今から十年以上も前、私がまだ千葉市内に住んでいたときのこと。
ある日の夕方、散歩に出て家の近くまで帰ってきたところで、見知らぬおばあさんから道を尋ねられた。ここを右へ行って左へ行って、まっすぐ行ったところを右へ曲って……と説明してから、「お分りになりましたか」と尋ねると、「すみません、もういちど言ってください」と言う。そこでまた、右へ行って左へ行って……を繰り返して、「お分りになりましたか」と聞くと、「すみません、もういちど……」となる。何回かそれを繰り返したあと、これではらちがあかないと思ったので、「それではそこまで連れて行ってあげましょう。どうせ散歩の途中ですから」と言って、十分ほどの道のりのところを案内してあげた。道々聞いたところでは、九十九里浜から来たとのことだった。
目的地に着いたので、「では……」と言って別れようとすると、おばあさんは持っていた手提げのなかをごそごそ探りながら、「これはほんの少しですが……」と言っている。私はそれは聞えなかったことにして、「それじゃ、さようなら」と言って歩きだした。
しばらく行ったところで、私は後ろから足音が迫っているのに気づいた。振り返ってみると、おばあさんがぜーぜー息を切らしながら追いすがってくる。私はおばあさんが心臓麻痺でも起したら大変だと思ったので、しかたなくおばあさんが追いつくのを待った。
私はそのときおばあさんから、新聞紙に包んだアジの開きを数枚もらった。きっと知人へのおみやげの一部をこちらに回してくれたのだろう。いくら辞退してもどうにもならなかった。
その晩、早速それを焼いて食べたが、そのおいしかったこと! それは売りものではなくて、漁民が自分たちで食べるために作ったものなのだろう。私は、漁民はいちばんおいしいのは自分たちで食べてしまって、二番目以下を売りに出すのかと疑った。
今でもアジの開きを食べる度にそのときのことを思いだす。そして、あれをもういちど食べてみたいと思うのである。
今日の話はちょっとイヤしかったかな。