この章では音響理論の基本となる部分で、重要な事項であるにも関わらず、結構判ってないままほっておかれることの多い事項について簡単にまとめてある。本来だったら一番最初に来るような内容なんだけど、最初から拒絶反応を起こすといけないので、こんなに後ろに来てしまったのだ。さて、最初はシステムのお話から・・・・
9-1-1 音響システム
たぶんみんな部屋に入れば、いくつかの音響製品があるでしょ?これらの音響製品はほとんどのものが「自己完結型」の機器という事が出来る。例えばラジカセならカセットテープを入れて再生ボタンを押すだけで音が出る。つまり、その1台だけでカセットテープを聴くという作業は出来てしまうわけね。
ところが例外もあって、ビデオデッキなんかの場合はどうだろうか。ビデオデッキにテープを入れて再生しても「ぢーころぢーころ」いっているだけで、面白くもなんともない。つまりビデオデッキはテレビ等と一緒に使って、はじめて「画像を見る」という本来の目的を果たすことが可能となるわけだ。音響機器はほとんどこのビデオデッキタイプのもので、単体では何の役にもたたないものばかりだといえる。
さて、それらの機器をつないで「どうしたら音が出るか」を考えていこう。音響システムには必ず信号の「入力の部分」と「出力の部分」があり、その入力の部分と出力の部分のあいだには必要に応じて「信号を加工する部分」があるというのが基本。信号は電気の形で受け渡しされる。
ためしに、カセットテープをスピーカで鳴らす音響システムを考えてみよう。この音響システムにとっての音の「入力の部分」はカセットテープを再生するカセットデッキで、「出力の部分」はスピーカなわけだ。「音を加工する部分」は必要がないような感じがするので、とりあえずこの音響システムにはいれないでおこう。
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図9-1-1 システム1 |
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図9-1-2 システム2 |
音響システムでは電気の形で信号がやりとりされる。ところが音響システムが扱うのは音で、その実態は空気の振動なわけだ。空気振動と電気信号のあいだには何の関係もない。
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図9-1-3 入力部分の必要性 |
音響システムが音を出すことを目的としている場合、出力部に用いられるのはスピーカである。(ヘッドフォンもスピーカの一種) マイクが空気振動を電気信号に変換する働きをもっているのに対し、スピーカはその逆の働き、すなわち電気信号を空気振動に変換する働きをもっている。マイクと同じくこのスピーカがないと音響機器は意味のないものになってしまうわけだな。そのほかに音響システムの出力としては記録媒体、伝送媒体などがあるぞと。記録媒体とは簡単いいうと「録音するもの」で、CD、テープレコーダーなどがこれにあたる。また伝送媒体とは放送や電話などであり、これら両者ともに電気信号のまま出力とするが、最終的にどこかでスピーカによって空気振動に変換されることには変わりがない。
加工部というと少し堅苦しいが、音量、音質、音程や信号の形を変化させたり、混合分岐する役目で、ここの代表格はミキサとアンプ。実際の音響システムではこの加工部が複雑になることが多い。ミキサの役割はいろいろあるが、基本的には音量操作と混合と分岐。アンプの役割は信号レベルを大きくしてやることである。そのほかにこの加工部には、さまざまな効果を得るエフェクタなどがある。
9-1-2 音響システムの設計
音響システムの設計(というと少し大げさだが)は次の2点に要約される。
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図9-1-4 必要な機材 |
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図9-1-5 システムA |
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図9-1-6 システムB |
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図9-1-7 システムC |
このように同じ機材を使用しても、使い勝手がつなぎ方によって大きく左右される。よって音響システムの設計の基本は、使用する機材を選出し、それらを最良の方法でつなぐことだ。
9-1-3 ダイナミックレンジ
