ガオ君

 一一月はじめ、国際会議に学校から派遣されて上海に行ってきた。会議はもっぱら英語でおこなわれたが、会議以外の時間に、上海交通大学の学生が外国からの代表に接待とか通訳とかの奉仕をしてくれた。私たちにはガオ君という男子学生がついてくれた。彼は日本語科の学生で、日本語を勉強しはじめてまだ一年にしかならないということだったが、それにしては上手に日本語を話すのでびっくりした。ときどきこちらの言ったことがわからなかったり、言おうとしていることをどう言っていいかわからなくなったりすると、少し顔を赤らめて、「わかりません」と言うのが、とてもいい感じだった。中国の学生はほとんど全部が学生寮に入っていて、彼も四人一部屋の寮で頑張っているとのことだった。日本語を勉強している、ということに誇りと喜びを感じていて、とにかくこれをやることによって自分の人生を切り開いていくんだ、という意気込みが感じられた。そう、勉強とは、本来、そういうものなのだ。明日を信じてひたむきに努力する――それだけのことだ。
 ガオ君を含めて上海滞在中に会った何人かの学生のすべてが、とにかく外国に行きたいんです、と強い口調で言っていたことが印象的だった。彼らが中国人としての誇りを持っていることは疑う余地がないが、恐らくは、中国の閉鎖的な空気のなかで、とりあえず自由な空気の中で生活してみたいということだったのだろう。そして、中国がもう少し開放的な国になってくれることを期待しているということだったのだろう。
 中国で会った若者のすべてが明るく礼儀正しい人たちであったことを思うにつけ、彼らの希望が満たされることを祈るばかりである。

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