99正月・帰省
山陰経由で熊本へ

計画する

 一昨年の正月の旅は、体力的にきつかった。去年はなかなか快適だったが、ごく普通に新幹線を使うより高くついたのがココロが痛むところであった。

 さて、今年はどうしようか。
 そこへ登場したのが「サンライズ出雲」である。「ノビノビ座席」である。時刻表を調べると、十分その日のうちに熊本に着ける。運賃・料金を計算してみると、なんと新幹線より4000円以上安い(*1)。この分なら帰りも一ひねりできるか?と中央線経由を計算してみると、まだ安い(*2)。時間的にも2時間ぐらいしか違わない。これでプラン決定である。

 ひとつ問題が残った。「初もうで」である。特に信心深いわけではないが、一昨年、なにか拝んでおかないと落ち着かないものであることを知った。
 「サンライズ出雲」から西へは、山陰本線の普通列車が実にうまい具合に接続して下関までつながっている。これを利用したい。というより、ほかに選択肢がない。つまり、途中で寄り道して初もうでをする時間がとれない。
 さんざん考えたあげく、ハタと気がついた。なにも元日に着かなくてもいいんだ。こっちで初もうでを済ませ、元日夜発2日着にしてしまおう。本当は年末のうちに帰省して年越しの支度を手伝うべきなんだろうけど。親不孝者である。(*3)

(*1)新幹線〜有明で東京〜熊本を往復すると43130円(すべて自由席・往復割引・乗り継ぎ割引)。往路「サンライズ出雲」→山陰本線→日豊本線→「有明」、復路「有明」→新幹線で39890円(周遊きっぷ(熊本ゾーン)・すべて自由席)。
(*2)往路(*1)と同じ、復路は名古屋から「しなの」塩尻から「あづさ」で42610円。
(*3)表向きの理由は「年末は混んでるから」。実は、実家で年を越すとあのくだらない「紅白歌合戦」を見せられてしまうから、という理由もあり。


初もうで

 てなわけで、元日。
 電車、バスを駆使して谷保天満宮(*1)(国立市・南武線谷保駅)、大国魂神社(府中市・京王線府中駅)、高幡不動尊(日野市・京王線高幡不動駅)、高尾山薬王院(*2)(八王子市・京王線高尾山口駅)とまわった。つまり近場の有名社寺のハシゴである。近場とはいえ、谷保天満宮以外は初めて訪れる社寺である。

 高尾山では、帰りにケーブルカーを使った。これに乗るのも初めてである。山上がわ半分はものすごい急勾配。(@o@)

 夕方帰宅(*3)。さーて、出発だ。

(*1)おみくじは「大吉」。●願望・思うにまかせずときを待て叶う●待ち人・来てもおそい●失物・出にくい●旅行・行っても心配たえず●商売・利益思わしくない●学問・安心して勉学せよ●相場・売れ今が好機です●争事・利ありても勝難し●恋愛・相手に誠意なし●転居・急がぬがよい●出産・こどもに気をつけよ●病気・重いが癒る●縁談・他人の妨げあれど末長く思えば心の通りになります
…これって、ホントに「大吉」?(^◇^)
(*2)行きは歩いたが帰りはケーブルカー利用。ここはたぶん仏寺だと思うのだが、おみくじがあった。末吉。
(*3)あとから思えば、横浜まで足を延ばして「大魔神社」も拝んでくればよかったカモ。たぶん今年でないと拝めないし。


サンライズ出雲

 9時15分ごろ東京駅着。去年のカレー屋で夕食にしようと思っていたのだが、既に閉店時刻であった。夜食用にホットドッグ、朝食用に押し寿司を仕入れ、持ち込むことにする。
 サンライズ出雲は9時50分ごろになって新車の匂い(*1)をぷんぷんさせながら品川方から入線。前寄り(品川方)7両が「サンライズ瀬戸」、後ろ寄り(上野方)7両が「サンライズ出雲」である。角のない前頭部の造形は、雑誌の写真で見たほどには「ぬぼー」とした印象ではない。

手前・「サンライズ瀬戸」
向こう・「サンライズ出雲」
なぜか「瀬戸」は汚れている
(東京駅にて)

