5-3 レコーディングの手順

  
  
5-3-1 スタジオ内での準備

   

  1. 楽器の搬入及びセッティングを行う。またあらかじめ、使用するマイクやマイクスタンド、キューボックスなど搬入の邪魔にならない程度に準備しておく。
  2. 楽器をセッティングしている間、さらに必要なマイクなどを準備する。
  3. マイクをマイクスタンドを確実に立てて、マイクを取り付ける。この時にマイク内臓のスイッチを確認しておく事。(ハイパススイッチ、パッドスイッチ、指向性切り換えスイッチなど)
      
  4. 写真5-3-1 マイクコンセントの例
    楽器のセッティングが終ったら、マイクスタンドに取り付けたマイクを楽器の近くに持って行き、あらかじめ決めてあるトラック割りにしたがって、マイクとスタジオのマイクコンセント間を結線する。スタジオのマイクコンセントの番号は、基本的にトラック割りの番号と同じでいいけど、物理的にマイクコンセントが遠い場合は、使っていない番号のマイクコンセントにつないで、卓のパッチベイの操作で本来の番号に戻してやればいい。この辺りはチーフのエンジニアと打合せのこと。
       
  5. 写真5-3-2 キューボックスの例
    キューボックス(スタジオのプレーヤのためのヘッドフォンアンプ)を用意して、ヘッドフォンを差し込んでおく。なるべく一人につき一台のキューボックスを用意するようにしたほうが、それぞれが別々のモニタバランスを作れるのでいい。写真は比較的簡易型のもので、ステレオL/Rの他に2系統のCUE回路を持つもの。大型のスタジオでは、8系統程度のCUE回路を持つものがよく使われる。
  6. コントロールルーム内の準備が整ったら、回線チェックを行う。回線が正常かどうかだけでなく、音質もチェックしたほうがいいので、マイクに関しては、同じ人は同じ様な状況の下で(マイクからの距離や方向、声の出し方など)声を出してチェックする。D.Iに関しては実際に楽器を弾いてもらう。この時にプレイヤーに「楽器のプラグの抜き差しをする時には一声かけてね。」といっておいたほうが、後々勝手にケーブルを抜かれてスピーカが飛んでしまう危険が少なくなっていいよ。プレーヤには必ずしもレコーディングの常識があるわけではない。
  7. 回線チェックが終ったら、楽器ごとにマイクをセットする。タコなプレーヤだとこの時点でどかどか・がんがん音を出していると思うが、そこは耐える職業だ。・・っけっ!
  8. 最初のうちはマイクの向きを変えたりとか、プレーヤのケアのため色々とあるので、一人スタジオの中に残っておいたほうがいい。

      




   
5-3-2 コントロールルームの準備

  

  1. デジタルMTRを使用する場合は、テープのフォーマットを行う。フォーマットは時間のかかる作業なので、前もってやっておくのが望ましいが、出来なかった場合はスタジオ入りしたらすぐにテープの風通しをした後に、フォーマットを行えばセッテイングしている間にフォーマットをする事ができる。(フォーマットしている最中ぢ〜っと見ている必要はないよ)また同期運転を考えている時は、同期信号もこの間に入れておこう。
  2. ドラフティングテープをミキサに貼り、あらかじめ決めてあるトラック割りを書き込んでおく。また必要なパッチングを済ませ、ミキサのアサインスイッチなど必要な部分のセットをする。つまり音を出すまでもなく出来ることを済ませておくという事だな。
  3. テープレコーダのクリーニングを済ませ、使用するテープを用意し、「オビ」(テープの情報を書く紙。テープの箱にはさむ事が多い)を付けて必要事項を記入しておく。
  4. デジタルMTRを使用する場合はテープを入れ、録音可能な場所までテープを送っておく。 アナログMTRをの場合はテープをかけて、全トラックインプット状態にした後、全トラック録音スタンバイ状態にしておく。この時点ではまだテープのテンションをかけておく(テープがぴんと張っていてすぐにテープを動かす事のできる状態)必要はないので、テープはだらんとさせておこう。テンションがかかっているとキャプスタンが回りっぱなしになってしまうので、テープレコーダに負担なのだ。
  5. お約束の基準信号を入れる。他のレコーディングスタジオに持って行ってそのテープを使う事がなくてもMTRの動作チェックのつもりで入れとこうね。入れる時間などには決まりはないけど、1kHz・10kHz・100Hz、0VUを適当な長さ(10秒〜20秒くらいづつ)入れるのが普通。

