私は大学一年のときに、あることをきっかけとして、突然、クラシック音楽ファンになった。
クラシック音楽についてはなにも知らなかった。そして知らないことについては知っているらしい人にひたすら質問する癖のある私は、新宿の有名な老舗レコード店にレコードを買いに行ったときに、若い男性の店員にあれこれ質問することになった。いま考えると、実に珍妙な問答をしたものである。
「ベートーヴェンの『第九』のレコードには、合唱つき、と書いてあるのと、そう書いてないのとありますが、どう違うんですか?」
「書いてないのには、合唱がついてないんです」
「え、全然ないんですか?」
「そうです」
そこで私は「合唱つき」と明示してあるのを買った。
「交響楽団というのと管弦楽団というのとありますが、どう違うんですか?」
「管弦楽団は管と弦ですから、打楽器がないんです」
「え、全然ないんですか?」
「そうです」
そこで私はなるべく交響楽団と書いてあるのを買うようにした。
たまたま新入りで経験の浅い店員だったのだろうとは思う。しかし、無知であるのは仕方ないとして、適当に想像したことをまるで断固たる事実のように客に教えるのはどうしたものか。それは店員としてのプライドがそうさせるのだろうが、それならもっと勉強してもらいたい。
とにかくそのとき店員は当てにならないと痛感したものだから、私は音楽雑誌を読みあさって知識を収集した。夢中になる、というのはああいうのを言うのだろう。楽しい思い出である。