(*1)「体に悪そうな匂い」ともいふ。^^;;

*  *  *  *  *

 「ノビノビ座席」はじゅうたん敷きである。窓側から60cmほどは仕切壁があり、ひとり分のスペースは1m×2mといったところ。床暖房式にヒーターが効いており、毛布が備え付けられている。
 寝台車並みに平らなところに手足を伸ばして寝られる。それでいて料金は座席の指定席と同じになっている。こう書くといかにもお買い得に見えるし、一晩利用した実感としてもその通りであった。

 ただし、気になった点もいくつかある。
 荷物は当然暖房が効いている床(寝床)の上に置くことになる。弁当などは少々心配である。大きなものでなくていいから、棚がつくれないものだろうか。
 それから、靴は座席下に入れておくことになるが、短靴しか入らない。やむを得ないことなのだが、長い靴は履いていかない方がよさそうだ。
 また、席によるのかもしれないが、車掌の放送が聞き取りづらい。
 そして、何と言っても「匂い」である。一歩車内に入った途端に臭うのである。新車の匂いではなく、人の匂いが。すぐに慣れてしまう程度のものではあるが、印象をだいぶ悪くしているのは間違いない。じゅうたん敷きにシーツなしではしかたがないのだろうか。


サンライズ出雲の一夜

 隣の7Aの兄ちゃんはどうやら「鉄」らしい。ほかの車両に仲間がいるようだ。ぼさぼさ頭に無精ひげ。さっそく「峠の釜飯」をもそもそ食べている。関わらないことにする(*1)。
 10時ちょうど、定刻に発車。電車だからモーターの音がする。かなり静かだが、やはり気になる。頭のすぐ下から「がんばってますよぉ〜(^o^)」と呼びかけられている気分である。ま、座席料金で贅沢言ってはいけないカモ。

 月が明るい(*2)。上段だったら窓が天井に回り込んでいるからもう少しよく見えるのだろう。ちょっと残念。

 熟睡はできなかったが、寝たり覚めたりしながら一晩。

 岡山で「瀬戸」を切り離し(たらしい)、倉敷から伯備線へ。右に左に小さいカーブを繰り返し、山あいのわずかな平地をぬうようにして進んで行く。やがて雪がちらつき始め、山地の奥に分け入るにつれ景色は白さを増して行く。床下からはモーターの音…。
 日本海側へ出ると雪はやんだ。曇り空、今年は大山は見えなかった。宍道湖も曇天を映してねずみ色。

 9時59分、出雲市到着。小雨。

(*1)岡山で降りたようだ。
(*2)あとで調べたら、2日の夜が満月だったらしい。


山陰本線を西へ

 「サンライズ出雲」が到着したホームの向かい側から、4分の接続で益田行きの「石見ライナー」が発車。今回の隠しテーマ「山陰本線ディーゼルカーの旅」の始まりである。

右キハ58・左キハ40(益田駅にて)→

 丸い絵入りヘッドマークのついた「石見ライナー」は前がキハ28、後ろが58の2両編成。何度見ても美しい車両だ。しかも外観・内装ともかなり原型に近い (^-^)。やはりこの車両にはこの色が似合う。
 昨年、外から聞くと「ぐるるるる…」と、きわめておとなしい音に聞こえたエンジンだが、車内では「ずももももも…」と、案外大きな音に聞こえる。それでも「いやー(^^;)ゞ、どうもすみませんねぇ、うるさくしちゃって」と言いたげな音である。キハ120の音は「おらおらぁ(-o-)、こちとら仕事でやってんでぃ、文句あっかぁ」である。
 最初は山側に座っていたが、途中で海側に空きボックスができたので移動。やはり景色は海側だ。だんだん雨が激しくなって、益田着。

 益田で飲み物とお菓子を仕入れ、次なるディーゼルカーへ。キハ23の単行(*1)。またしても空きボックスは山側にしかない。ま、いいか。…あっ、しまった。窓際のテーブルがないじゃん(かくしてお菓子は膝の上、飲み物はヒーターダクトの上に)。
 58よりよく揺れる。車体が軽いのかもしれない。また、なんか落ち着かない座り心地だ。座席の高さや奥行きが違うのだろう。