ダイナミックレンジというのは、基本的に音響機器の性能を表わすものの一つにしか過ぎないのだけれど、ダイナミックレンジを上手く使うということが音響システム全般の大前提なので、しっかり理解しておこう。ダイナミックレンジとは簡単にいうと、「ある音響機器が扱える最大の信号レベルから、その音響機器自体が持つ雑音のレベルを引いたもの」。語弊を恐れずにもっと簡単に言うと、「その音響機器にはどれだけ大きい信号まで大丈夫か」ってことだ。
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図9-1-8 扱える信号の限界 |
このように雑音と扱える信号レベルの限界という相反する2つの面をかかえているため、「なるべく大きく、かつ音が割れないようなレベルで信号を入力してやる」ってことが大事となるわけだ。これは何もカセットデッキにかぎったことじゃなく、すべての音響機器に関していえることなのだ。
それではなぜ音響機器には扱える信号レベルの限界があるのかを説明しよう。(マイクやスピーカについては構造上の問題なので、ここでは省略)
音響機器にはごくわずかの例外を除いて、コンセントや乾電池などのいわゆる電源が必要だというのは、何となく身近なものを見てればわかるよね。つまり音響機器は「電気信号」を電源という「電気の力」で加工しているというわけだ。だから音響機器はその電気の力よりも大きい電気信号は扱いきれないわけだな。「電気の力」というお金を千円しかもってない「音響機器」という人が、「電気信号」という人に『5百円銀行にいれて4百円出せ』と命令されれば、「音響機器」という人はそれを実行することができるが、『一万円銀行にいれてから9千円出せ。』と命令されても「音響機器」という人ができるのは千円いれて千円出すことだけ。つまり「電気信号」という人に言われたとおりにできるのは千円までで、それ以上の金額の出し入れは言われたとおりにはできないってことだ。このように音響機器に対しての信号レベルが大きすぎて、その音響機器の出力が入力と違ったものになってしまったときの信号の状態を「歪(ひずみ)」という。読んで字のごとく(音が)正しくないってことね。
「雑音」ってのはまあ日常会話でも使われる言葉なんで特に説明はいらないよな。まあ「いらん音」ってなイメージだ。 それじゃ「雑音」の反対語はわかるだろうか?答えは「楽音」という耳慣れない言葉だ。この雑音と楽音の区別はどこでするかというと、規則性のある信号を楽音、そうでないものを雑音と呼んでいる。くだけていえば音楽的な信号や言語的な信号を楽音、そうでないものを雑音というってこと。それで雑音は「雑音」という言葉より「ノイズ」といった言葉のほうがよく使われるので、今後はノイズということにしよう。(雑音を英訳するとNoise(ノイズ)だが、日本での使われ方は微妙に異なる。雑音がとにかく「不必要なもの」といったニュアンスなのに対して、ノイズは不必要なものといった意味に加えて「不規則な信号音」といった必ずしもマイナスのイメージとはいいきれないニュアンスを含んで使われている。ただしこれは少しハイレベルな話になるので、しばらくは「ノイズ=不必要な音」としておこう。)
さきほどにもいったように、何百万とする音響機器でも、おもちゃに毛の生えた程度のものでも、音響機器ってのは必ずノイズを発生する。ただなるべくその音響機器のノイズを減らすのが音響機器を設計する人の役目であり、その音響機器のノイズをなるべく気にならないように使うのが私たちの役目なのだ。じゃあいったいどうすればいいかというのはもうわかるよね。「音響機器を使用するときは適正な信号レベルで使用する。」ってことだ。適正な信号レベルってのは信号が歪まない最大の信号レベルのことだ。さきほどカセットデッキの録音レベルを例にとって説明したけど、ミキサであろうがアンプであろうが同じこと。 ダイナミックレンジというのは、その音響機器が扱える最大信号レベルからノイズレベルを引いたもので、「実質扱える信号レベルの大きさ」ということになる。当然これは大きければ大きいほど優秀な機器だといっていい。(ダイナミックレンジが「広い」といういいかたをすることも多い。ちなみに「広い」の逆は「狭い」。)
また「音響システムのダイナミックレンジは、その音響システムの中の最もダイナミックレンジが小さい音響機器のダイナミックレンジに等しくなる。」というのも理解しておこう。たとえば図9-1-9のようにカセットテープに記録された音楽をミキサを通してオープンテープにダビングする音響システムを考えてみよう。
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図9-1-9 トータルのダイナミックレンジは50dB |
