先週末にかなりの量の雨が降った。私は雨が好きなので、いいぞ、いいぞと思った。
 晴れも嫌いではないのだが、晴れが続くと、すぐに水不足が心配になってしまう。給水制限ということももちろんいやだが、それよりも、水不足になればお米が不作になる、と考えてしまうのである。
 私が子どもの頃、というのは戦後の食糧難の時代だったが、米が豊作か不作かは文字通り国民的な関心事だった。小学校の廊下に新聞社が発行する「写真ニュース」(今でも駅のプラットホームなどで見かけることがある)が貼ってあって、そこに「今年は豊作」という見出しの下に稲穂の写真が載っていたりすると、私たちは心弾む思いでそれを見たものだ。
 そのときの習性がまだ残っているのである。特に梅雨どきの雨は米の生育にとって大事なものだから、「空梅雨」という言葉くらいいやなものはない。梅雨が近づくと、「しっかり降ってくれよ」と呟くことになる。
 最近では豊作が必ずしもめでたいものではなくなってきた。かえって迷惑がられたりしている。こんなことではそのうちバチが当るぞ、と思っていたら、一昨年は雨が多すぎて大凶作となり、米を輸入する騒ぎになった。
 だから言わんこっちゃない、と私は思ったことだった。

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