 ワンマン運転のこの列車は、案内放送も運転手さんがしている。大半はテープだが、「○○着は○時○分…」なんてのは片手運転で受話器状のマイクを握っての肉声放送である。自動車の運転よりは注意すべき事は少ないのかもしれないけど、なかなか大変だ。
 と思って見ていたら、ああっ、そんなことまで。w('o')w

 山口県に入ってしばらくのあたりで気付いたこと。窓から見える家の瓦が、さっきまで黒やグレーだったのに、いつのまにかほとんどが茶色になっている。多分、地域によって材料になる土が違うんだろうな。

(*1)「1両編成」のことを、こう呼ぶ。


*  *  *  *  *

 長門市からはキハ40。ワンマンだが2両編成である。海側のボックスで若い男と相席することにする。彼は出雲市からずっと同じ列車に乗っているが、どう見ても「鉄」である。ただ、ありがちな、いやなオーラを発してはいない。^^;;
 さて、キハ40となると、これからしばらくあの凶暴な音とつきあうのか、と覚悟したのだが、あれ?あの「ぎょろろ、ぎろろろ…」という音がしないぞ。なーんだ、このぐらいなら「力強い音」と呼んであげてもいいぞ。
 いや、どうもヘンだぞ。ターボらしき音がする。ん?直結2速(*1)か!?…どうやらエンジンと変速機は換えてあるらしい。
 長門市〜小串間ですれ違ったのはすべてキハ40の2連であった。いずれもエンジンは同じ音がしていた(ように思う)。

キハ40も(窓割りが一部ヘンなことを除けば)なかなか美しい車両だと思う。以前は思わなかったことなので、塗装(*2)のせいもあるのかもしれない。
 雨が降ったりやんだりしている。また、強い風のせいだろう、日本海は波が荒い。しかし、いつものことだが水は澄んでいる。

 小串からは再び58+28の2両編成。色は山陰色。さっきの「鉄」に「やっぱりエンジンが2つついてる方(*3)に行くでしょう(^^)」などと声をかけて58へ(っても空席があったので今度は相席じゃなかったけど)。
 おー、車掌さんが乗っている!\(^^)/

 薄暗くなりかけたころ、いつのまにか山陽本線と合流し、下関着。

(*1)従来のディーゼルカーの変速機は(自動車風にいうと)「トルコン」「ロックアップ」の2段でした。最近のは「オーバードライブ」がついて3段になっているものがあります。そういう変速機です。
(*2)現在は上半分黄色・下半分白。かつては朱色一色だった。
(*3)ウワモノはほとんど同じで、28はエンジンが1台、58は2台ついている。


*  *  *  *  *

 ここからは久しぶりの電車である。やはり電車は静かでいい。(^^)
 小倉までは415系のロングシート車。内装は手を加えられており、座席の座り心地はよいのだが、配色がヘン。
 小倉から「ソニック」に乗るかどうか迷ったが、思いとどまって811系の快速で博多へ。乗り心地きわめて良。居眠りしているうちに博多着。

 博多から「つばめ23号」。禁煙・自由席の8号車に乗り込み、ずいずいと奥へ進んで行ったら、7号車から流入してきたお客さんで前方の席が埋まり始めた。あやうく座りそこなうところだった。

 停車駅と時刻などの録音放送のあと、「つばめおねいさん」の放送。よい初夢を見るには宝船に乗った七福神の絵を枕の下に敷くとよいとな(そんな車内放送、初めて聞くぞ)。
 やがて車販が来た。おぉ、これが「つばめおねいさん」か。\(^O^)/(*1)

 「つばめ」には熊本まで乗り、各駅停車で一駅戻る。これがまたディーゼルカーなんだな。キハ47の2両編成。やはりエンジンは替えられているようだが、山陰本線のとはまた違う音がする。
 上熊本駅に父が迎えに来ていた。前夜8時すぎに立川の家を出て、実家までまる24時間の旅であった。

