緊急レポート

モスクワ・アカデミー合唱団、「パルナスの歌」を聴いてきました

at 2003/11/24

プロローグ

パルナスの店舗とお菓子が街から姿を消してから、早いものでもう3年が過ぎようとしています。
その後会社も正式に清算され、パルナスは本当に無くなってしまいました。
私も、その後、神奈川に引っ越してしまったんですが。しかし、そんな私に朗報がもたらされました。
「モスクワから来る合唱団が『パルナスの歌』を歌う!」
わあ、聴きたい聴きたい聴きたいな、、、でも、ちょっと遠いな、、、
(合唱団のコンサートは全国を回りますが、「パルナスの歌」は大阪公演限定です)
そんな千々に揺れる私の心を他所に、コンサートの日は刻々と容赦なく迫って来ます。
でも、不景気だし、合唱団のコンサートだったら直前でも何とかなるだろうと油断していたのですが、、、
2週間前に招聘元のHPをチェックすると、C席D席完売!何たることか!モスクワの合唱団、大人気です。
これはヤバイと思い、即電話しました「A席B席は、どのくらい残ってるんですか?」
それに対し「え〜、B席はあと1枚ですね、A席は、、、」
その瞬間心は決まりました。もう行くしかありません。かかる状況に対面して、何をか云わずんがなです。
電話口で残っているA席の中で良さげな席を指定して、その日のうちに現金書留を発送しました。
「何〜だ、こんなことなら、さっさと予約しておけば良かったんだ」、
ここ数ヶ月の心のモヤモヤが晴れ、郵便局を出た私は、久々に、ワクワクと家路に向かっていました。

11月24日、シンフォニーホールへの道

コンサートの開催された11月24日は、3連休の最終日の月曜。
私は、準備万端、前日から大阪入りし、翌日の開演時間14時合わせるかのように、パルナス友達と夜2時まで呑んで当日に臨みました。
さて当日は、早朝9時過ぎに起床し、9時半には兎我野町の怪しいビジネスホテルを後にしました。
大融寺のそばに、「コスプレ焼肉」の看板を掲げる店があって、すごく気になったんですが、堅く門を閉ざしていたので、
そっちの方面の捜査は、そっちの方面の方に、お任せすることにして、一路、シンフォニーホールが待つ福島に向かいました。
動力機関に依存することなく、ひたすらテクテク歩くと10時過ぎには、あっと言う間に福島到着。
今更ながら、計画性の無い自分に気付くも、時既に早し。とりあえず目に付いた阪神ホテルでモーニング。
それでもまだ11時前、矢折れ刀尽きて、駅そばのJAVAとかいう漫画喫茶のソファーで仮眠。
そして、13時15分、時は満ちたり、勇躍とシンフォニーホールへと向かいました。
途中「シんフォニーホールへ3分」の看板、、、を出していたのは中華料理のミンミン(うまく漢字が出ない)
携帯を見ると未だ13時半前、今から3分では開演まで間があります。
これは神のお告げと、迷わず入店し、サクッと事を済ませて店を出たのが40分、
見ると進行方向には、見るからに見るからに私の同志とおぼしき壮年の人々の一群が、、、
そして、彼らの波に導かれ、私はようやくシンフォニーホールへ到着したのでした。

開演前

予約チケットを窓口で受け取り、ロビーへ、、、
「シンフォニーホールがSOLD OUTとは、一体どんな方々が来場されているのだろう?」
周囲を見渡すと、壮年夫婦、御婦人連が目を惹く。そのなかに若年の男女、子供が点在しているという感じ。
古角創業者や津島夫妻を探しますが、残念ながら発見できません。
とりあえず、プログラム(右)1k也を購入します。
隣でCDも販売していたが「パルナスの歌」が含まれていないことを一応確認し、パスして、席へと向かいます。
1フロアー階段を上ると、コーヒーなどが販売されているラウンジが有り、このフロアーが1階席への入場口
私の席は2Fの筈だが、何故か更に2階登って、ようやく席に到着。
シンフォニーホールは初見参だが、ステージを囲むように客席が配置されたホールの内観は綺麗で、
多目的ホールにありがちの雑然さが無く、ゆっくり音を聴く雰囲気がかもし出されていました。
私の席は2F中央4列、ステージ全体が見渡せていい感じです。
さて開演10分前現在、会場の入りは7割弱。おもむろにプログラムを開くと、本日の演目リストが挟まれていました。
コンサートは前半がロシア民謡、後半が宗教曲(といっても極めてポピュラーな曲)の構成。「パルナスの歌」は、前半のトリです。
開演時間も過ぎ、客席も埋まってきました。私の右の席にはも15,6歳の少年2人組みが着座、「あの板は反響板ですか」などと通の会話を交わしています。
そして、、、拍手の音が、、、

