何度思い出してもおかしい、というような体験をすることがある。
今から一年ほど前の話。私は八王子市内のある胃腸病院の受付の前の長椅子に座って、名前を呼ばれるのを待っていた。そこに、五〇代半ばとおぼしき男性がやってきて、やたらに大きな声で、受付にいた看護士さんに話しかけた。
「ちょっと聞きたいんだけどね」
「なんでしょうか」
「おれは半年ほど前にこの病院で胃の手術をしたんだけどよ」
「はあ」
「そのときおれの腹の中にハサミだかメスだかを置き忘れたってことはないだろうかね」
その場にいた全ての人が驚愕したことは言うまでもない。待合室の人も、受付の中にいた人も、一斉にその人に注目した。看護士さんも、一瞬青ざめたように見えた。
「そんなことはないと思いますけれど」
「それじゃ、腹を縫い合せるときに、ホチキスみたいなもので止めたってことはないかね」
「いいえ、ちゃんと糸で縫ったはすです。抜糸もしたはずですけど」
「そうかなあ」
「どうかなさったんですか」
「いやね、このあいだ、飛行機に乗ったんだけどよ。ほら、金属探知機の門みたいなのをくぐるじゃねえか。そのとき、おれが何度くぐりなおしてもブザーが鳴るんだ。おれは金属のものなんかなんにも持っていないのによ。それで、ふっと手術のことを思い出してね」
「あれは身につけている金属の総量で決るらしいですから、ちっちゃいものをいくつかばらばらに持っていたんじゃないですか」
「そうかなあ、そんなこともなかったと思うけどなあ」
その男性は首をひねりながら帰っていった。
この話、面白くない? そうかなあ。