(*1)堪能したくば食堂車に行くべし、とFCHEMでツッコまれた。(^◇^)



阿蘇へ

 2日の夜はなんだかんだと母と話をしながら2時頃まで起きていた。ま、電車の中では居眠りばかりしていたのだし、そんなに無理をして起きていた気はしない。
 翌朝、目覚めのさわやかさからして10時ごろかな、と時計を見てびっくり。3時である。慌てて居間に飛び出して「…こんにちは(^◇^)」。
 このとき見た夢が「初夢」になるんだろうな。恥ずかしい夢を見たぞ。((^◇^))
 当然ながら、この日はなにもしないで終わったのであった。

草千里から見た米塚→

 4日、昼過ぎ「どれ、どこか行くか」との父の発案で阿蘇へ。大観峰からのカルデラ地形、草千里からの米塚と、教材用の写真をゲット。
 草千里の火山博物館の建物にオルゴール館ができているのを見つけた。清里ですっかり感化されている私は父母を引っ張って入ってみた。…正直なところ、期待はずれであった。(-_-;)



南国鹿児島

 1月5日朝、父(まだ正月休み。なんか駅方面についでがあると言っていた)の車で熊本駅へ。下り「つばめ3号」は接続列車を待って少々遅れて発車。

 小さめの窓、グレー基調の内装色、飛行機風ハットラック、関節照明、クッションが硬い大きめの座席…。「つばめ型」車両には「機能美」を記号化したものが詰め込まれている。
 しかし実際は車内が薄暗く、重苦しい感じは否めない。また硬すぎて大きすぎる座席は体が安定しない。本当に機能的かどうかは「?」である。(でも出入台(デッキ)が広いのは気持いい。(^^))

 南へ進むにつれ、日差しが強くなってくるように感じる。本当は昼近くなって日が高くなっただけかもしれないのだけど。そして風景は色彩が鮮やかになってゆくように感じられる。海の青さも、木々の緑も。

 ご存じの通り、JR九州には原色の単色に塗られている車両が多い。なんちゅーセンスじゃ、と思っていたのだが、この日差しの中で発想すると自然にああいう色彩になるのかも知れない。
 人工的に削られた崖が見える。断面の質感は見慣れた関東ロームに似ているが、色が白い(*1)。そうか、これが「シラス」なんだな。

 ややかすんで桜島が見える。大きく、ごつごつとしている。「ビーバー君のお母さん(*2)」を思わせる風体だ。
 線路は単線になったり複線になったりしながら、12時13分定刻、西鹿児島着。
 乗り継ぎの時間はあまりないのだが、駅前に出てみた。で、振り返ってびっくり。駅舎が真っ赤(そう、特急と同じ色)だ!w('o')wいくら鹿児島の日差しの中でもこれはちょっと…。

(*1)カーキ色でもベージュ色でもなく、クリーム色である。
(*2)漫画「ぼのぼの」の登場人物。
(*3)たぶんサメじゃないと思う。イルカかなんかだろう。



肥薩線へ

 西鹿児島からはディーゼルカーの3両編成。前から順にキハ47・47・40。色は475系などと同じく、クリーム色に青帯。「働くオジサン」顔のキハ40系には山陰色よりも、シンプルなこっちの方が似合っているように思う。ま、朱色一色ではシンプルにしすぎだが。
 エンジンの音は2日に熊本から上熊本まで乗ったのと同じ(だと思う)。発進の時にはゲゲゲゲゲ…というやや耳障りな音が混じるが、例の凶暴な音とは違う。エンジンを換えているのか、それとも整備しだいでここまでおとなしくなるのか。変速機は「直結2速」にはなっていないようだ。

 右手に桜島を見ながら錦江湾に沿って進む。街路樹にはヤシが植えられている。海面から背びれを出して何か(*3)が泳いでいる。南国である。

 隼人で前2両が切り離され、日豊本線国分ゆきとして発車して行った。最後尾の車両が30分近い停車時間ののち肥薩線吉松ゆきになる
 時間があるので駅前へ。消防団のパレードが練り歩いていた。カメラ、持って出ればよかったなあ。車内に戻ると、中学生で満席。私がとったボックスにも3人の男子生徒。彼らは三々五々下車していったが、遠い子は30分ぐらいの電車通学をしているようだ。