開演

舞台左手より、男性たちが、続けて女性、少年、指揮者の順で入場。
男性17名と少年13名は、上が、縁に金色の刺繍をふんだんにつかった白の民族衣装で、下は黒のパンツ、
女性15名は、明るい色調のワンピース?に、柄入りの黒いショール、指揮者はブラックスーツのいでたち。
それぞれ整列し、いよいよ、指揮者ポポフ氏の手がゆっくりと振り始められた。
ロシア民謡には親しく無いが、整ったハーモニーに、何故か懐かしいような気分に誘わされます。
演目によって、代わる代わる歌手が1〜3人前へ進み出て、ソロパートを担当。
バリトンの彼は、何となく川平慈英、テノールはバース(というかある種の外人は皆バースにしか見えない)
うぐいすを奏でたソプラノの娘は可愛い、とかの私の雑念を他所に演目は進行していきます。
中でも面白かったのは「ほうき」、早口言葉のような歌詞が一糸も乱れずに歌われるさまは聴き物でした。
それから「カリンカ」、有名な曲らしいのですが、如何にも祝宴の席の歌という感じで爽快。
次はいよいよ前半最後の、あの曲です

パルナスの歌

1人の痩せぎすのちょっと頼りなさげな少年が前に進み出ました。てっきり女声で入るのかなと思っていたので、一瞬「大丈夫かな」との心配が過りましたが、
少年が「ぐっと噛み締めてごらん」と天使の歌声を奏で始めると、それは霧散しました。
その瞬間、会場に「あっ」という空気、「はっ」という空気が流れました。
少年が、十分に聞き取れる日本語でソロを歌い終えると、たくましい男たちが「ポン、ポン」、合唱が「甘い、お菓子の」と続きます。
「ああ、本当に今、ロシアからの便りが運ばれて来るてるんだ」と思うと不覚にも目頭が熱くなってきます。
モスクワから来た男たちが、女たちが、少年たちが、声を合わせて「パルナス」と歌ってます、「パルナース」と歌っています。
そして、2番、3番と、少年のリードで曲は進行していきます。

会場を万雷の拍手が包みました。ポポフ氏は握り合わせた両手を頭上にかざしています。
あの少年が一歩二歩と歩み出て一礼すると、拍手の波は頂点に達しました。
よくやった、最初に心配してゴメン、本当に良くやったよ。
「パルナスの歌」全曲が、原曲のままに(3番のロシア語歌詞の部分はロシア語でした<当たり前か>)、今再現されました。

単語の発声タイミングの点で、小異はありましたが、とても良い演奏でした。
隣の少年たちは、「今の曲は何だったんだ」と会話しています。思わず横から解説しようかとも思いましたが、止めました。
もしかしたら、何時の日にか、彼らがネットで「パルナスの歌」を検索して、「あの時、隣にいた人だ」と気付いてくれる日を待ちましょう。
ロビーへ降りると、壮年男性が「パルナスとカリンカは良かったね」などと話していました。

エピローグ

後半は、男性、少年は黒のタキシード、女性も黒の服で登場。パイプオルガンも入りました。
親しみやすい曲が多かったせいか、こちらはこちらで満喫できました。
アンコールは、一曲目は「ふるさと」、二曲名はわかりませんでした。
会場を出ると外は小雨、福島駅に小走りに向かいました。

大阪に着いて一旦外に出ると、アクティーの上層階のレストランのポスターが目に付きました。
が、よく見ると「ロシア料理:バイカル」がなくなっています。
楽しい一日でしたが、ちょっぴり寂しくなりました。

パルナス非公式HPバナー