森鴎外の娘でのちに作家となった森茉莉によれば、彼女がまだ幼いとき、ある日外出から帰った鴎外は、玄関に出迎えた彼女に、「私はどこにいても、いつもお前のことを思っているのだ」と叫ぶように言ったという。
 また、私が個人的に聞いた話では、ある有名なエッセイストは、娘の結婚披露宴で、さも花嫁の父の心情を思いやるかのようなスピーチを聞いて、「娘を嫁がせる父親の気持など、誰にも分るはずがないっ!」と叫んだという。
 どうも娘に対する父親の気持には切ないものがあるようだ。
 そして、次の詩。これも娘への思いを吐露したものである。

わが子よわたしが死んだ時には思いだしておくれ
酔いしれて何もかもわからなくなりながら
涙を浮べてお前の名を高く呼んだことを
また思いだしておくれ恥辱と悔恨の三十年に
堪えてきたのはただお前のためだったことを

(中桐雅夫「小さな遺書」より)


 この詩を読むと、私は涙がにじんできて仕方ない。
 え、私? 私の、娘に対する気持? そりゃ、あなた、冷静そのものですよ。

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