呪いの古城

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 雷鳴が轟き、霧に煙る夜更け、酒場に集った男たちは何かが起きるのを待っていた。エズラが窓の外を見張っていると、若い娘が一人、茫洋と歩いてくる。不審に思ったエズラが見守るなか、娘は町外れのほうへ歩みを進めていった。男たちに手筈を整ええるよう指示し、エズラはマイカを連れて娘の後をつけていく。街を外れ、墓地を抜け、そしてたどり着いたのは悪魔の棲み家と呼ばれる古城であった。

 古城に入った娘を出迎えたのは、貴族ふうの衣装を身にまとった男ジョセフ・カーウィンと、漆黒のドレスに見を包んだ女ヘスター。交わす言葉もなく、娘は二人に招かれるままに地下室へと入っていく。広い地下室にしつらえられた祭壇。自らそこへつづく階段を登った娘は、なんの抵抗をすることもなく、自ら手かせをかけられた。そしてカーウィンは祭壇の周囲に灯をともし、およそ人間の話す言葉ではないと思われる呪文を唱える。さらに、娘の足元に穿たれた扉を引き上げた時、その扉の向こうに何を見たのか、今まで言葉一つどころか、表情ひとつあらわさなかった娘の顔がみるみる恐怖に歪み、絶叫がほとばしった。

 古城の様子をうかがっていたエズラのもとに、ようやく手に手に松明を掲げた街の男たちが駆けつけた。古城の扉をたたき、娘誘拐の嫌疑を叫ぶエズラ。だが、扉を開けて出てきたカーウィンが自分の意思で来たのだなと問いかけると、娘はただ「はい」と繰り返すばかり。閉ざされそうになった扉を押し止め、娘に名前を問いかけるエズラ。だが、娘はただ心ここにあらずといったままに口を開くことがなかった。エズラは叫ぶ、「魂を抜き取ってしまったのだ!魔術師は火あぶりにするのだ!」と。

 たとえ魔術師といえども大挙して取り押さえられてはなす術もないのか、枯れ果てた木に縛りつけられてしまうカーウィン。群集はヘスターをも取り囲むが、女には手を出すなとエズラに制される。そしてカーウィンは、居並ぶ男たちを、アーカムの町を呪い、燃え盛るの炎に飲み込まれていくのであった。いずれ甦り、復讐を果たすことを誓いながら。

 

 それから110年後のアーカム。カーウィンの名は忘れ去れれることはなく、この街を通る旅人たちの間にはよからぬ噂さえのぼることがあった。その噂が真実であることを物語るような、重く憂鬱な霧に包まれるこの町に、一台の馬車が到着する。霧をかきわけるように降り立ったチャールズ・ウォード夫妻に、「ご無事で・・・」と言い残し馬車を走らせ去っていく御者。

 ウォード夫妻は目についた酒場「バーニング・マン」の扉を開く。そこは田舎町特有の、どこか排他的な酒場だった。静かな、しかし刺すように伺う客たちの視線のなか、ウォード夫妻はカウンターに歩み寄り、酒場の主人に探している家の場所を訊ねる。だが、その家の名を聞いた主人は無愛想な中に驚きを隠しつつ、知らぬと答えた。ウォード夫妻がアーカムに来た目的は遺産相続した物件を見にくること、その遺産とはジョセフ・カーウィンの古城であったのだ。

 しかたなく酒場を出ようとする夫妻を、客の一人が呼び止める。だが、その男もウォードがカーウィンの子孫であることを知ると、古城の場所を教えようとはしなかった。ウォードは皮肉まじりに「ニューイングランドの人々は親切なことだ」とつぶやく。しかし、男はどこか恐れているような面持ちで夫妻をとどめようとする。「あそこにはいかないほうがいい、あれは狂人の宮殿なのだ」と。さらにもう一人の客が言葉を引き継ぐ、「あそこにはもう100年も人が住んでいない。悪いことは言いませんから、ここのことは忘れて引き返したほうが身のためです」。彼らこそ、カーウィンを火あぶりにした男たちの子孫、エズラたちであった。

