が知っていることだけを書いたから、この部分はすぐに終ってしまう。私はそこに作者の誠実さを感じた。しかし、それならなぜ、空想の地に並べて敢えて日本を置いたのか?
しかしこういう興味も、あと数年で忘れてしまうのだろうか。私が本を読むことにどんな意味があるのか。どうせ忘れてしまうだけのことではないか。
いや、どうせ忘れてしまうにしても、読んでいる間に脳に与えた刺激には貴重なものがある、などと思い込もうとしても、それは悪あがきに過ぎない。
私は老人になって急にボケてきたわけではない。若い頃からこんな風だったのだ!