    デジタルMTRの場合はミキサで1kHzの信号を出し、ミキサのメーターが0VUになるよう調整したあと、録音するだけしか方法がない。なんでかっていうと、デジタルMTRのメーターはほとんどのものがピーク表示なので、正確に0VUかどうかが分からないからだ。だからMTR側のメーターが全トラック同じぐらい振れていればよしとしてしまおう。

    アナログMTRの場合はMTR側のVUメーターで0VUを合わせ、テープのテンションをかけた後、ALL REPROにして信号を録音し、再生状態でVUメーターを見て、1kHz・10kHz・100Hzでそれぞれでちゃんと0VU振っているかどうか確認する。1トラックや24トラックなどのいわゆるエッジトラックは、ある程度ほかと比べて特性が悪いのはしゃーない。(10kHzの時に多少メータがふらふらするとか)この時にあまりにも特性の悪いトラックがあったら、もう一度クリーニングをしたあと大急ぎで調整をする。信号を入れ終ったらオシレータのスイッチを切っておく事。

  6. スタジオの中の結線が完了したら、ファントム電源の必要なチャンネルにファントム電源をかけてから、1つずつ回線チェックを行う。コンデンサーマイクに、ファントム電源をかけるのは、当然の事なんだけど、C-38やD.Iなどの電池で作動するものも、ファントムをかけたほうがいい。というのは、いつかは無くなってしまう電池より、自分で切らない限り無くなる事のない、安定したファントム電源をかけていたほうが安心だからだ。また可能であれば、使用するマイク専用のファントム電源をスタジオ側で用意した方がいい。

    チェックの時にはミキサのフェーダーは基準位置(0の表示がある位置。大体、下から8分目くらいの所にある)に全チャンネル合わせておく。これから先フェーダーは基準位置から動かさない。

  7. スタジオの中のプレイヤーに、キューボックスの説明をする。馴れてない人には、ヘッドフォンのかけ方(背中からヘッドフォンをかぶる)や、キューボックスとは何ぞやを説明するが、馴れている人には、「どこに何の音が入っているか」だけを簡潔に伝える。この辺りでお互い挨拶くらいはしておこう。
  8. 音決めをする。まずトークバックでプレイヤーに音決めを行う旨を伝え、楽器の音を出してもらう。音決めといったってここで重要なのは、マイクやD.Iが、しっかりと収音出来ているかをチェックする事と、録音レベルを上手く設定する事だ。

    「しっかりと収音出来ているかをチェックする」ってたって、どういう音が録れてればいいかなんてそうそう簡単に分かるもんじゃないけど、生音とマイクで録った時の音の違いや、「この音を作るためには素材にこういう音が必要だ」というのを自分なりに持っておく事だ。これは残念ながら経験則としか言いようがない。とかく「録れてればいいや」と安易になりがちなベーシック録音で、一番大事な事は「いい音」をMTRにぶちこむ事。

    「いい音」の定義は、時と場合によって異なるのは当然で、コンボジャズとヘヴィメタルでは「いい音で録音されたドラム」は当然異なる。まああえて「いい音」を定義するなら、「ミックスダウンがうまくいく音」かな?