 曖昧な理由に納得のできないウォード夫妻は、彼らの言うことを気にかけずに酒場を出ようとする。だが、さらにもう一人の客、ほかの客とはどこか雰囲気の異なる男が夫妻に声をかけた。しかし、その男、ウィレット医師は夫妻を引き止めるのではなく、古城の場所を指し示す。町外れの丘にたたずむ古びた宮殿を。

 酒場に戻ったウィレットを、夫妻を引き止めた男が「カーウィンにそっくりじゃないか」と攻める。ウィレット医師は似ているのはただの血筋だと反論するが、男は「悪魔が帰ってきた、ジョセフ・カーウィンが戻ってきたのだ」と信じて疑わなかった。

 ウォード夫妻は、確かに長く人の出入りしていないことを物語るかのように蜘蛛の巣に覆われた扉を開け、古城に足を踏み入れる。そして夫人は、暖炉の上に飾られた肖像画に驚く。そこに描かれた人物は、チャールズ・ウォードに瓜二つなのであった。少なからず戸惑うチャールズだが、その戸惑いから逃れるかのようにその場を離れ、城内を見てまわる。

 二人が上階の一室に足を踏み入れ、明かりをつけた時、ふいに一人の男が現われた。驚く夫妻に、生気のない顔色をした、不気味ともいえるその男は、管理人のサイモンだと名乗る。この館にとどまるつもりのなかったウォード夫妻だが、サイモンに誘われるがままに、ここで一晩を過ごすことにする。

 ホールでくつろぐチャールズは、ふと、なにげなく暖炉の上の肖像画に目を留める。だが、肖像画と目があった時、めまいのような不思議な感覚に襲われた。思わず目をそらしうつむくチャールズだったが、その不思議な感覚が去り、あげた顔に浮かんだ表情は、どこかそれまでのチャールズとはちがうものであった。

 翌朝、帰宅を急ぐ夫人だが、修理すれば高値で売れると、チャールズは帰ろうとしない。ここは気味が悪いと断ろうとする婦人だったが、何かを知りたいというチャールズに押し切られてしまう。その表情はやはりこれまでの、夫人の知っている彼のものとはどこか違和感のあるものだった。そしてその日、アーカムへ足を運んだ夫妻は、そこで畸形と化してしまった人々に出くわした。

 その晩、夕食に招待したウィレット医師から彼らのこと、さらにはアーカムに科せられた呪いのことを聞かされる。ジョセフ・カーウィンのことを。噂では、カーウィンは魔書ネクロノミコンの力を用いて悪魔の力を持った子供を作り、この世を支配しようとしていたという。アーカムの街は、火あぶりに処されたカーウィンに呪われ、その呪いはいまでも信じられているのだ。そしてウィレット医師は二人にすすめる、ここに滞在するのは危険だ、あなたがたはアーカムの住人たちに恐れられているのだからと。

 深夜、嵐の音に目覚めたチャールズは、何かに呼ばれるように城を出た。そして一本の枯れ果てたきのもとにやってくる。そこで群集の叫び声、何かを攻めたてるような声に包まれる。気のせいか、たんなる風の音かと思ったチャールズだったが、ガウンをもって現われたサイモンと共にホールへ戻り、肖像画の前にたった途端、チャールズはチャールズではなくなってしまった。彼と同じ顔を持った男、かつて悪魔と恐れられた男、ジョセフ・カーウィンの魂がその体に宿ってしまったのだ。そして彼はサイモンと、さらにもう一人、これまで姿を見せなかったジャベズとの再会を祝う。

 だが、カーウィンの支配はまだ完全ではなかった。チャールズがいないことに気づいた夫人がホールへおりてくると、そこには何が起こったのかわからない、まるで夢遊病になったようだというチャールズがいたのだった。

