グルメとは何か。英和辞書には「美食家」と出ている。美食家とは何か。誰だっておいしいものが好きに決まっている。どうやらこれは「おいしいもののためには費用・労力を惜しまない人」といったニュアンスの言葉らしい。
学会で地方に行ったときなど、私はまっすぐに東京に帰るのだが、隣の駅まで行ってその地方の名物料理を食べて帰る、という人がいる。こういう人をグルメというのだろう。もちろん、私はグルメではない。
「おいしいもの」という概念も曖昧である。グルメがおいしいものと言うとき、そこにはとても高価であるとか、めったに食べられないものとかいう意味が込められていることが多いようだ。しかし高価で珍しいからといっておいしいとはかぎらない。味覚は人それぞれだからである。以前にリッチな知人が所属するグルメ・クラブに連れて行ってもらったことがある。そこで名前は知っているが食べたことがないものを幾つも食べさせてもらったが、全然おいしいとは思わなかった。
私が気の毒だと思うのは、テレビのいわゆるグルメ番組で、日本各地(あるいは世界各地)を食べ歩く役割を担っている人である。彼は食べ物を口にして「うん、これはうまい!」と言わなければならない。大声で叫んだり、腹の底から絞り出すような声で言ったり、様々である。額だとか膝だとかを叩く人もいる。でも、見ている側では、それが演技に過ぎないことが分っているので、ホントかしら、と思って見ているのである。個人の好みというものがあるだろうし、それに、撮影目的で地方に行ったときなどは、限られた時間内で幾つも料理を食べなければならないこともあるだろう。満腹状態で口にした物がうまいはずがない。
以前に、ある食べ歩きの番組に長い間出ていた人が、その番組が終了した時点で、番組の思い出を語っているのを聞いたことがある。遠い離島に行ったときのこと、そこでその島のおばあさんが作った海藻でできた羊羹なるものを食べたとき、ひとくち口に入れた瞬間に「オエッ!」と吐きそうになって、とても困った、と言っていた。
私にはとてもその役割は務まらない、と思ったことだった。