伝統芸能

 私たちは歌舞伎のことを世界に誇りうる大芸術だと信じている。そう信じるのはけっこうだが、しかし、その前に、まず歌舞伎を観て、それが自分にとって愛するに足る芸能かどうかを確かめることが重要である。愛すれば世界に誇りうるかどうかなどということは大した問題でなくなる。同様に、文楽は世界一の人形劇だと日本人は信じている。これを人形劇と言うと、それだけで不謹慎みたいな感じになる。でも、実際に文楽を観たことのない人でも文楽は大したものだと信じているのである。
 伝統的な芝居や人形劇は世界各地にあって、それぞれ長い歴史を持っていて、それに携わる人々はその伝統の継承に生涯を捧げている。どれがいちばん優れているかはそう簡単に決められるものではないし、それほど重要なことでもない。伝統芸能はどれもかけがえのないものである。
 それが何であれ、自分の国のものを素晴らしいと信じるのは当然のことである。しかしよく知りもしないで盲目的に自国のものを世界一と信じるのは、いわばナショナリズムであって、賛成できない。まず自国や外国のものをよく知る努力をして、それぞれの良さを理解することが必要である。理解した先には、きっと素晴らしい世界が待っていることだろう。

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