 チャールズがやってきてから1週間。エズラたちはチャールズのことを、ジョセフ・カーウィンのことを恐れ、噂し合っていた。ただ一人、100年も前の杞憂に過ぎないと主張するウィレット医師だったが、その100年も前の復讐がこれだと自分の手を見せる男の前に言葉を失ってしまう。その男の手は異様に膨れ上がり、まるで異形のそれのようになってしまっていた。

 ある晩、チャールズの、いや、カーウィンの姿はサイモンたちと墓場にあった。3人は一つの墓に立ち止まり、あろうことか掘り起こしはじめる。その墓碑銘は、かつてのカーウィンの妾ヘスター・ティリンガスト。棺を運び終えたチャールズは、夫人に見とがめられるが何事もないと言い張る。しかし夫人が寝室へ戻った後、意識が元に戻りはじめたチャールズは、肖像画からカーウィンの声を聞く。おまえの意識は徐々に弱まり、私がその体を支配するのだと。そして再びカーウィンに支配されたチャールズは、運び込んだ棺のもとへ、地下室へとおりていった。

 翌朝、カーウィンの呪縛から逃れたチャールズはこの城を離れることを決意するが、迎えに来たウィレット医師の前で、再び帰らないことを宣言した。不審に思うウィレット医師だが、カーウィンの魂が戻ってきたなどとは思わない彼は、チャールズは伝説と雰囲気にのまれてしまったのだと考える。それでもこのままでは危険だと思った医師は夫人だけでもここを離れるようすすめるが、夫の身を案ずる夫人もまた留まることに決める。何かあったらすぐに連絡するよう言い残し、その場を去るウィレット医師。だが、チャールズは今度こそカーウィンにのっとられてしまったのか。館に戻った彼は、サイモンとジャベズにアーカムの住人への復讐を宣言する。

 その晩もまた、エズラたちはバーニング・マンに集まってはカーウィンのうわさをしていた。墓が荒らされ、ヘスターの棺が盗まれたことこそカーウィンが戻ってきた証拠なのではないか。アーカムの町は更なる復讐によって、彼に関った者が殺されるかもしれないと。そして、恐れていた事態は現実のものとなる。

 エズラは、異形と化した息子を自宅の一室に閉じ込めていた。酒場をあとにした彼が帰宅すると、閉じ込めてあるはずの者のうなり声が、その部屋とはちがう場所から聞こえる。驚いたエズラが振り返ると、暗がりから異形の姿が。もみ合うエズラは、息子と共に暖炉の中に倒れ込んでしまう。そして物陰からその様子をうかがうカーウィンがいた。

 さらに翌日、霧の中から突然油をかけられ、マイカが焼き殺されてしまった。そしてそこにもまた、誰にも気付かれることなくカーウィンの姿があった。

 城内でもチャールズの行動に奇妙なところが目立ち、恐ろしくなった夫人はウィレット医師を呼ぶ。だが、チャールズは夫人こそ気を病んでいるのだと医師に告げ、夫人を連れて帰らせた。

 城を出た医師と婦人だったが、アーカムの住人たちが手に手に松明を掲げ、カーウィンの城に乗り込もうとしているところに出くわす。急ぎ引き返したウィレットたちだが、城内にはチャールズたちの気配がない。だが、地下室への隠し扉を探し当て、その先に見たものは、チャールズたちと、甦ったヘスターの姿であった。そして夫人はとらわれ、祭壇に、かつてカーウィンが恐ろしい実験をしていたあの場所に繋がれ、邪悪な者が潜む扉が開かれてしまった。

 地下室に夫人の悲鳴が響き渡った時、アーカムの住民たちが到着し、城は火に包まれようとしていた。しかし夫人の声が届いたのか、チャールズは元の意識を取り戻す。夫人を逃がし、チャールズもまたウィレット医師に救われて炎のあがる城から逃れ出た。

 そしてあの木に倒れ込み、医師に礼を言うチャールズ。この礼はいつか必ず、そういって振り向いたチャールズは、果たしてチャールズ・ウォードであったのか、それとも・・・。

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