私って、何?

 去年の夏、バスに乗っていたら、私の隣に座っていた若い女性がお化粧を始めた。うっかりすると、彼女が見ている鏡のなかで視線が合ってしまうという恐怖体験につながりかねないので、私はとにかくそちらを見ないように、一生懸命まっすぐ前を見るようにしていた。でも、彼女がやっていることはだいたい分った。
 彼女はひととおりのお化粧がすむと、化粧クリームのようなものをむき出しの腕や肩に塗り始めた。私の方にやたらに肘が突き出されてくるので、とても迷惑した。そして、彼女は、ついには、開いた胸元から手を突っ込んで、そこにクリーム(のようなもの)を塗った。
 最後に、彼女は片腕ずつを水平に持ち上げて、腋の下に(何かを?)シュッシュッと噴霧して、すべての「工程」を終えた。
 彼女にとって、隣の私はいったい何なのだろう、と私は思った。まあ、何でもない、ということなのだろうけれど。
 少し長生きしすぎたかな、と思うのは、そういうときである。

次:ふるさと

目次へ戻る