9-1-4 ブロックダイアグラム
音響機器一つ一つについても、音響システムと同じように単体では何の働きもしない部品を組み合わせて、なにがしかの機能を持たせたものだ。たとえばカセットデッキを例にとると、カセットデッキはケース、モーター、コネクター、電子基板などのさまざまな部品から構成されている。わたしたちはカセットデッキ屋さんではないので、ケースの横幅が437.5ミリだとかモーターの型番がどうだとかについてのヲタッキーな知識を持つ必要はとりあえずない。けれども音を扱う以上、信号経路については知っておく必要がある。
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図9-1-10 理解しやすさ |
基本的に信号は左から右の方へ流れる。つまり、入力が左で出力が右側にかかれるわけだ。ちなみにほとんどの音響機器は実際のパネル配置もそうなっていることが多い。唯一の例外は、ギター用のコンパクトエフェクタで、右が入力で左が出力だ。これは左が入力だと、(多数派の)右利きのギタリストが、エフェクタをつないだときに、ギターからエフェクタへのケーブルが足下を横切ってしまうためだ。
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図9-1-11 接触・非接触 |
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図9-1-12 信号経路の交差 |
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図9-1-13 加工部 |
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図9-1-14 アンプ |
アンプというと前に出てきたパワーアンプやギターアンプを想像してしまう人も多いかもしれないが、ここではとりあえず「信号の大きさや形を変えるもの」と理解しておいてほしい。
HAとはHead Ampの略で、Head→頭→最初ということから、信号が一番最初にはいるアンプというのがもともとの意味だけど、実際には、「小さい入力信号をその機器の動作に必要な分だけ信号を増幅してやるもの」という意味に使われている。またHAには増幅率を変化させられるものも多く、その場合は「GAIN」などという表記のボリュームやスイッチの記号がある。
HAと違ってラインレベル、つまり比較的信号レベルの大きい信号を増幅するためのアンプだ。
何かの機械部分、つまりメーターなどの電子部品ではないものを動かすためのアンプ。
スピーカやヘッドフォンを鳴らすためのアンプ。
バッファーアンプとは信号の増幅をおこなわないへんてこなアンプだ。じゃあなんの役に立つのかというと、「インピーダンス」というものの変換をするのだが、この「インピーダンス」については後述するとして、ここでは「増幅率が1倍のアンプ」とでも理解しておけばよろし。まあ実際信号の流れを確認する分には無いものとみなしてもらってもいい。ちなみにバッファー(Buffer)とは「緩和するもの」という意味だ。
サミング(Summing)っていうとなんか洗剤の名前みたいだけど、「合計」という意味。だからサミングアンプというのは信号をまぜあわせるためのアンプ。これも信号の増幅はおこなわないので、まあバッファーアンプの一種という考え方もできる。
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図9-1-15 ボリューム |
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図9-1-16 スイッチ |
ちなみにブロックダイアグラムに書かれている入切型のスイッチは、スイッチを「切」の状態でで書いてあり、切り替え型の場合は基本ポジションが書いてある。
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図9-1-17 コネクタ |
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図9-1-18 その他 |
ここでは豆電球(うわ〜懐かしい)のように光るもんだと思っておけばよろし。ピカチュゥみたいな線は省略されることもある。音響機器ではピークインジケーター(信号レベルが大きすぎるときに光るもの)として使われることが多い。
記号を見ればわかるように、針がついたアナログ式のメーターだ。ブロックダイアグラム中では信号レベルを監視するVUメーターを表わすことが多い。