階段恐怖症

 私は高所恐怖症とか閉所恐怖症とか(女性恐怖症とか?)いろいろな恐怖症を持っているが、その一つに階段恐怖症がある。
 とにかく階段が恐い。そのうち階段で大怪我をするだろうという予感が私にはある。
 ある高名な女性の英文学者が、二階の物干し場から洗濯物を取り込んで、階段を降りようとして転げ落ち、そのときの怪我がもとでまもなく亡くなったことがあった。へえ、あの人でも洗濯物を取り込んだりしていたんだ、と私などは妙なところで感心したものだが、階段を降りるときにときどきその人のことを思い出す。
 まだ一段残っているのに、もう全部降りきってしまったと勘違いして、最後のステップが空中遊泳して、ひっくり返りそうになることがある。あれは恐い。
 もっと恐いのは階段を上るときだ。足の上げ方が足りないということなのだろうが、しょっちゅうつまずく。学校の階段でも、前のめりになって、おっとっとー、なんてみっともない姿をほとんど日常的にさらしている。私の知り合いの女性で(この人も大学の英語の先生である)、新宿駅の階段を上っていて、つまずいて顔に大怪我をした人がいる。病院に運ばれて大手術になったとか。明日はわが身、と思わないではいられない。
 まだ一段残っているのに、もう全部上りきってしまったと勘違いして、最後の一段に思いっきりつまずいて、階段の上で水泳をしているみたいに両手を広げて危うくバランスを取ることもある。そういう私を見かけたら、なるべく見ないふりをするようにお願いしたい。
 階段に手すりがあればなるべくそれを掴んで上り降りするようにしているが、でも、ふと気が抜けてそれをしないときに、決って、おっとっとー状態になる。
 それは私が年を取っているからだ、と、人は思うだろう。それは違う。私は、若いときから、ずっとこうなのである。

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