お騒がせしました

 突然、人のいる部屋に入ってきて、一人で騒ぎ立ててから部屋を出てゆくときに、「お騒がせしました」と言うのが一般的なようだ。私はそういうとき、いつも心の中で「私は少しも騒いでいないぞ」とつぶやく。勝手に一人で騒いだだけなのに、お騒がせしました、と言うのは、幾分か失礼な言葉のように思える。例えば選挙カーなどがばかでかい声でがなり立てたあとでこれを言うと、私はあからさまにむっとする。言っている人も、実は「騒ぎ立てて申し訳ありませんでした」とか「騒がしい思いをさせてすみませんでした」とかいう意味でこれを言っているのだろう。でも、この言葉はそういう意味にはなっていない。
 先日、結城座という江戸時代から続く糸あやつりの人形芝居を見たのだが、そのなかで何度か「お喧しゅうございました」と言っているのを聞いて、これこれ、と思ったことだった。日本語は美しいものだから、正確に使ってその美しさを保持したいものだ――などと言っても、年寄りの繰り言にしかならないのは、よく存じております。

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