 隼人から肥薩線に入る。「山」のつく駅名が続き、線路は勾配を登ってどんどん山へ入ってゆく。電車(*1)は這うように登ってゆく。エンジンの音にターボらしき音が混じるので、やはり換えてあるのかもしれない。
 山の中で突然巨大な橋脚が現れてびっくりする。高速道路である。

(*1)車内放送でも「電車」と言っていた。したがって「電車ではなくディーゼルカーだ」というツッコミは今回に限り無効です。(^^)b



矢岳越え

 吉松からは観光列車「しんぺい」。車両はキハ40改で、右側の後部3ボックスが畳敷きに改造されている「簡易お座敷車」である。

 発車直後に車内放送。「人吉までゆっくり走りますので、日本一の景色を十分にお楽しみください…」。この区間は青森〜鹿児島の線路が最後につながった所で、「しんぺい」の名は当時の鉄道院総裁、後藤新平氏にちなむものという。なお、下り(人吉→吉松)列車は「いさぶろう」で、こちらは当時の逓信大臣、山県伊三郎氏にちなむという。
 急勾配である。駅の手前で勾配がレベルになると明らかに頭が下がるのがわかった。登り続けて、おっ、景色のいいところだな、と思っていたら勾配の途中にもかかわらず一時停車。「日本三大車窓」だという。ちょっと心配したが、問題なく再起動。

 サミットの矢岳第一トンネル(*1)(けっこう長い)を出ると下り坂。急に静かになり、カーブの続く線路をジェットコースターのように駆け下りてゆく。大畑ループの上でも一時停車したのち、再びジェットコースターとなって右カーブの続く線路を駆け下りる。
 大畑駅は急行「えびの」もスイッチバックして通過してゆく。しかし駅の前後の高低差はあまりない。直行できるようにすれば「えびの」は2分ぐらい速く着くようになると思う。その必要はないのかもしれないけど。

 人吉の駅弁が名物だと父に聞かされていたので探したが、この日は休みであった。それを見たら腹が減った。(^◇^)(*2)

(*1)吉松側のポータルには後藤氏、人吉側のポータルには山県氏の筆になる字が掲げられている。
(*2)さらに、後で調べたら吉松の駅弁も同じものだったらしい。立ち売りのおじさんから買えばよかった。



 人吉からはキハ31。シートピッチに合わせた1段窓が並ぶステンレス車体のレールバス。車内は1+2のオール転換クロスシート、エンジンの音質はバスでよく耳にするもので、かなり静かな方だと思う。ただし、造形はぶさいくである。
 居眠りして目が覚めると、列車は川沿いを左右に小さいカーブを繰り返しながら走っている。本当に、律儀に地形に沿って線路が敷かれている。というか、そうするより仕方がないのだろう。平地のない川沿いに、巧妙に線路と道路がはり付いて続いている。

 八代駅に着くころには外はかなり暗くなっていた。
 30分ほど待って急行「えびの4号」に乗る。人吉を1時間ほど後に出た車両である。人吉で散歩して、あれに乗るという手もあった。今度来るときはそうしよう。
 「えびの4号」は青一色塗りのキハ65+58。喫煙車ではあったが、65に乗ってみた。内装はグレーの内張りや新幹線発生品らしきリクライニングシートなど大幅に変更されている。そしてエンジンの音は、昼に乗ったキハ40とたぶん同じ。JR九州はこれの500馬力エンジンまで換えたのか?それとも整備次第でこんなにおとなしくなるのか?
 しばらく65の座席に座っていたが、やはり煙草の臭いにたえられず58へ移動。満席でデッキに立っていたのでこちらのエンジンの音はわからない。
 熊本駅ビルで辛子蓮根の発送を手配、熊本工大前まで各駅停車の電車に乗車、歩いて実家へ。

(*1)しかし、よく見ると冷房がない。じゃ、1段下降窓はだめだな。


熊本周辺の交通に関する諸問題(2)


再び富士山


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