    録音レベルをしっかり設定するというのは、最終的に大きくミックスする音だろうが、小さくミックスする音だろうが、MTRには目一杯大きな録音レベルで録音するするという事。これは録音系のノイズを出来るだけ小さくするためだ。(単純に考えて24トラックのMTRを再生すると、2トラックのテープレコーダの12倍のノイズが出るのだよ。)

    具体的にはアナログのMTRの場合は、VUメーターが常に0VUをうろちょろしてて、ピークLEDがたまに灯く程度。(もちろん音源によって振れ方は違うので注意。スネアなんかはVUが余り振らないうちから、ピークLEDがパカパカ灯くし、ボーカルなんかはVUが振り切ってもピークLEDが灯かない事もある。まあその辺は臨機応変に。VUメーターが振り切るか、ピークが灯きっぱなしにならなきゃOKだ。)慣れてくれば、歪むぎりぎりの所に録音レベルをとって、テープコンプレッションを利用して、アナログテープならではの効果を出すという技もあるけど、みんなの場合は基本に忠実に行こう。

    デジタルMTRの場合は赤いLEDが灯かない様になるべく大きく。まあでも1曲の中で1〜2回赤のLEDが灯いたぐらいなら大丈夫。デジタルMTRのメーターにはピークホールド機能があるのでそれを使えば便利かもね。

  9. モニターバランス(エンジニアの聞くバランス)を取る。前述の通りMTRにはバランスを考えずに全ての音をなるべく大きく設定してあるので、このままではとても聞き易い音とはいえない。エンジニアにとって聞きやすいというのは、ざっと音楽としてのバランスがとれていて、かつ全ての音が確認できるようなバランスだ。調整が出来たら、ボリューム(スピーカのボリューム)を聞きやすい様に調整する。このボリュームも基本的には固定で動かさない。
  10. 10と同じタイミングで、スタジオの中のプレーヤの為のバランスを作る。スタジオによって形態は異なるけど、基本的なステレオのミックスを作ってあげて、それに各プレーヤが必要とする音を、別チャンネル(CUE回路)で混ぜるというのが普通。ドラムなどはキック、スネア、ハイハットを中心に聞かせ、タムやシンバル系は小さめにしておいたほうがいい。もちろんこのバランスは、録音レベルには一切影響しないので、自由に設定していいぞ。
  11. プレイヤーにリハーサル演奏をしてもらう。この時にさらに録音レベルやモニターバランスの微調整を行う。(だいたいスネアとかベースとかの音量が、サウンドチェックの時よりも大きくなっている事が多い。)さらにスタジオのプレイヤーにヘッドフォンモニターの具合を聞き、聞きにくい音などあれば対応する。
  12. 必要ならばリハーサル演奏を繰り返す。こちらの都合であまり何回も演奏してもらわないように気を付けよう。
  13. スレート(MTRやマスターレコーダにオペレータの声を入れる機能)を使ってバンド名、曲名、テイク数などをクレジットする。
  14. スレートを入れ終ったら2〜3秒ほどテープをから回しして止める。アナログMTRの場合はカウンターを0リセットしておくか、カウンターをメモリーしておき、全トラックをSEL REPにしておく。デジタルMTRの場合は、その時点でタイムメモリーにメモリーする。
  15. プレイヤーの準備がよかったら、本番の録音を開始する。(あ、その前にこちらからあたりさわりのない様に、「本番前にもう一度確認のためにチューニングし時ましょうか。」と提案しておいたほうがいいぞ。)
  16. まず1回録音したら必ずプレイバックしてみよう。ただ漫然と聞くのではなく、1個1個の音に注意しながら聞く事。ドラムのオーバートップなどのように、複数の音源を1つのマイクで収音しているものに関しては、そのバランスや、極端な他の音源のかぶりがないかなどについても注意する。ここで少しでも疑問を感じた時は、勇気を持って録音し直すべき。ここで妥協してしまうとミックスダウンの時にナキをみる。
  17. 余談だけど、プレイヤーがアマチュアの場合は、テイク数をかさねるほど演奏が下手になっていく事が多いので、出来る限り最初のほうに録音したテイクは消さないほうがいい。
  18. テイクが録音出来たらその後に、必ずタムなどの余り使用しない音源の音を、1つづつ30秒ほど録音しておく。これをやっとかんと、タムが曲中で1回だけ「たかとん」と出てくるような曲なんかは、その一瞬で音作りをしなけりゃいかんくなるぞ。この作業は忘れがちだけど、必ずやっておこう。