私の子どもがまだ小さかったとき、ある学生が私に、
「先生は、お子さんがお刺身にソースをかけて食べようとしたら、それを止めますか?」
と質問した。
私は、なんでそんなことを聞かれなけりゃならんのか、と思いながらも、しかし質問されたからには答えなければならないと思って、答えた。
「そうね、多分、止めるだろうね」
「どうしてですか? だって、味覚というものは個人的なものですから、それはその人の勝手ではありませんか。たとえ子どもでも、それをやめさせる権利は親にだってないんじゃないでしょうか」
なんだか言いがかりをつけられたみたいだな、と思いながらも、もしかしたらこの人は幼いときにこれに類することで嫌な経験をしたことがあるのかもしれない、と思い返して、少し考えてから、次のように答えた。
「味覚は個人的なものだと君は言うけれども、それは違う。味覚は文化であって、それは他の全ての文化と同じように、原則的には次世代に継承されるべきものだ。大人になってから刺身にソースをかけて食べても、それはその人の勝手かもしれないが、少なくとも子どもがそれをしようとすれば止めるのが親の務めだと思う」
学生には色々な人がいて、その頭の中には色々な思いが渦巻いている。それは当然である。当然だが、それをいちど外に出してみるのも重要ではあるまいか。友達同士でもいいし、たまたまそこに教師がいれば、そこにぶつけてみる、というのも悪くない。けっこう面白い会話ができるかもしれない。